第12話 反省




【メディカルプログラムを起動。身体の不調と余剰魔力を取り除きます】




【実行中……】

【実行中……】

【実行中……】

【実行中……】

【実行中……】

【実行中……】

【実行中……】

【実行中……】

【実行中……】

【実行中……】

【実行中……】

【実行中……】

【実行中……】

【実行中……】

【実行中……】

【実行中……】



【完了しました。後遺症はありません。以上でメディカルプログラムを終了します】



【全ての作業の終了を確認。所有者オーナーソラジマ・トビト様、覚醒してください】




 目が覚めると、灰色の瞳に怒りを宿した白髪美少女がいた。

 ムスッと睨んで床を指さす。


「トビト。正座。今すぐ!」

「あ、ハイ!」


 意識よりも身体が先に動いて、冷たく硬い床に即座に正座した。

 俺の身体はすっかりユナに調教されてしまっている。今のザトスの言い方は激怒した妹にそっくりでつい反射的に行動してしまった。

 目の前の美少女は背筋がゾクゾクするほど恐ろしい。風もないのに白髪が舞い、空間が陽炎のように揺らいでいる。

 冷や汗が一筋ツゥーっと流れ落ちた。


「私が運良く帰ってこなければ、トビトは死んでいた。わかってる?」

「あぁ……何となく?」


 やっぱりあれは夢ではなかったのか。

 俺は帰ってくるザトスを出迎えようと玄関に向かい、興味本位で一歩建物の外に出てそのままバタリと倒れた。

 激痛や苦痛も本当にあった出来事だったんだな。


「なんで、外に、出たの!?」


 唐揚げを一つ横取りされた時よりも激怒している彼女。こんなに怒っている姿を見るのは初めてだ。ガクガクブルブル。

 蛇に睨まれた蛙になった気分で、俺は小さくなりながら正直に答える。


「外に興味が湧いたからです。ずっと建物ばかりだったから、外はどうなっているのかなぁって……」

「好奇心は猫をも殺すって諺を知らない? 過剰な魔力は危険って言ったよね? トビトは魔力過多で死ぬところだった。魔物になる可能性もあったんだよ!」

「それは知ってる。体内の魔力が急激に上昇したことも覚えてる。でも――なんでこうなったんだ?」


 ブチッと何かが切れる音がした。ザトスの周囲を白い輝きが包む。


「そぉ~れぇ~はぁ~っ! この辺りの大気の魔力濃度が濃すぎるからでしょっ! 教えたはずっ!」


 魔力は感情に密接に関係している力である。激高しているザトスの身体から無意識に魔力が漏れ出し、ダイヤモンドダストのようにキラキラと煌めいていた。

 恐怖に震え、しかし幻想的な妖精に見惚れる俺は、やっとのことで声を喉から絞り出す。


「あのぉ~、教えてもらった記憶がないのですが……」

「は?」

「ひぃっ!? すいませんすいません! ですが、本当に教えてもらった記憶がないんです! 外が危険だなんて知らなかったんですよ!」


 管理AIさんの警告も魔力濃度のことだとは思わなかった。てっきり魔物だと思ったのだ。知っていたら絶対に外に出ることはなかった。だって死にたくないから。

 ザトスは俺の言い訳だと思ったらしい。目尻が更につり上がる。


「この期に及んで言い訳?」

「いやいやいや! 違うって! 本当に知らなかったから!」

「トビト、記憶喪失」

「言っておきますけど、ザトスさん。俺、『完全記憶』というオリジナルの拡張アプリ持ちです。ザトスと出会ってから今までの会話を全て一言一句違わずに思い出すことができます。だけど外が危険だなんて言われた記憶はありません!」

「……本当?」


 まだまだ疑っているザトス。ならばこう言ってやろう。


「ユナの料理に誓います」

「それは本当だ! ごめん。言った気になってたかも」


 即座に信じたザトスは怒りを鎮め、自らの非を謝罪する。

 ユナの料理ってすげぇ。ザトス相手にはこういう使い方もできるのか。


「反省」


 ザトスはその場に正座。今回は俺も悪かったので正座は続行したまま。

 俺たちは向かい合って正座することになった。


「トビト、ごめんなさい。私のせいで危険な目に遭わせた」

「ザトスが謝ることじゃない。俺も悪いんだ。管理AIの警告も無視したし。心配かけた。ごめん」

「うん……心配した。ユイナの料理を二度と食べられなくなるかと思った」


 あ、そっちですか。心配したのはユナの料理のほうですか。

 明日の食事の時、ザトスの量を減らして俺の分を増やしてやろう。


「で、外の魔力濃度が濃いというのは……」

「拡張世界は現実世界よりも空気中に含まれる魔力の濃度が濃いの。二つの世界を繋ぐゲート付近はそんなにない。基本的にゲートから遠く離れれば離れるほど魔力が濃くなり、魔物が強くなる。この辺りはゲートから数カ月かけてたどり着く領域。魔力濃度は一般人が数十秒で死に至るほどなの」


 うわぁ。空間崩落で建物内に出現できてよかった。奇跡と言ってもいいかもしれない。空間崩落の出現先の座標が少しズレて建物外だったら俺は確実に死んでいた。


「そうだった。探索者わたしの常識は一般人トビトの非常識だった……忘れてた」

「ザトス。熱でもあるのか?」

「失礼! 普段私についてどう思っているのか話し合う必要がある!」


 ペシペシと膝を叩いてふくれっ面。君のことを普段どう思っているのか、ねぇ……。


「ご飯大好き系美少女」

「ふむ。よくわかってる」

「あと、ザトスはザトス」

「……そこにいろいろと含まれている気がする。乙女の勘」

「気のせいだ」

「むぅー」


 ちょっと残念だとかポンコツ風と言ったら絶対に怒るでしょ。だから言いません。絶対に。撃ち抜かれたくないからね。


「仕方がない。トビト、これ以上追及しない代わりに、夏休みの最初の週末に私のお出かけに付き合って」

「イエス、マム! 了解したであります!」


 これってデート? デートなのか!?

 いやいや、そう断定するのは早計だ。こうやって何度も期待して裏切られてきたじゃないか。

 過去から学べ、空島飛兎。期待しなければ傷つくこともないんだぞ。


「ふふっ。トビトとデートだ。楽しみ」

「はぇ? デート……なのですか?」

「男女が二人きりで出かけることをデートって言わないの?」

「い、言います! 超言いますっ! デートしか言いません! デートですデート!」

「そう。よかった」


 ついに女の子と二人きりのデート! うっしゃー!

 今から準備しなければ! 何を着て行こう? てか、どこ行こう!?

 一人盛り上がる俺とは対照的に、ザトスの目は半分ほど閉じられ、いつも以上にポワポワし始めた。とても眠そう。


「ふぁ~あ。ダイエッ……運動したら眠くなってきた。トビト。早く現実世界に戻って寝よう?」

「ああ、そうだな」


 どうしよう。全く眠くないんだが。医療筐体メディカルポットを使用したせいで眠気が全くない。

 時差ボケってこんな感じなんだろうな。

 次使用するときは時間も考えなければ。


「あ、そうだ。その医療筐体メディカルポットは美容コースもあるし、ダイエットもできるんだって。一応言っておく」

「その話、詳しく!」

「お、おう」


 俺はいつの間に押し倒されんだ?

 半分ほど閉じられていた灰色の瞳をカァッと見開きギラギラと輝かせ、フーフーと鼻息が荒い美少女の真剣顔が物凄く近い。つーか、怖い!

 美少女に迫られることは嬉しいのだが、こういうのは求めてないというか、ポワポワしている状態で押し倒されたかったというか……。

 美を追求する女性は恐ろしいと心の底から思った。絶対に逆らってはいけない。


「べ、別に、太ったわけじゃないし。決して1.5キロも増えていたわけじゃないんだけど、一応、一応経験しておいたほうが良いと思う。医療筐体メディカルポットの性能を確かめるために!」

「は、はぁ。わざわざ実験台にならなくても……」

「なる! なるったらなるの! 何が何でも私が経験するの! しなくちゃならないの! トビト! 今すぐ! はりーあっぷ! 時は一刻を争う!」


 それとも、とザトスは上目遣いで俺を見つめた。


「トビトは私に綺麗になって欲しくないの?」

「よし! 今すぐやりましょう!」


 こう言われたら俺は何も言えない。だって可愛かったし。可愛かったし!


「ふっ。ユイナの言う通りだ。こうするとトビトはチョロい」


 ボソボソとザトスが何か言った気がするけれど、設定をする俺の耳には上手く聞き取れなかった。


「ザトスさーん。一回【精査スキャン】する必要があるんだってー。前回のデータを使用するよりも今のデータのほうが正確に調整できるからってさ」

「わかった」


 筐体の中に寝そべり、ピャーとスキャンされる美少女。こんなのでも絵になるとは美少女ってズルい。

 すぐにスキャンされた情報が表示された。


「ふむふむ。体重は1.5キロじゃなくて1.7キロプラスされてるぞ。あ、スリーサイズも。特にウエストが前回よりも数センチ増えてる。これをどうにかする方向で……あっ」

「トぉ~ビぃ~トぉ~?」


 魔王の再降臨。灰色の瞳を激しく燃やし、白髪が波打っている。溢れ出す魔力が彼女の周囲を取り囲み、キラキラと雪の結晶が待っているかのよう。

 笑顔で怒り狂う魔王がユラリと立ち塞がった。


「記憶消去ぉー!」

「あぎゃぁぁああああああああああああ!」


 探索者の放つデコピンは音速を超え、俺は壁まで吹き飛ばされた。

 そして、彼女の怒りが鎮まるまで、ただひたすら土下座で謝り続けるのだった。


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