第3話 DTとファミレス

「童貞ってのは、そんな簡単に捧げていいもんなのか?」

 脈絡はなかった。なかったと思う。

 たしか、僕らは「一番グッとくる女の子の部屋着」について語っていたはずなのだ。

「は?」

 鞘師の突然の問いかけに、僕はまぬけな声を上げた。

 ファミレスで山盛りのポテトを三人でつついてダベっていた最中、鞘師が急に立ちあがった。

 行動を起こしたという意味ではなく、文字通り立ちあがり、周囲の子どもの注目を集めた。似合わない当てたてのパーマをかき上げて叫ぶ。

「そう、否だ! 童貞喪失ってのは、そんな安いもんじゃねぇ!」

「黙れよおばちゃんパーマ」僕は顔をしかめ、また余計なことを、と内心ため息をつく。

 小太りの鞘師がパーマをあてると、いよいよもう、ねぇ?

「南青山でかけたんだから失敗じゃないんだよ!」

「……じゃ、南青山のマダムってことな」

「あーもう!」

 話の腰を折るたび、鞘師は「あーもう!」と騒ぎたてる。

 傍から見ても、頭のおめでたい大学生だと丸わかりだろう。

「樹ぅ、好きな部屋着はなんだって?」

「ジェ」

 僕が言いかけると、鞘師はそれに大声でかぶせてくる。

「ふわふわのもこもこパジャマなんて童貞の大好物! 平凡極まりないつまらない最低の回答だ!」

 つまらない。平凡。

 自意識過剰なお年頃の僕に(それはあくまで精神年齢の話だが)、その言葉はぐさりとくる。表情には出さないけど。

 悪かったな、普通でつまらなくて。

「先輩はお前らのこと嘗めてんだよ。樹がそんなんだから! じゃなけりゃ、年頃の男三人と同じ部屋に泊まるなんて!」

「何が言いたい? 童貞の俺達がそんなにみじめか?」トラビスは不機嫌そうに低い声で呟く。密先輩とソリが合わないのか、彼女の話題が出ると露骨に嫌そうにする。

 ガタイがいいうえにモヒカンの彼が苛立ちを露わにすると、周囲の空気は凍りつき、隣の席の親子も俯いてしまった。

 彼は映画の『タクシードライバー』のトラビスに憧れているらしく、僕らも「そう呼んでくれ」と言われるがまま呼んでいる。

 大切な人を助けるためにモヒカン姿になり、体を鍛え続ける。狂気さえ纏ったそのひたむきさに、感動したそうだ。僕は正直、あのクレイジーさに引いてしまったけど。

「どうなんだ、鞘師?」

 強面この上ない彼に睨まれると、いくら友だちといえどもたじろぐ。鞘師も口元でもごもごと反論するが、何を言っているのか聞きとれない。

「鞘師だって扱いは僕らと同レベじゃん。童貞BIG3の一角の鞘師くん」と僕はぼやく。

「ざっけんな! おれはあくまで、お前らと一緒くたに童貞扱いされてるだけだから!」

 鞘師は童貞か否か。

 完全にクロだ、と疑っていた。トラビスも同じく。だが僕はある証拠を突きつけられ、彼が童貞ではないと認めざるを得なかった。

 もっとも、「経験人数七人、初体験は高一のとき、友だちの美人ママ」というふざけた経歴には怪しいもんだが。

「おれはさ、お前らの心配してんの。その一回は童貞にとっては一生の想い出なのに、向こうからしたらその場しのぎの腹ごしらえだぜ? 『10秒チャージ、2時間キープ』ってな感覚だよ」

 10秒チャージ、2時間キープ。

 某エネルギー飲料のキャッチコピーだが、鞘師の安易な喩え方が癇に障った。童貞の僕には、ファンタジーとも思えるセックスを、腹を満たすことと同列に扱うことは出来ないから。

 それとも、先輩のような手練からすれば、性欲は食欲と同じレベルで語れるものに過ぎないのだろうか?

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