その勇者、イケ女につき。④

 身体をかがめて、魔方陣に手を当てる。

 それから、ボクはキョーカ様の指示を思い出した。



「いいですか、ヨシム君。魔方陣は魔力を蓄積して発動するように作られています。魔方陣に触れたら、体内の魔力をそちらへ移すことを意識してください」



 くわしい仕組みについては聞いていない。

 いまは一刻も早く魔力を流し込むことが先決。ボクは、目を閉じて全身に流れる魔力の流れをつかみ、外へ放出するイメージを浮かべた。

 すると、ほのかな魔力の光が魔方陣の線に沿って発光し始めた。

 引かれた線は、魔方陣に色を付けるように拡散していく。徐々に、ゆっくりと魔方陣はボクの「勇者様を呼んで」という呼び声に答えるように満ちていった。



「ヨシム殿! こっちにも魔族がっ!!」

「もう少しです! あと少し……」

「我々ももう持ちそうにもありません。早く術式を――」



 背後では、護衛の騎士様が魔族相手に奮闘してくれている。

 どうにか要望に応えて、勇者様を呼び出したいとは思う。

 でも、さすがに大人数で魔力を注入していただけあって、魔方陣を満たす魔力の量は相当なもの。ボクが聖者候補生だとしても、同じ量を満たすには時間が掛かりそうだった。

 それから、どれぐらい時間が経っただろうか?

 気が付けば、ボクは魔力を流し込むことに没頭していて、周りのことなど目にもくれなかった。



「よし! これなら、召喚できるかも」



 そう確信して、護衛の騎士様に報告しようと振り返る。

 ところが、いざ呼び掛けようとした騎士様は動かなかった。それどころか、銀色の鎧から赤いものが垂れ流れ、それに混じって黒い腕のようなものが突き出していた。



「……ああ……あああ……」



 その光景を見たボクは、声にならない声を上げてしまった。

 死に絶えた騎士様の身体が黒い腕のようなものから放たれ、ドスリという音と共に地面に落ちる。代わりに現れたのは、左右に角を生やした醜穢しゅうわいな生き物だった。

 有鱗目のような大きな瞼に瞳孔が開かれたような眼。不気味に笑う口からは、左右に1本ずつ鋭い犬歯が生えていて、人を恐怖させる十分な理由を持っていた。

 それが目の前にいる――ボクは、それだけで身がすくんだ。



「く、来るなっ!!」



 逃げなきゃ……。

 そう思っているのに身体が言うことを聞かない。それどころか、身震いが止まらず、恐怖に打ち勝つことすらままならなくなっている。

 どうにかできたことは、悪魔を見ながら両手で必死に後退るという行為。



(怖い、怖い、怖い、ダメだ、ダメだ、ダメだ、来るな、来るな、来るなァッ!!)



 こんなのどうしようもないよ。

 だって、目の前で人が殺されて、ボクすらも殺そうと言うんだもの。そんなものを魅せられて、恐怖しないわけがない。

 そう思うと、なんだかもうどうでも良く思えた。

 嗚呼、勇者様。

 どうして、もっと早く来てくれなかったの? どうして、ボクはこんなところで殺されなきゃ行けないの?



「……たくな……い……死にたくない」



 心の中でつぶやいた自嘲を単に発し、ようやく声に出すことができた。

 しかし、それは勇気を意味する言葉じゃなくて、ボク自身の絶望からの吐露だ。いつのまにか目から涙もあふれているし、ボクはもうダメかもしれない。

 いまも悪魔が鋭い爪がついた右腕を振り上げて、ボクにその刃を振り下ろそうとしているし。

 ボクはもう本当にお終いなんだ。

 ところが、その終わりは来なかった。なぜなら、まばゆい光が辺り一帯を覆い尽くしたからだ。

 聖堂は白い光に包まれ、誰の姿も見えなくなる。



「な、なに……?」



 ボクは突然起きた現象に目を覆って、光をさえぎった。

 こんな現象、なにをしたら起きるんだろう? もし悪魔を怯ませる奇跡だとしたら、できすぎじゃないかな?



(……あれ? でも、ボクがいるのって魔方陣の上じゃ?)



 それに気が付いた瞬間、背後に人の気配を感じる。

 ボクはすぐさま振り返って、その正体を確かめた。すると、スラリとした背の高い男の子が額を押さえながら座っているのが見えた。



「痛たたた――ん、あれ? ココどこ?」



 美麗で端整な顔立ち。

 その目元はキリリとしたなって横長のつり目になっていて、紺色の前髪はざっくばらんに切られている。反対に後ろ髪は動きやすいよう襟足で一本結びで束ねられ、背中の中程まで降ろされていた。

「男の子なのかな?」とも思ったけど、胸元が大きく膨らんでいることから、すぐに女の子だってわかっちゃった。

 ボクは、そんな子と出会ったすぐに目が合った。



「……えっと、どういう状況?」



 召喚されたばかりで本人もよくわかってないらしい。

 でも、ボクには理解できた――彼女こそ、みんなが求め続けていた『勇者きぼう』なのだって。

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