望まぬ目覚め

 まず、意識が浮上して最初に思ったのは、両脇を支えられ、吊られている感覚だった。 


「おはよう。 気分はどうだい?」


「……だれだ。 ここは、どこだ」


「どこかと聞かれれば――まぁ、僕の家といったところかな」


 未だに視界がぼやけ、語り掛けてくる相手の顔どころか、姿をとらえることも出来ない。 しかし、そのやり取りで聴覚だけは問題ないことが分かった。 


「なんだと……わたしは……っぐ」

 

 両脇の支えを煩わしく思い、一歩歩み出ようとした瞬間、脚に全く力が入らず、膝から崩れ落ちた。 痛覚も鈍くなっているのか、痛みなどは全く感じない。 まるで、自分の体ではないかのようだった。


「起きたばかりで体はおろか、しばらくは頭もはっきりしないだろう。 どこか、違和感はないかな? 気持ち悪さとか、思考が纏まらないとか」


「何を、言っている?」


 感覚の鈍い両足に力を込め、壁に両手をつきながらなんとかその場で立ち上がる。

 その時初めて、自分が一糸まとわぬ姿であることを確認した。


「脳が長期のハイバネーションによる影響で混乱しているんだろう。 五感が鈍いのはそのせいさ。 じきに“器体”にも慣れて、落ち着くと思う」

 

 ようやく目が慣れてきたところで声のする方へと視線を向けると、テーブルの上に見たこともない灰色の生き物がぽつんと置物のように鎮座していた。

 

「……では、目の前にいる毛むくじゃらが俺に話しかけてきているのは、混乱のせいで見ている幻か?」


 アルバの頭の中で一番近いものを上げるとしたら、長毛種のでかい猫といったところだ。

 しかし、過去を振り返ってみても、猫の中で人語を解するものがいた覚えはない。


「ああ、それは現実だよ。 よろしく、僕はテクノクラート。 テクノと呼んでくれ」


 魔物や高位の生物の中には、確かに人の言葉を解することの出来るものも存在する。 

 ならば、この猫の言う通り、これは現実なのだろう。

 ただ、その猫っぽいテクノの話す隣――ガラスの上蓋で閉じられた寝台の上に、見知った人間がいることは、現実とは思えなかった。


「なら、私の目の前に、私が横たわっているのは、幻か?」


「それも現実だ」


 瀕死の人間が肉体を脱し、魂となって中空から自身の体を見下ろすということは眉唾の噂で聞いたことがあるが、流石にこれが現実だとは思えない。


「冗談はよしてくれ。 だったら、私は誰なんだ」


「もちろん、君も君さ」


 どうにも頭がおかしくなりそうだった。 だったら、目の前で横たわっているのは誰だというのか……。

 先ほどから、長き眠りより目覚めたはずなのに、現実から逸脱した事象ばかりを突きつけられ、アルバは混乱の極みにいた。


「私はまだ、本当は夢の中なのではないか」


「そう思うのも無理はない。 そこにある鏡を見てみるといい」


 テクノは前足を使い、テーブルに置かれていた鏡をらしくない動きで指し示す。 少しずつ四肢の感覚が戻ってきたアルバは、ゆっくりとその手鏡に近づき、恐る恐る自身の顔を写した。


「確かに、私に見えるが……」


 鏡に映っていたのは、長年見返してきた自分の顔だった。 


「スキン形成の段階で、本体にできるだけ近づけておいた。 本来の顔とあまりにかけ離れていると、精神に大きなストレスがかかるようだからね」


「スキン、形成? 何のことだ? いや、それよりも、そこに横たわっているのが私だというなら、今こうして話している私は、誰なんだ?」


「さっきも言ったけど、君も君だ。 分かりやすく説明すると、今の君の体は人形で……そうだな、そこに眠っている君の意識だけを、今自覚しているその器体、“スレイヴランナー”に移した状態なんだ。 あ、ちなみに僕も似たようなものだ。 この体も、人形さ」


 突拍子もない話だ。 自分の意識が、人形に移し替えられるなど……。

 自分が知らないだけで、もしかしたらその様な魔法や呪術、道具が存在しているのかもしれないが、そこに至るまでの道程にまったく心当たりがない。


「なぜ、そのようなことをした?」


 城で悠久の眠りにつき、再び目覚めたときには、この国の者達に迎えられるものだとばかり思っていた。

 しかし、目覚めてみればどうだ? 目の前には人の言葉で話をする猫がいて、自分の体は精巧に作られている人形となり、本体とも呼べる体は、横たわったまま一向に目覚める気配がない。


「同然の疑問だ。 順を追って説明しよう。 さぁ、まだ立つのは厳しいだろう。 座ってくれ、少し長くなるから」


 テクノは目線の先をあごでしゃくり、簡素な椅子に促してくる。


「……いいだろう。 だが、その前に一つだけ聞かせろ。 我が国は、サンエレクはどうなった」


 目が覚めた時、長い時間の経過による多少の変化くらいは覚悟していた。

 しかし、これは多少どころではない。 自身の眠っていた隔絶の櫃は無く、恐らく城ですらない。 そして、自分は人形の体に意識が移し替えられたのだという。

 これだけの出来事があって、祖国には問題が起こっていないはずがない。

 自身と唯一の繋がりであるサンアレクにいったい何があったのか、何を置いても知る必要があった。


「――滅んだよ」

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