星界の使者

「僕は、この星よりも遥か彼方より、星界を渡る船でこの地にやってきた」

 

 星界を渡る――テクノが切り出したのは、アルバが想定していたスケールから大きく逸脱したものだった。

 そして、アルバがそれを聞いたうえでまず問いたかったのは、全く違う事だった。


「……その遥か彼方の星がどこなのかはまるで分らんが、そこでは、みんなお前のような姿なのか?」


「いや、そうでもないよ。 どちらかと言えば少数じゃないかな。 それこそ、君たちとそう変わらない姿をした者達が実権を握っていた。 だけど、今はどうなっているか分からない」


「分からない?」


「僕が彼らの元を離れてからかなり経っているからね。 僕にとっての故郷と呼べる星がまだ存在していたとしても、人々がそこにまだいるかは、正直分からない」


「ふむ、かなり経っているというのは、どれほどなんだ?」


「約2000年だね」


 その途方もない数字の重さを図ることは、永い眠りについていたアルバでさえ、理解の外だった。


「……2000年途方もないな。 想像することすら困難だ」


「そうだろうね。 当時、僕の生まれた星は人類が生きていくには困難な環境だった。 空気や土壌は汚染され、紫外線は無遠慮に降り注ぎ、人が日の光の下で生活することは不可能と呼べるほど、世界は荒廃していた」


  その光景はアルバ自身、想像に難くはなかった。 何せ、自分が隔絶の櫃に入る前の世界も、似たようなものだったからだ。 ただ、テクノたちのいた世界はきっと、どうあがこうとも生命の存続は絶望的だったのだろう。


「復興は絶望的で、可能だとしても、いつになるかも分からない。 ――そこで、僕達は未来を託された。 その星に生きていた数多の種を、他の星で再び繫栄させるために、星間航行の旅に出たんだ。 正確には、送り出された、かな。 そして長い年月、生命が繁栄可能な環境の星を探し続け、今からおよそ450年前、この星に到着した。 だから僕は、異国ではなく、異星の者というのが正しいだろうね」


 まるで昨日あった出来事のように滔々と語るテクノ。

 死にゆく土地を見限り、見込みのある土地で再起を図るというのは、アルバの生きてきた世界でも珍しいことではない。

 ただ、そこに費やすだけの技術力とかけた時間が、アルバの想像を遥かに超えたものだったというだけのこと。


「それで、お前の目的は達成できたのか」


「……難しいことではないと思っていたよ。 この船には、それだけの設備が整っていたからね。 だけど、二つの問題が僕の目的を困難なものにした」


「二つの問題?」


「一つは、僕が船を止めた先が、戦争状態だったということ」


「……戦争状態だと?」


 アルバがスローターとして魔獣を狩っていた時には、主権や領地をめぐる多少の小競り合い程度は起きていたが、人同士の戦などは起こったためしがなかった。

 どの国も、魔獣に対する対処に精一杯で、他に割く余力を残している国など、殆どなかったのだ。


「そう、君が眠っている間に、この地では人同士の争いがあったんだ。 その様な状況下では本来の僕に課せられた任務を遂行することは非常に困難だ。 だから、ほとぼりが冷めるのを待とうと思い、大きな湖の底にこの船を沈めて、暫くはこの星の大気や土壌調査を行っていたんだ。 幸い、気密性に関しては問題なかったから」


「賢明と言えるだろう。 いくら道理が覆ったところで、お前が戦いに向いているようには見えん」


 見ようによっては狩に向いている体形をしているかもしれないが、それでもアルバの目には、テクノが一騎当千をポテンシャルを持っているようには見えなかった。 


「まぁね。 そして、調査していく上で突き当たったもう一つの問題が、この星特有の概念であるエーテルの存在だ」


「エーテルが何か問題なのか?」


「うん。 水や土、生物、大気にも存在しているエーテルというエネルギー因子は、僕の生まれた世界では観測すらされていなかったものだ。

 この事象を解明せずして、僕の運んできた種を繁栄させることは非常にリスクが高い。 いましばらくは、研究が必要だと判断したんだ」


 この世界の住人にとって、そこにあるのが当たり前のエーテルという因子。 それがない世界というのは、アルバには想像も出来なかった。

 それと同時に、エーテルが存在しない世界の者によるエーテルの見識というものに、幾分興味を惹かれた。


「随分と時間があったようだが、多少はその研究とやらは進んだのか?」


 なにせ、テクノがこの星にやって来たのが300年前だというのだから、調査をするには十分な時間と言えるだろう。


「うん、そこは本当に運が良かったというべきか、早々に戦争は終わって、しかも船の直ぐ近くに資料となるたくさんの書物を蔵書している施設があってね」


「ほう、確かにそれは幸運と言えるな。 なんという施設なのだ?」


 テクノは人の姿ではない。 しかし、それでもアルバにも分かるような、キョトンとした表情をしていた。


「何を言っているのさ。 もちろん、サンエレク城だよ」


「……何?」


「現在僕の船が停泊しているのは、君が眠っていたサンエレク城の麓にある大きな湖畔の底なんだ」


 テクノの説明を聞いて、まず真っ先に思ったのは先ほど言っていた、この星に来た時、停泊したその土地は戦争状態だったという話だ。


「……」


 それはつまり、サンエレクが戦争をしていたということになる。 自分が眠っている間に、いったい何が起きていたというのか……。

 ――だが、世界情勢が簡単にその様相を変えることも、また珍しいことではない。 何百年も変わらなかったことが、半年で180°変わることも、あり得ないことではないだろう。

 だから、サンエレクがそういった歴史の波に飲み込まれたのだとしても、決してあり得ないことではない。 望まないことではあったが……。

 

「戦争終結からしばらくたって、周囲が落ち着いたころに、この船を少し動かそうと思ったら、どうやらその際にお城から続いていた水底の隠し通路を船体の重量と衝撃でぶち抜いてしまったみたいでね。 不幸中の幸いか、船外へと出る扉と通路がちょうど重なっててね。 奇跡的にお城に入る為の手段が図らずも構築できたわけなんだ」


「……ああ、その通路なら、私も何度か通ったことはある。 なるほど、おおよそだが、今どこにいるのかは分かった」


 有事の際、城内の女子供を逃がすための脱出路が城から湖底の下を抜けて、近くの森へと通じている。 この船が未だどの程度の大きさなのかは分からないが、湖底と通路を貫くか、抉るようにして着底したのだろう。


「おかけで、お城の中にある書物や調度品などから、多くの情報を得ることが出来た。 凄く調査が捗ったよ」


 起用にウィンクして見せるテクノだったが、アルバにはそれよりも気になることがあった。


「そのなりでどう調査したのかは些か気になるが……城内に生存者は?」


「ああ、うん。 残念だけど、生きている人間は一人もいなかったよ」


「……そうか」


 一抹の願いが込められていたその問いは、しかし、半ば予想していた答えでもあった。

 なにより、自分の置かれている状況を見れば、火を見るよりも明らかだ。


「そこで、目覚めたばかりで大変恐縮ではあるんだけど、君には協力を頼みたい」


「協力だと?」


 永い眠りから覚めたばかりで、しかも人形の体となっている自分に、何が協力できるというのか?


「うん。 今この船は、メインの動力が落ちて、予備電力を節約しつつ何とか船を維持してきたんだけど、そろそろそれも枯渇してしまいそうなんだ。 だから、君には魔法を扱える人を見つけ出してほしい。 出来れば、雷の魔法を使える人間がベストだ」


「お前の言う電力というのが何かは分からんが、雷の力がこの船の動力になるのか」


「そうだよ。 僕のこの体、君のその体、そしてこの船は、雷のエーテル――電気という力を使った機械で出来ている。 この世界で言う水車や風車の延長だと思ってくれていい」


「雷の力を応用した原動機という事か。 察するに、その電気というものが枯渇したら、そこで眠っている私の本体にも支障があるのか?」

 

 すぐ隣で死んだように眠っている自分自身。 この体を維持している機能も、意識を飛ばしている機能も、電気というものを使っているのだろうことは、容易に察することが出来る。


「その通り。 話が早くて助かるよ。 そうでなくても、僕が君を見つけたときは、正常と呼べる状態ではなかった。 かろうじて生命活動は維持できていたが、特に神経系がひどく損傷していて、正直かなり危険な状況だったよ」


「それも解せん話だ。 私の体は隔絶の櫃と呼ばれる、外界とのつながりを完全に立ち、時の干渉すら受けつけない呪物だったはずだ」


「ああ、凄いテクノロジーだ。 もっと調査をしてみないと原理すら分からないけど、僕は、櫃に問題があったわけじゃないと思ってる」


「他に何らか要因があると?」


「……君のことも、一通り調べたよ。 アルバ、君は眠りに着いたとき、200年後に目覚める事になっていた。 そうだね?」


「……ああ、そうだ」


「隔絶の櫃というものが、どういった仕様の物かは分からないけど、全くのメンテナンスをすることなく、長期間の運用は想定されていないんじゃないかな。 とは言っても、君が眠っている200年間は、その必要がなかったのかもしれない。 だけど、それ以上の使用ともなると、流石に人の手によって点検や整備が必要な代物だったんだと思う」


「何が言いたいんだ」


「アルバ、僕は君が眠ってから、150年後にこの星に来たんだよ」


「……いや、まて。 まさか――」


 テクノが言わんとしていることを察して、アルバは全身から熱が奪われたかのような感覚に陥った。 それは、人形の体だというのに、やけにリアルに感じられた。

 先ほどテクノは、今から450年前にこの星にやって来たと話していた。 そしてそれは、自分が眠ってから、150年後だったと。 



「アルバ、君が起きたのは、200年後じゃない。 600年後なんだ」

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