第7話 変人の妹は、ヤクザで魔王で・・・


 ザトスを連れて拡張世界から現実世界への移動は問題なく成功した。

 空間が閉じるまでの時間や移動できる人数など、検証の余地は沢山ある。今回は手を繋いだので、次回は繋がないで移動できるのか検証したい。

 取り敢えず、他人を連れての移動が可能だと判明したのは大きな進歩だ。


「ふぅ。久しぶりの現実世界。堪能した」

「そーみたいだな!」


 美少女の口の周りに付着した食べカス。幼児かっ!?

 ポケットからハンカチを取り出しザトスの口の周りを拭く。

 彼女はなすがまま。苦しゅうない、と言いたげなドヤ顔なのが可愛すぎて少しムカつく。頬をツンツンしてやろうか!?


「俺が授業を受けている間に食べ歩きしやがって……羨ましい!」

「ふっ。私は自由な探索者。私の歩みは誰にも止められない」


 くっ! そのセリフ、格好いいじゃないか。

 数カ月ぶりに現実世界に帰還したザトスは、すぐさま『散歩行ってくる』とふらっと消え去ったのだ――空を飛んで。

 俺は口をあんぐりと間抜けに開けて見送ったのは言うまでもない。

 ザトスは飛べる。それは一番最初に彼女を見た時にわかっていたはずなのに。

 ちなみに、俺は無事に5時間目の授業に遅刻したのだった。


「トビトの家、楽しみ」

「本当にウチに来るのか?」

「もちろん。変人が住む家……どんなに変わっているのかとても気になる」

「普通の家だっつーの!」


 現在、俺たちは空島家に向かっていた。

 散歩と称した食べ歩きに行っていたザトスさんは、帰宅途中の俺の横にふらっと現れ、ウチに行くと言って聞かないのだ。

 目的は美味しいご飯だろう。

 あぁ、俺の死刑時刻が着実に近づいている。お弁当を作ったのが俺じゃないとわかったら一体どうなることか。

 神様仏様結那ゆいな様、我を助けたまえ。


「むっ! 私の勘が言っている。トビトの家はここ!」

「なんでわかるんだよ……」

「どやぁ!」


 彼女の指は、正確に空島家が住む3DKのアパートを差していた。部屋の場所まで当たっているし。探索者の勘、恐るべし。

 覚悟を決めて、いざ帰宅。


「ただいまー」

「おかえりー」


 洗濯物でも畳んでいたのか、妹の結那が部屋の奥からひょっこりと顔を出した。

 着ているのはTシャツとミニスカート。部屋着なので実にラフな格好だ。


 だが、兄として一つ言わせてもらおう。


 ――その『本命は私』とだけ書かれたシュールなクソダサ白Tシャツはどうにかならないのか!?


 似合ってはいる。上手く着こなして似合ってはいるのだが……もっと何かないの? オシャレが気になるお年頃だよね?

 ファッションセンスが独特な我が妹は、俺の隣にいる美少女に気づいて笑顔をピシリと凍り付かせる。

 瞳を妖しく輝かせ、暗い笑みを浮かべてフフフと低い声を漏らす。


「へぇー。お兄、その人彼女?」

「あ、いや、違っ」

「私は彼女ではない。妻。トビトのお嫁さん」

「へぇー。お兄のお嫁さんねぇ……」


 あれ? なんだろう。ピシピシと何かが凍る音が聞こえる。

 誰もが見惚れる実に美しい笑みを浮かべる結那さんの周りで大吹雪ブリザードが轟々と吹き荒れている気がする! 目が全く笑っていない。


「リビングもない狭いアパートですがゆっくりしていってください……お兄はちょっと奥まで来い」

「あ、ハイ」


 ザトスに素早くお茶を出した結那さんは、俺の後ろ襟を掴んで部屋の一番奥へと連行した。

 抵抗せずにドナドナされる俺。壁際で正座する。


「で? 詳しい話を聞かせてもらおうか」


 ものすっごい低い平坦な声で述べた妹様が、ダンッと壁ドンならぬ壁足ドンをする。

 衝撃でアパートが揺れた。

 俺の周囲だけ絶賛氷河期が到来中。ガクガクブルブル。超寒い!


「あ、あの~結那さん? 顔が怖いんですけど。乙女がしてはいけない顔になってるんですけど。ヤクザみたい、ですよ?」

「あ゛? だから?」

「ひぃっ! お、お兄ちゃんは可愛い結那さんが大好きだなぁ。もちろん、今の結那さんも大好きですけど。というか、パンツ見えてます」


 彼女の片足は俺の耳の横にある。ミニスカートなので当然俺からはスカートの中身が見えてしまっているのだ。生々しいというか、見えてはいけないところまで見えてしまいそうというか、純白の下着の食い込みがぁ~!

『完全記憶』さんがフル稼働している。


「そんなことはどーでもいいんだよ! で? あの女とはいつ、どこで出会ったの? 白状しろ!」

「えーっと、今日です。学校行くときに」


 何も間違ってはいない。正確でもないけれど。


「お兄はなんで今日出会った女と結婚することになってんの? あ゛ん? 言ってみろや!」

「それがその……お腹が減っていたみたいだから、ユナ特製の愛妹弁当をあげたら、懐かれた」

「餌付けしたってわけね。あの女、年上? 年下?」

「多分年上。年齢訊いたら死ぬかと思った」

「ふ~ん。まあ、後で私が訊いておくか。で、あの女とは一日でどこまでヤッたの? キス? セックス? ×××? ×××××?」

「うぉおいっ! そんな自主規制される下品な言葉を言ってはいけません! ユナは知らなくていいことです! 早急に忘れなさい!」


 いつの間にかユナに変な知識が植え込まれている。

 一体誰だ! 無垢なる可愛い妹に教えた奴は! 出てこい! ギッタンギッタンにしてやる!


「で? どこまでヤッたの!」


 妹のあまりの剣幕に俺は即座に白状する。


「全部しておりません、マム!」

「本当の本当に?」

「愛する妹ユナに誓います! 彼女にしたことは、お姫様抱っこと、手を繋ぐことと、口の周りをハンカチで拭ってあげたことと、メロンパンを半分コしたことであります!」

「お姫様抱っこ……まあ、それくらいは許す」

「ありがとうございます、マム!」


 なんで許す許さないの話になるのかわからないけれど、絶対に口にはしない。必要ないことを口走ると面倒なことになるのは経験済みだ。


「本当に餌付けしただけの女を拾ってきたわけか」

「そんな子犬や子猫みたいな言い方をしなくても……間違ってはいないけど」

「え? 子犬? 子猫? 雌犬や泥棒猫じゃなくて?」


 その言葉をどこで覚えたぁー!? 可愛い可愛いユナからそんな言葉が漏れ出すなんて……お兄ちゃんショック。


「というか、どーしてユナが怒るんだよ」

「は? 妹兼保護者としてお兄に変な害虫がくっつかないようにするのは当然でしょ」

「え? ユナが俺の保護者なの? 俺が年上なんだけど……」

「疑わしきは処刑せよ! それがお兄を守る私の信念!」

「物騒だから止めて! せめて罰してぇ~!」


 我が妹が危険な信念を抱いていることが発覚した件について。

 俺はどうすればいい?


「まあいいや。罪人お兄。今回は不問にする。でも、罰として寝る前のマッサージ1週間」

「不問にしたのに罰するのかよ! ユナのマッサージくらいならいいけど。つーか、罰にしなくてもいつでもするぞ」

「やった! ……ゴホン! 次はあの女の言い分を聞かなきゃ」


 今まで魔王みたいな表情を浮かべていたくせに、今は魔王に立ち向かう勇者のような表情だ。そんなに覚悟を決める必要はないとお兄ちゃんは思うぞ。


「お兄に害があるのなら……処す!」


 だから処さないでくれ! 相手は数百メートルの魔物を倒すような凄腕の探索者だから!

 うぅ……妹が物騒な思考に染まってしまった。一体何が悪かったと言うんだ。

 過去のあれこれを振り返っていると、俺はいつの間にか立たされ、腕にユナが抱きついていた。


「行くよ、お兄!」

「あ、ハイ!」


 がるるるる、と威嚇する妹に俺はなす術なく引っ張られた。

 ザトスはのほほんと美味しそうにお茶を啜っていた。俺たちが戻って来たことよりもお茶の美味しさが優先されるらしい。

 そこに、警戒心Maxのユナがザトスをキッと睨んで口を開いた。


「私は空島結那。お兄の妹です!」

「私はザトス」

「ザトス? あの探索者の……?」


 え? ユナはザトスのことを知っているのか? この食い意地を張った残念美少女は有名人?


「そう。その探索者で合ってる。やっぱり私は有名。知らないトビトは変人」

「変人言うな!」

「お兄が変人なのは認めますけど」

「認めるのかよ!?」


 妹から変人だと思われていたなんて俺、立ち直れないかもしれない。


「ザトスさんは本当にお兄のお嫁さんになりたいんですか!?」

「なりたい。だってご飯が美味しいから!」


 キッパリと断言したザトスにユナは、


「ザトスさんが食べたであろうお弁当を作ったのは私ですけど」

「え?」


 そうなの? と無言で問いかけられたので、コクンと小さく頷いた。

 あ~あ。とうとうバレてしまった。俺、死んじゃうのかなぁ。

 俺とユナの間をザトスの灰色の丸い瞳が行ったり来たりして、突如、彼女はポンと手を打った。

 次の瞬間、純白の光が煌めき、ザトスの姿がユナの真横に出現する。


「ユイナ。私と結婚しよう!」

「ごめんなさい!」

「がーん!」


 刹那の出来事だった。ザトスがユナの手を取ってプロポーズしたかと思うと、それを即座に振り払って即答で拒否したユナ。

 その間、僅か2秒ほど。


「なんで……どうして……ホワ~イ……」

「無理なものは無理です。そもそも私はアブノーマルですけどノーマルですから」


 ユナさんや? そのアブノーマルというのはどういうことかな?

 後で詳しく聞く必要があるようだ。緊急兄妹会議。


「ご飯……美味しいご飯……じゃあ、やっぱりトビトと結婚するしかない」

「なんでそういう結論に至るんですか!」

「トビトと結婚すれば、ユイナが付いてくる。美味しいご飯がいつでも食べられる」

「それはそうですけど……」

「だから結婚」


 ちょっと待とうかお二人さん。何故俺にユナが付いてくることで一致しているんだ!? ユナだっていつかはお嫁に……お嫁…………絶対にユナは嫁に行かせん!

 ユナと結婚したくば俺を倒せ、と男をボコボコにする妄想をしていたら、ツンツンと肩を突かれた。ユナだ。俺の耳元で囁く。


「お兄。なんでこんな面倒な残念美少女を拾って帰ってくるの。元の場所にポイっと捨ててきて」

「そう言われてもなぁ」


 ザトスには、ご飯を食べさせる代わりに俺を鍛える、という契約を結んでいる。それを反故にするのも気が引けるというか、ごはんごはんー、と残念そうに落ち込んでいる彼女を見ると放っておけないというか……。


「まさかウチに居候させるつもり?」

「ダメか?」

「むむむ。お兄の頼みでも……」

「食費は出す。ざっと100万くらいでいい?」

「「 100万!? 」」

「あ、単位はドルるるるるで。むぅ。巻き舌ができない」

「「 ひゃ、100万ドrrrrルゥということは1億円…… 」」


 俺たち兄妹はあまりの金額に絶句していると、ザトスは不思議そうに首をかしげた。


「足りない? なら1億ドルるるるるまでなら出せるけど。やっぱり巻き舌ができない。るるるるる~」

「お兄。1億ドルって……」

「約100億円だな」

「ひゃく、おく、えん……あぅ~」


 ふらりとよろけたユナを慌てて支える。

 ちょっと貧乏な一般家庭にそんな大金の話を持ちかけたら驚きで目を回すのは当然だ。高額すぎて全く想像がつかない。

 俺の腕の中でスゥーハァーと何度か深呼吸をして息を整えた妹は、何とか調子を取り戻したようだ。

 キッと目尻を吊り上げ、お金で全てを解決しようとするザトスに向かって毅然とした態度で言い放った。











「空島家へようこそ!」


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