泥液!!奇病の代償

「リチ君の薬…?」


 思い起こすのは数か月前の馬車による事故。ファスたちが事故現場から帰ると、抗ウイルス薬だけが盗まれていたという事件があった。第一容疑者は当然通報者であり、怪しい点を探そうと思えばいくらでも出てきてしまう。


「魔術痕跡とかは調べなかったのか?」

「途中で途切れてたのよ。あんたを呼ぼうかとも思ったけど、リチ君がそこまで迷惑かけられないって…。でもこんなことになるってわかってたら意地でもレンドに手伝ってもらったのに…。」


 くどいようだが、ファスは植物専門の魔術師。レンドが使う治療魔術や一般魔術は苦手である。それでも腕のある魔術師であることに違いはないので、彼女の追跡を振りきれるとすれば、かなり手ごわい魔術師と言える。レンドとシルヴァの頭の中では嫌な予感を共有していた。


 高熱にうなされる女性に解熱作用のある漢方を投与するが、顔の赤みが引く様子はない。むしろどんどんと悪化していっているようだ。


「薬が原因ってわけじゃ無さそうね。時間の問題かしら。」

「俺たちも病気の根源が分らなければ治療もできないぞ。こっちが調べた限りではウイルス系ってのはわかってるが、どの種類化までは特定できてないしな。」


 魔術や機械の力というのは、分かりやすい外傷や目に見える以上への治療としては有効ではあるが、彼女のような原因不明のウイルスとなると、人体の内部構造に関する魔術や化学的視点が必要となる。


「そうね…。熱は高いようだけど、発汗はしていない。意識レベルから考えても失神状態。けれど、脈拍は健常児よりは早いけど不整脈という程ではなく安定している。正直よくわからないというのが本音だわ。リチ君はどう思う?」


「ぼ…僕は…………ああああッ!!」

「リチ?大丈夫か……?」


 視線を落としたリチの目元から怪しい色の液体が零れる。床に触れると木材を溶かして腐臭漂う蒸気が吹きあがった。煙に紛れながら全身から液体を垂れ流し吐き気を催すようなにおいが立ち込めた。涙や嘔吐だけでなく毛穴からもマグマが噴き出るように泥水ははい出てくる。


「リチ君!?リチ君しっかりして!!」

「お、お父さん、ナニコレ!?」

「無薬無毒症の暴走…。精神摩耗メンタルダウンのよる過剰排薬オーバードーズか!!」


 薬物の過剰摂取ではなく過剰排薬。それは、リチ・ドルグ最大の欠点であり災害に次いで危険とされている事象。魔術電機工場の停止に匹敵するほど人々の生活を脅かし、近隣住民に避難勧告が出されるほどの大量の毒ガスが彼を中心としてまき散らされるのだ。


「改築魔術、樹牢!!」


 リチが一手にの涙を零すと同時に、ファスは手を着いて床材を変形させる。一瞬で溶かされてしまうが、レンドが魔術を編み込むだけの時間を稼ぐには十分。


「檻籠の魔術。代償は我が魔力、捕らえろ!!」


 透明な膜がリチを包み込み、次第に中が不思議色の液体で満たされていく。有色透明であり紫色に変色したような泥は微かに粘性を持っているようで、不気味に気泡が立ち上っていた。本来ならば、中に閉じ込められているリチは息が出来なくなるはずだが、無意識化の化学結合により、体内の毒液を組み合わせて酸素を生み出しているのだ。


「…最近、私たちにばかり医者仕事が向けられていたからね。あの時みたいに気に病んでいたのかも…」


 リチのオーバードーズを見るのは、スズは初めてであり、シルヴァは二度目、レンドが三度目で、付き合いの長いファスは五度目の出来事だ。


 彼はファスやレンド、シルヴァたちに比べると少し劣っている。といってもアカデミー内で主席を維持するなど、才能には恵まれているのだ。だが、彼の周囲には異様な天才が多すぎた。

 レンドやシルヴァはそれぞれ、魔術師や機械工学者だけでなく医者という仕事も兼任しているし、ファスは薬師になるまえは植物医師を務めていた。たいして、リチは化学者のみ。それも薬学専門であり、それ以外に応用が利くわけではない。そのことがずっとコンプレックスでいるのだ。


 数年前の暴走のきっかけは、四人で災害救助の活動を行った際に足手まといになったことが原因だった。その前にはファスに別れを告げられ暴走しているし、シルヴァとレンドが医者の資格を取ったときも暴走している。


 彼を例えるなら究極に肥大化した羨望という名の猛毒に侵され続ける奇病だ。無薬無毒病でも防ぎきれない猛毒にむしばまれ続けている。


「こうなったら手が付けられないぞ。」

「原因の特定も出来なくなるわね」

「リチ君にはリチ君なりに凄いところがあるんだけどね…」


 暴走したコンプレックスは、他者を過大評価し、自己評価を貶める傾向にある。鶏口牛後という言葉があるが、彼は今まで鶏口的環境に身を置きすぎてしまったせいで牛後である自分が認められないのだ。


 だが、気病といっても憐れむなかれ。彼はこれでも天才であり、周りにはそれを支える仲間がいるのだ。たとえ世界が恐怖し彼から逃げまどい離れていこうとも、一生を約束した恋人ファス・ナチュレは諦めない。


「必ず、救ってあげるから!!リチ君も、もちろん貴女のことも…」


 傍らでうなされる女性を庇うように、ファスは毒の塊の前に立ちふさがった。

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