その勇者、イケ女につき。⑤

「ヨシム君、危ないっ!!」



 刹那、キョーカ様らしき人が叫ぶ。

 おそらく、それはボクに向かって叫ばれたもの。なにかに対して警告を発しているようだった。

 ううん、その『なにか』については、ボクも思い当る節がある――目の前の悪魔だ。

 ソイツがなにかをしようとしたんだと思う。

 でも、それよりも突然目の前に現れた女の子に勢いよく押し倒されたことの方が驚きだったよ。



「え? え? なになに?」



 ボクは、たまらず混乱に陥った。

 仰向けに倒され、女の子が馬乗りになる。そして、「大丈夫?」と問いかけてきた。

 それで、ボクは彼女が押し倒した理由を理解した。それは、背後にいた悪魔が自慢の爪でボクを殺そうとしていたからだ。



「オマエ。なんで小さな男の子に爪を立ててるんだ?」



 とっさに悪魔に顔を向けて、怒りの声を上げる女の子。

 だけど、悪魔にボクらの言葉なんか通じるはずがない。

 それどころか、すかさず右腕の大きな爪を振り折ろそうとして、女の子を傷つけようとしていた。

 ――でも、そうはなかった。

 なぜなら、女の子が悪魔の手首を左手で軽々と握って抑えたからだ。

 やや遅れて、彼女の右拳が悪魔の顔面に叩き付けられる。

 すると、悪魔の顔はまるで花瓶が割れるみたいに跡形もなく破裂した。それが驚くほどに信じられなくて、ボクは思わず魅入っちゃった。

 だって、女の子があんなスゴいパンチを出せるはずがないじゃないか?

 普通ならあり得ないよ。それを考えると、これも勇者として神様から与えられた加護のおかげなんじゃないかな。



(やっぱり、異世界から召喚された勇者様はスゴい‼)



 だから、おもわず素直に感動しちゃった。

 ところが、途端に女の子に手を差し伸べられた。




「大丈夫? 立てる?」



 と女の子がボクを気遣うようなことを言う。

 ボクは差し出された手を握り返しながら、「あ、ありがとうございます」とお礼を述べた。

 でも、さすがの展開にうろたえていたのがバレバレ。も〜っ、男としては恥ずかしくて、恥ずかしくてしょうがないよ。

 なにせ腰を抜かして、オシッコ漏らしちゃいそうになったんだもん。

 こんなの絶対口に出して言えないよ。



「危ないところだったね。あのヘンなヤツ、また現れたらとっちめてあげるから」

「い、いえ……。実は、周囲にもいっぱいで……」

「周囲?」



 とボクに告げられ、女の子があたりを見回す。

 だけど、その反応は驚くどころか、至って冷静なものだった。



「これ、映画かなにかの撮影?」

「え、映画?」



 え、映画ってなに? 明らかに向こうの世界の用語だよね?

 戦うことをそういうのかな?

 そう思っていたら、ボクがわかっていないことを察してくれたのか、女の子は別の言い方で話してくれた。



「あ〜……。えっと、お芝居なのかなってこと」

「お、お、お芝居なんかじゃないですッ!」

「じゃあ、これは現実なの?」



 どうやら、女の子はここが異世界だってわかってないみたい。

 そりゃあ、そうなるよね。 きちんと説明する時間があったら、こんなことにはなっていない。

 なので、ボクは手短に話すことにした。



「信じていただけないかもしれませんが、ここはアナタの元いた世界とは違う世界です。そして、アナタはボクたちが呼び出した人類の希望」

「希望?」

「お願いです! 身勝手かもしれませんが、どうかお力をお貸しいただけないでしょうか」

「お願いっていわれてもな……。具体的に何をすればいいの?」

「世界を救って下さいッ!!」



 両手で祈るようなポーズを作り、女の子を直視して願いを請う。

 すると、女の子は目を大きく見開いて驚いていた。

 いきなり「世界を救ってほしい」なんて言われたら、そりゃあビックリしちゃうよね?

 その後、女の子はボクから視線を外しちゃったし。ちょっと顔も赤らめて困ってるみたいだった。

 とはいえ、ボクは本気だもん。

 いまこのときだって、傷ついている人はいっぱいいる。現にこの場で戦っているウィリディスの騎士様やグレージアの神官のみんなだって必死なんだ。

 死んだ人だっている。

 だから、ボクは強い眼差しで女の子が訴えかけた。



「それって、つまり『異世界転移ものの勇者』になれってことでいいのかな?」

「『異世界転移ものの勇者』がなんなのかわかりませんが、少なくともそういうことです」

「なるほどね……」

「お願いしますっ!! もうアナタしか頼るものがないんです」



 ジーッと願うようにさらに強く訴える。

 すると、祈りが通じたのか、途端にキレイな顔立ちが「ハァ〜ッ」とため息をついて困惑した表情を作った。

 たぶんだけど、女の子はボクが真剣なのを理解してくれたのかも。じゃなければ、こんな反応はしないと思う。



「いいよ。どうせ現実に退屈してたしね」

「え? あの『現実に退屈していた』ってどういう……」

「平たく言えば、勇者になってあげるっていう意味だよ」



 そう言われて、ボクはうれしくなった。

 だって、待ち望んだ勇者様がこの世界に到来したんだもん。こんなうれしいことはないよ。

 ボクは、 両手を高々と上げて「やったーッ!!」と飛び跳ねて喜んだ。



「ホ、ホント? ホントにホント?」

「本当だよ――って、まず何をすればいいと思う?」

「あ、えっと……」



 その問いかけに、思わず狼狽しちゃった。

 そりゃそうだよね。いきなり勇者になって言っても向こうの世界の人たちには馴染みがないんだもの。



「とりあえず、みんなを助けてあげてください」



 ボクはそう言って、いまやるべきことを女の子に指で示した。

 すると、女の子は軽く膝を突いて「Yes,MyMajesty」とよくわからないことを言ってきた。

 それって、どういう意味だろう?

 意味はわからないけど、やってくれるってことなのかも。すぐさま女の子が駆け出し、戦場と化した大聖堂を勇んでゆく。

 そして、そこからの活躍は、ホントに勇者様って感じだった。

 ただちょっと拳で殴って悪魔を倒しちゃうのはなんだったけど、それでも倒しちゃうのが女の子のスゴいところ。

 全てが終わったあと、女の子は名前をこう名乗った。



「私の名前は――『貴宝院奈緒きほういん なお』。よろしくね、少年」



 ボクは背が小さいだけで、君と同じ16歳だよ!

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