初めの一歩

「……本当なのか?」


 自身が眠ってから600年の月日が経っていたという事実は、驚き続きのアルバの精神に追い打ちをかけるには十分すぎた。

 だが、だからと言ってどう狼狽えていいのかも分からない。 それほどに、600年という月日のスケールは大きすぎた。


「本当だよ。 サンエレク城に残っていた書物には、君のことも書いてあった。 もちろん、その櫃の事も。 だから、間違いないよ」


「……なら、櫃から私を出したのも?」


 その問いに対して、返ってくる言葉は分かっていた。 だが、確かめておかなくてはならなかった。 


「僕だ。 今の君みたいな素体を使ってね。 それで、船に備わっていた人間用の生命維持装置に君の体を繋げて、現状の維持を最優先にしてある。 だけど、眠ったままでは何もできないだろう? だから脳波――魂をその体に移したというわけさ」


 やはり、というべきか。 自分はテクノによって救われたのだ。 この、一見して何も出来そうもないおっとりとした様子の大きな猫に……。


「……なるほど。 それでは、お前は私の命の恩人というわけか」


「まぁ、そう言えなくもないかな」


 おどけて見せるテクノだが、間違いなくアルバを救ったのはテクノだ。

 目の前の大きな猫がいなければ、それこそ自分は、600年どころか、永遠に目覚めぬまま、この世から去っていただろうことは、想像に難くないと、アルバは確信していた。


「感謝する、テクノ。 この恩は、雷の魔法を扱う人間を確保することで報いるとしよう」


 義に義で返す。 そして、自身の繋いだ命の為にも、テクノの要望を快く引き受けたアルバ。

 どの道、電力が尽きてしまえば自分の命もそこまでなのだ。 ならば、やることは決まっている。


「助かるよ。 それでこそ、僕も君を助けた甲斐があるってものだ。 まぁ、あまり難しく考えず、相互利益の為の協力関係ってところだね」


 軽い口調ではあったが、テクノの行いは決して軽いものではない。 しかし、当人がそう計らってくれるのならば、それに乗るのが粋というものだとろうと、アルバは椅子から立ち上がった。


「ならば善は急げだ。 私は目的の人間をを探すと同時に、なぜ国が滅んだのかを調べてみたいのだが、それくらいの猶予はあるか?」


 テクノに聞けば、この国が辿った歴史を分かりやすく説明してくれるだろう。 だが、アルバは自身の目で、サンエレクの行く末を確認したかった。


「問題ないよ。 なら、まずは君が住んでいた城内を見て回ってはどうかな?」


「うむ、それがいいだろうな。 ついでに、何か着るものでも残っていればいいのだが――ん?」


 自身が未だに全裸でいることを再確認したアルバ。 長い年月が経っている城内に、着ることが出来るような保存状態の服があることは望み薄ではあるが、最低限はおれるものがあればよかった。 と、その時テクノは自分があ鎮座しているテーブルの上で前足をポンと足踏みさせる。 すると、一瞬で船内の案内図がテーブルに表れた。


「なら、この先に黄色い扉があるからそこから出るといい。 君が近づいたら開くようにしておくよ。 それと、これを持っていくといい」


 そう言ってテクノがテーブルの上にあった円筒の形をした物を前足で触れる。 すると、指向性持った光が放たれた。

 

「これは、ランタンのようなものか。 今は夜なのか?」


「――必要になる。 その“ライト”持って行って損はないよ」


 テクノ渡された指向性を持ったランタン――ライトを手に、アルバは600年ぶりの第一歩を踏み出した。

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