その勇者、イケ女につき。③

「でしたら、ボクがひとりでやります」

「ヨシム君っ!?」

「みんなで作業するのが危険なんですよね? だったら、ボクひとりなら誰かに護ってもらいながらでもできるんじゃないでしょうか」

「で、でもまだアナタは……」

「確かに見習いかもしれません。でも、ボクは『聖者候補生』なんです」



 聖者――。

 それは、魔力の保有量が人一倍多く、神聖魔法に対して高い適正を持った人間が得られる称号のこと。

 聖者は、数百人に1人生まれるかどうかぐらいの割合でしかないため、適性を持った人間を見つけるのも難しい。

 ボクは、そんな聖者の適性を持っていた。

 小さい頃にその適性を見出され、候補生として訓練してきた。

 キョーカ様は、聖者よりも希少な女性にだけ現れる『聖女』の称号持ちで、ボクなんかより全然能力を発揮している。

 そう考えると、ボクは凡人に見えてしまう。

 けど、唯一保有できる魔力最大値だけはキョーカ様を上回っていた。

 だから、ボクのずば抜けた魔力最大値で大人数の消費魔力をカバーできれば、どうにかできるんじゃないかと思ったんだ。



「確かに私とアナタの魔力であれば事足りると思います。ですが、アナタは実戦も魔力の扱いに関しても一人前とは呼べません」

「でも、もうそんな悠長なことは言ってられませんよ!」

「だからこそです。アナタや他の候補生には魔方陣制作の手伝いを強要しなかったのです。ヨシム君、この意味がわかりますか?」

「わかってますッ!! それでも、ボクは皆さんが戦っているのに何もしないのは、イヤなんです!」



 もちろん、すぐに完成するなんて思ってない。むしろ、ボクが持つありったけの魔力をもってしても、きっと魔方陣の完成には時間が掛かると思う。

 それを考えた上での決断――。

 ボクは、意を決してキョーカ様に訴えた。



「お願いします。魔力だけなら誰よりもたくさん持っているんです!」



 でも、簡単にはキョーカ様は頷いてはくれなかった。

 しばらくじっと見つめられていたけど、ちょっとしたら目を伏しちゃった。

 それから、どれぐらい時がたったかわからない。もしかしたら、ほんのちょっとの時間だったかも……。

 それぐらいの時間が経って、突然キョーカ様がため息を吐いた。



「わかりました。事態が事態ですし、アナタに手伝いをお願いします」

「じゃ、じゃあ……!?」

「ただし、危険だと判断したら、強制的に退避してもらいますからね?」



 そう言われ、ボクはみんなの役に立てることがうれしかった。

 だって、ボクにとっても勇者様は希望だもん。世界が滅亡するかもっていうときに勇者召喚ができなくなるのは、やっぱりおかしいよ。

 それだけに俄然やる気が出た。



「ありがとうございます!」

「決まった以上、作戦を立てましょう――ウィリディスの騎士さん、護衛をお願いしても?」

「しょ、正気ですか!? こんな乱戦の中で、勇者様を召喚しようだなんて……」

「もうやるしかないんです。人類が生き残るためにも」



 騎士様に真剣なまなざしを向けるキョーカ様。

 その熱意が伝わったのか、騎士様は諦めたようにボクたちのやることに「わかりました」とだけ言って従ってくれることとなった。

 キョーカ様がクルリと振り返って、こっちを見る。



「いいですか、ヨシム君。アナタは、あのあたりから魔力を流し込んでください」



 と指で示された場所は、広い大聖堂のホールの一番奥だった。

 とはいえ、その手前では騎士様たちが悪魔と交戦している。

 剣が入り乱れる中で中での作業だ――確実に安全とは言えない。ボクは、そんな中での作業を志願したんだ。



(絶対に失敗はできない)



 気持ちを奮い立たせ、気合いを入れて「はい!」と答える。

 でも、正直怖い。

 これは、死と隣り合わせの作業。もしかしたら、戦闘に巻き込まれて死んじゃうかもしれない。

 そう思うと足が震えた。



「配置に着いたら、すぐにでも魔力を流し込んでください。魔方陣に込めた魔力が尽きかけてますので」

「わかりました」

「騎士さん、ヨシム君の護衛をお願いします」

「了解。どうか人類の希望を呼び出してください」



 と騎士様がキョーカ様に敬礼して抜剣する。

 そして、「行きますよ」のひと言を告げて、所定位置まで案内してくれることとなった。ボクはその後を追いながら、周囲の様子を眺めた。

 悪魔と騎士の皆さんの攻防――。

 戦闘に勝利し、別の悪魔を倒しに向かう人がいた。

 刃を交え、拮抗する戦いもあった。逆に悪魔を倒したと思ったら、背後から忍び寄ってきた悪魔に腹部を鎧ごと打ち砕かれて死んだ人もいた。

 そんな惨状を見て、ボクは目を覆った。



「直視しない方がいいですよ。騎士はいつかどこかで死ぬ運命なので」

「で、でも……」

「魔王が復活して、早々に起きたカルテア平原の戦いでも多くの仲間が死にました。だから、いつか死ぬってことも我々も覚悟の上なんです」



 前を走る騎士様が背中越しにそう語る。

 その口ぶりは、なんだか寂しくも思えた。この人もそのうちいなくなってしまうようなそんな感じがして、ボクはたまらなく怖くなった。

 逆を言えば、護りたかった――護って、命を救って魔王に襲われる世の中にならないようにしなければと思った。



「さあ、着きましたよ。早く希望を呼び出す準備に!」



 騎士様にそう促され、ボクは魔方陣を完成させる準備に取りかかった。







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