遠い未来は新世界か、異世界か(The New World )
「本当に、あと少し……だったな」
アルバはサンエレク城を囲む岩壁と、それを取り囲むように生い茂る森の間に出来た道を歩きながら、600年ぶりの外界で日の光を浴びていた。
テクノに進められ、手にした呪槍、ドナーランツェでエーテルを込めないままに、幾度か岩肌を突き続けた。 すると、明らかに跳ね返る感触が変わり、次に突いた瞬間、砕けた岩肌から眼が眩むほどの強い光が溢れ出していた。
なんという運命の残酷な悪戯か――サンエレクの最後の王は、本当にあと少しのところまで来ていたのだ。
《おらく、歴史的に見てもこの開通はかなり大きな出来事だとは思うんだけど、こうもすんなりだとで実感としては薄いだろうね。 それで、王様の亡骸はどうするんだい?》
アルバは外界へと出てくる際、最後のサンエレク王の亡骸を、他の者たちと同様、土葬にて弔ってきた。
「今は他の者たちと同じような弔い方でよいだろう。 落ち着いたら、あの場を墓地として作り直そう」
《……ああ、それがいいかもしれないね》
「しかしテクノ、どうしてあと少しで掘り抜けると分かったんだ?」
《ああ、それはその体に、物を透過してみることが出来る機能……能力があるんだよ》
「本当か? それは凄いな」
物体の向こう側を透かして観ることが出来るというのは、それはもはや、魔法に類する能力と言える。
どこまでも、テクノに纏わる技術力に舌を巻き続けるアルバは、感嘆の息を漏らす。
《何を言ってるんだい? 君のその体には、まだまだ色々な技術が組み込まれているんだ、この程度で驚いていては身が持たないかもよ?》
「なんと……」
精神と
実感として、器体の出せる力、出力は、自身がスローターとして活動していた全盛期の肉体と同等か、それ以上の地力が眠っているように感じられる。
そして、テクノにだます理由がない以上、それは本当の事なのだろう。
《まぁ、おいおいその辺りの使い方とかは説明していくよ》
「ふむ、現状では使う場面はあまり想像できんが、中々面白そうだ――」
《ん? どうしたんだい? っと、あれは……》
アルバが歩みを進めながら自身の体の機能について興味を抱いていたその時、遠目に人の気配を感じさせる物が眼に入ってきた。
「小屋だ。 かなりくたびれた外観だが、人の手が入っている。 誰か住んでいるのかもしれん」
木造の小屋は所々隙間が開いていたり、屋根の一部が剥げてしまっていたりするが、そういった部分には修繕した形跡、修繕途中の形跡が見て取れる。
《本当だ、見覚えは?》
「ふ、少なくとも、600年前は無かったな」
《ふふ、ごめん、それもそうだよね》
テクノが苦笑交じりに謝罪した直後、その小屋の扉が開き、中から人が出てくる様子が見えた。
「ふむ、丁度いい。 あの者と話してみよう」
《君が目覚めてから初めての人間か。 言語体系が変わっていなければいいね》
「……なに、話してみればそれも分かる」
テクノの言う事は、十分にあり得る懸念だった。 自分が眠っていた600年という年月は、そういった長さだ。
しかし、それを気にしたところで、自分は自分の知る言葉しか話せないのだから、通じなければその時考えようと、アルバは新しい世界とも呼ぶべき場所で、最初の人間に声をかけた。
「そこの者、少し良いだろうか?」
「はい、何でしょう?」
細身の体躯、灰色の長髪から老齢の女性を想像していたが、振り向きと共に返ってきたのは、年若い少女の声だった。
そして、怪訝に感じることがあると知れば、それは声ではなく、顔にあった。
「……盲目か」
あどけなさの残る少女の顔は、両目を瞑ったまま開けるそぶりを見せない。 そして、アルバの予想は当たっていた。
「はい。 ですが、生活に支障はありませんので、お気になさらず。 それで、あなたは?」
「ああ、私は――」
と、アルバが普通に応えようとしたところで、遮るようにしてテクノが口をはさむ。
《アルバ、君が600年前の人間で、しかもサンエレクの王族だったということは伏せておこう。 余計な問題を起こさないためだ。 ここでの君は、サンエレクにふらりと現れた旅人ということにしておこう》
テクノの言い分はもっともでもあった。 それに、正直に話したところで信じてもらえるかもわからないし、長い間音信が途絶えていたサンエレク城に対して、民がどのような印象を持っているのか、その辺を探ってからの方が、何かと都合がいい。 そう、アルバは判断した。
「――この地に少し縁がある、ただの旅人だ。 前に来た時と随分様変わりしたようだが、ここに住んで長いのか?」
「もう二年は経つでしょうか……。 旅をされているとのことですが、村には行かれました?」
とっさの口八丁ではあったが、特に怪しまれることはなかったようだ。
しかし、アルバは盲目の少女がこのようなところに二年も住んでいることに、若干の違和感を覚えた。
「いや、まだだが……村が、出来ているのか?」
「はい。 サンエレク村です。 よろしければ、ご案内しましょうか?」
「サンエレク……村」
もはや、国でもなく、町ですらない。 その名前の衝撃は、構えていなかったアルバには少々刺激が強かった。
しかし、戸惑いを覚えつつも、更なる情報を仕入れるために、少女の案に乗ることにした。
「迷惑でなければ、頼む」
「構いませんよ。 私もそこへ向かう予定でしたので」
「そうか。 では、よろしく頼む。 私はアルバだ」
「私はステロペです。 よろしくお願いします、アルバさん」
共に歩き出すアルバとステロペ。
願わくば、サンエレク村で雷の魔法を使える人間の情報が手に入れば、テクノに恩を返し、自分も生命の危機から脱することが出来る。
しかし、すでにここは自分の知らない世界と言っても過言ではない。 600年越しに目覚め、機械の体としてどのような日々を送ることになるのか、この時はまだ、知る由もないアルバだった。
スレイヴランナー ~サイボーグの体を使ってリモートワークしながら領地奪還~ ジント @Xint
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