羨望!!蝕む毒は消えず…?

「ファス、アイツの毒を止められたのは、今までお前だけだ。一番付き合いが長い分対処法を知っているというのもあるが、リチとの関係的にお前以外の言葉は伝わらない。患者の延命は俺たちが引き受ける。頼んだぞ!!」

「お母さん、私にできることはある!?」

「簡易発電機の調整と、店の倉庫からありったけの解熱剤を持ってきて。ファスさん、使わせてもらうわよ。あなた達の薬。」


 患者を起こさないように、しかし焦った様子で店を駆けまわってタオルや機械マキナの準備を急ぐ。スズはまだ子供ではあるが、リチと同じようにレンドやシルヴァに憧れて彼らのそばで手伝いを続けていた。いまさら知り合いが猛毒の塊になった程度で動けなくなるほどやわな精神力ではない。


「抗ウイルス薬がないということは、ウイルス感染で間違いないな。感染経路は…?」

「こっちに注射痕……。けれど、かなり古いわね。ほとんど消えかけているわ」

「お父さん、ぬれタオル持ってきた。次は?」


 濡れたタオルと解熱剤を運ぶスズに次は氷を持ってくるように命じる。ひとまず、女の熱を下げることが優先だ。冷却魔術では室内全体が極寒になってしまうし、シルヴァの冷却器を使おうにも電気出力が高すぎて大樹に囲まれたファス薬舗では使えない。燃え移ったらファスまで暴走するだろう。


「リチ君。貴方の暴走癖、自分で治したいって言ってたわよね。でも、私貴方のそういうところも好きなのよ。普段大人ぶった貴方が子供みたいにかんしゃくを起こすのを見ると、たまらなく愛おしいの。」


 躊躇いも無く猛毒に包まれたリチへと手を伸ばす。それは、いつもと変わらない日常のように、全身を苦痛と痛みが駆け巡るのも構わずに彼を抱きしめた。皮膚が焼けただれていくたびに自身に回復魔術を掛けて耐えしのぐ。


 ファスの洋服が蒸発し豊満な体があらわになるが、猛毒の周囲を朝霧が覆い隠してしまう。まさしく二人きりの世界。ありとあらゆる対象に嫉妬を募らせるリチの涙を拭う。


「大丈夫よ。貴方は天才なの。他の誰でもない、私が認めてあげるわ。貴方が世界で最も愛してやまない私自身があなたを肯定してあげる。」

「ファス、ごめんなさい。ボク、また抑えきれなかった。ボクの薬のせいで、また人が悲しんだよ。僕にはどうすることもできないんだ。治療することも謝ることもできない。」


 一層強まる猛毒に、思わずファスの口から血が漏れた。

 それほどまでに蓄積され続けた薬毒と嫉妬は重く深く、濃ゆく積み重なって彼をむしばみ続けていたのだ。人間の致死量の数千倍の濃度。本来ならば、ファスやレンドさえ耐えきれないだろう。


「愛の力舐めんじゃないわよ。奇跡舐めんな!!」


 弱々しくも、確かに猛毒を押し返す。リチの吐き出す全てを受け止めても、猛毒だけは躱し続けている。精密且つ慎重な魔術操作を可能にしているのは、運でもなければ実力でもない。


 愛情だ。


「リチ君やシルヴァちゃんみたいに理路整然としているわけじゃないわ。筋道立てて一から物事を考えてなんて、レンドはともかく私は苦手だもの。けれどね、感情だけなら誰にも負けないわよ!!あなたを愛する気持ちだけは誰にも負けないのよ!!」


 体内にたまった薬毒を吐き出し、顔色も悪くなって細く弱くなった真っ青な彼の体を抱きしめる。少し骨ばって言うが、男性特有の力強さのようなものは感じられる。

 恐る恐るといった様子でファスを抱き返し、縋りつくように顔を近づける。全身が毒化しているリチに触れられている場所は、回復が間に合わないほどに毒に侵されていた。


「ファス。ごめん…。ごめん、ファス!!」

「謝らなくていい。ただ、愛してる。と告げてほしい……」


 彼が小さく言い放ったその一言を起点に、一瞬で周囲の薬毒がリチへと吸収される。洋服ダンスからひとりでに白衣や下着が動き出したかと思うと、彼らのあられもない姿を隠すように自分から身に纏われていった。


「レンドさん、僕が見ます。」

、世界一の薬屋リチ・ドルグ!!」


 科学嫌いで機械音痴で化学の知識など何一つ持ち合わせていない世界最高峰の魔術医、Dr.マギカが認めた天才化学者兼薬剤師は、己を乗り越えて患者と向き合った。










 後書きというか、作中蛇足


 結局、女はDr.ウランが開発したもので間違いないであろう新種のウイルスに感染していた。強力な致死性を持ったウイルスであるが、リチの製薬した抗ウイルス薬を使って発症時期を調整していたらしい。

 一週間前と言えば、カザ・フォーリア(第34話から第36話を参照)の殺人に関与している疑いで、捜査が激化していた頃の話である。その状況でどうやって女に注射を打ったのか、何が目的だったのか。それすらも証拠や痕跡を残しておらず、当然女の記憶もない。


「実に奇妙だと思わないか?」

「何がよ。あと、アンタまたそのコーヒー飲んでるの?」


 特製ブレンドの激ニガコーヒーを片手に、患者のカルテを見ては唸っている。

 Dr.ウランは魔術や自作機械、製薬したものの痕跡は必ずと言っていいほど残しており、ご丁寧に「Dr.ウラン」というサインまで残している。しかし、実際に足取りを追えるような証拠は一切残さずにいるのだ。普通ならば、何か見落としているだろうにもかかわらず…。


 たとえば、誰か協力者がいて、何者かが残された証拠を消しているのかもしれない。……そんなことを考えながら、直前まで手伝いをしていたためにソファで寝ている娘に目を配った。


「…そんなわけないか。さすがに、考えすぎだよな」


 はたして、それはどうなのだろうか…?


 ……To be continued

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