体質!?無薬無毒病

「マギカ先生。急患です!!」


とある日の明朝、焦った様子のヘルニアがやってきた。シルヴァとスズが朝食の準備を整えている最中であり、まだ診療所の扉を開けていないほど早い時間の事だ。

慌てて白衣をひるがえし扉を思いきり叩くヘルニアを診療所へ招く。彼にもたれかかるような様子で背負われてきたのは茶髪の女。顔立ちから察するにマードレ王国人だろう。


「患者はその女か…。症状はなんだ?」

「道端で倒れてて、血を吐いていた。呼び起こしたら立ち上がれて、それなりに歩けるようだったから、ここまで連れて来たんだ。ドクター、この娘は大丈夫なのかい?」


吐血の痕跡と、気持ち悪さのためか口元をだらしなく開いており、息苦しさに肩を震わせている。瞼が閉じかけては見開いてを繰り貸す様子から察するに眠気や疲労といった症状が出ているのだろう。いったん女をベットのある処置室に寝かせて、ヘルニアを診察室に案内する。


「で、もう少し詳しい状況を教えてくれるか。」

「ああ。俺が健康のために毎日散歩してる道があるんだけどな。そのウォーキングルートに倒れてたんだ。たぶん、ランニングでもしてたんじゃねえかな」


確かに女はスポーツウェアを着ており、倒れたこととは別原因であろう発汗の痕が見える。普段通りランニングをしていたところ、何かしらが原因で倒れたとみて間違いない。


「Dr.マギカ。解析が終わったわよ。」


朝食の準備をスズとゴルディアに任せたシルヴァ―もとい、Dr.シンスが診察室にやってくる。白衣を着る時間まではなかったようだが、鉄仮面はしっかり身に付けている。もちろん、患者の前ということもあって、寝間着姿ではないが、それなりに軽装であるためレンドが自分が来ていた白衣を押し付ける。


「……こんなに魔術が刻まれてる白衣着たくないんだけど……。」

「うるさい、着ておけ。何かあってもそれが守れるからな。」


しぶしぶといった様子でサイズの合わないレンドの衣服を着込んでから話し始める。彼女の本職は発明家であり、機械工作や電気工学が専門だ。そんな彼女が作るのはもっぱら医療機器が多く、患者に適切な分量の薬を投与する機械や、常に心拍を測定し、機械音痴のレンドでもわかりやすいように可視化した装置などの取り扱いを主としている。


彼女の仕事は直接患者を治すことではなく、患者の病気の原因を調べることだ。といっても、患者の負担にならない透視魔術や、魔力が無くても自身の状況を理解できる解析魔術などを扱うレンドにとってみれば、シルヴァに対して極端に仕事を回すことはすくない。

ただし、媒体や代償を支払わずに済む分、機械によって助けられているのもまた事実である。


「外傷はなし。いちおう、倒れた時に擦り傷があったけれど、それは二次被害だから今は置いておくわね。同じ理由で足首を痛めているようだけど、アイシングしてるから大丈夫。倒れる原因なんだけど、ウイルス検査で陽性だったわ。特定はいま進めてるけれど、リチの力を借りないと厳しそうね。」

「Dr.ウランに関わりはあるか?何かしら魔術の痕跡があるとか。」

「まったくないわ。魔術は無関係で、おかしな薬を投与された形跡がある。多分、ファス薬舗に販売されている薬のはずだわ」


自然主義でありレンドと同じアカデミーに在学していた植物専門の魔術師ファス・ナチュレ、彼女とリチ・ドルグが営む薬屋はファス薬舗というのが正式名称であり、一部からは魔女の薬屋とも言われている。理由は言うまでも無くファスである。


「ヘルニア、今日予定していた診療は無しにしても構わないか?」

「ええ、そりゃもちろん。来週また来ますね」


今日は本当ならば彼の家に出向いての定期診療の予定だったが、急患とあってはそうも言っていられない。特に今回の場合はファスやリチに話を聞きに行かなくてはならないということもあって、ヘルニアの診察までは手が回せないだろう。

しかし、急な断りであっても、彼は快く受け入れてくれた。


ひとまず眠りについた彼女を魔術で運びスズを連れてファスたちの薬屋まで向かう。その道中でウイルスの調査が完了したようだが、測定結果は『原因不明』

現段階では調べきれないタイプの新種ウイルスと判定された。


「ファス、いるか?俺だ。」

「レンド…?家族総出で来るなんて、ここは遊園地じゃないわよ」


センスのない冗談を躱しながら、二人に事情を説明する。


「なるほど、それで僕たちの手を借りようってことですね。わかりました。」

「ちょっと面白くない冗談だったわね。ごめんなさい」


リチが奥から注射器を取ってくると、シルヴァに渡す。意識を失っている女性の腕に針を刺すと、少しずつ血を抜き取り始めた。そこから垂れた一滴を透明な液体の入った試験管に落とし、色が変わったことを確認すると、注射器の中の血をリチは飲み干した。


吸血鬼というわけではない。

世界でおそらくリチだけが患っているであろう奇病『無薬無毒病』を利用するためだ。彼は、薬剤師を名乗っておきながら、自分自身に一切の薬が効かない。というのも、解毒機能に異常をきたしており、ありとあらゆる猛毒に耐性を持っているのだ。その副作用として医薬品も効果がない。


飲み薬はもちろん、点眼薬、点鼻薬、湿布、塗り薬、坐剤、吸入・噴霧剤、注射による薬の投与、点滴の類と、どんな手段であっても薬や猛毒の効果がないのだ。それだけではなく、ウイルスや細菌であっても彼の体をむしばむことはなく、全てを体内で解析して分解してしまう。


毒が効かないといっても、全く無効化されるわけではなく、手足のしびれや神経の摩耗などは起きてしまうのがまた不便なところだ。


患者の血に含まれるウイルスを解析することで病気の原因を調べることができる。が、女の血を飲んだリチの顔は曇り始めた。


「これ、僕が作った抗ウイルス薬を元に作られている…?」

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