12:食事のマナー

 食事の仕方を見れば性格が分かるなどという話があるが、その風聞ふうぶんの正しさはどれ程のものなのかタオは考えずにはいられない。


 ミモの街の酒場を探し当て、席に着いて早々に、アバカスがお世辞にも多いとは言えない討伐報酬の金を全て使い注文したテーブルを埋め尽くす料理の山。


 それを凄まじい速度で消費するのは、空腹が故か、報酬金の少なさに腹を立ててか、何よりもタオが指摘しづらいのは、並ぶアバカスとマタドールの食べ方がそっくりなこと。


 粗野な風貌とは裏腹に、食事中のマナーとはくあるべしとでも言うように、アバカスのナイフとフォークの使い方には無駄がなく、マタドールもそれは同じ。


 食事とはエネルギーの摂取せっしゅであって、会話という調味料を使おうと思わなければ、アバカスの食事シーンはその姿勢だけは果てしなく秀麗しゅうれいだ。ただ、食べる量が歪みの一つとしてあるところにはあるのだが。


 粗方料理を食べ満足したのか、空の皿にナイフとフォークを重ねて置き、アバカスは大きく息を吐き出した。


 魔女と食べ方が瓜二つとでも言おうものなら劣化の如く機嫌が悪くなるだろう事はタオにも予想でき、その皮肉の言葉は渋々と飲み込んで、自分もそれなりの量を平らげている事は棚に上げ「随分と食べたな」と、一先ず毒にも薬にもならなそうな言葉を放る。


「なにをそうイラついてるんだ? 金遣いが貴様らしくない」

「大した価値もねえ端金はしたがねをどれだけ使おうがタダみてえなもんだろうが。あの伯爵様は大したタヌキだぜ」


 キキララとリデイア伯爵の大層な会話を再び思い出したのか、アバカスは奏でそうになった舌打ちを口に水を流し込む事で押し流す。一度でも舌を鳴らせば止まりそうもない。


「ここを観光地としたいみてえな事を言いながらザミノの花の群生地は教えませんときた。なんとも矛盾してやがる。観光資源になりそうなのはそれぐらいのものだろうによ。最初やたら俺達を待たせたのもわざとだろうぜ。なあスニフ?」

「相手の無意識に自分と関わるのは『時間の無駄』と刷り込みたかったんだろうな。確たる証拠や確信もないなら、のらりくらりとかわせる自信があるんだろう。王女様の問題に関わっているのなら、帝国の人間こそ警戒するだろうし」

「伯爵が何かを隠してるのは間違いねえ」


 一体何を隠していて、誰と繋がりがあるのかが問題。第三王女の『夏の吐息マーマレード』発症がタウバオ王国側の計略だった場合、キキララとの問答は何の意味もない茶番に見える。


 寧ろ、誰が犯人か探りに来た者を釣る為のエサ。伯爵と王国の仲が悪いらしいと考え、王国騎士に諸々の事情を話した途端にぶすり、などという事態も十分に考えられる。


「伯爵の事は置いとくとしてだ。街の状況を見るに住民にザミノの花の場所を聞くのも難しそうなのがな」

「なぜだ? 普通に聞けばいいじゃないか?」

「んで普通に苦い顔返されろって? 周りを見ろ、街の酒場なのにエルフの数は少ねえし、全員気を張ってやがる。余所者多過ぎて街の連中が警戒しててろくに話もできねえだろうぜ」

「う〜ん、そもそもなんでこの街こんなに他国の人が多いんだろうね? 観光なら伯爵の言葉と矛盾してるし、キキララ卿との話に関係あるよね?」

「そりゃまあ」


 ある、とは言わずアバカスは口を閉じた。ニコラシカの背後に立つ人影が一つ。エルフでもなく人間の男。ニコラシカが振り向くよりも早く、男はニコラシカの肩に手を置く。


「よお兄ちゃん達羽振りがいいじゃねえか? その幸福をちょっと分けてくれよ、美人達はべらせてねえで一人くらい分けてくれてもよくね? 同じ帝国民らしいし仲良くしようぜ?」


 酔っているのか顔を赤く染めた男。その男の背後のテーブルに座る男達は絡んで来た者の仲間なのか、こっちに来いと手招きしている。欲しくもない絡みにアバカスはため息を吐き、タオは友人の肩に置かれた男の手を叩き落とす。


「私の友人に手を出すな、私達は忙しい」

「酒場にいて忙しいも何もねえだろ、なんならそっちが相手してくれてもいいけどよ?」

「はぁ? 無礼なっ!」

「アバカスどうにかして」


 喧嘩っ早い帝国騎士の姿に首を傾げ、マタドールがアバカスの袖元を指でつまみ引く。気怠そうにアバカスは魔女へと視線を投げ、小さく舌を一度打った。


「困ったら俺に投げんなタマ、ダリぃ、だいたいどうしろってんだ? ぶん殴って黙らせれりゃいいのか?」

「許可する。ぶん殴って黙らせればいい。やってアバカス」


 マタドールからの許可が下りる。皇帝陛下からの仕事遂行が第一優先事項。普段の無害さはどこへやら、己の活動水準を守るため、仕事の邪魔者は魔女にとって全く必要ではないらしい。


 マタドールを一度睨むも、そもそもの仕事の依頼者である事を思い出したのか、アバカスはのっそりと立ち上がる。それに合わせてテーブルに座っていた男の仲間達も席を立った。


 頭を掻きながらテーブルを回りやって来るアバカスと向かい合う男達。援軍とばかりに立ち上がるタオを横目に見て、より深いため息をアバカスは吐き出し、やる気満々の帝国騎士の肩に手を置いた。


「殺す気か? 嬢ちゃんまで加わったら過剰戦力だろそりゃ」

「別に構うまい? 先に絡んで来たのはあっちだし、文句はないでしょ?」

「姉ちゃん達人数差見えてんのか?」


 六人の男達に対し、向かい合うのはアバカスとタオの二人。スニフターは面倒なのか椅子から腰を上げようとせず、ニコラシカは「がんばれ」と応援するのみ。誰も喧嘩を止める気はないらしい。店の者達は今にも暴れ出しそうな六人の男を怖がってか離れだす。


「おいおい本当にやる気かよ? 詫び入れりゃ許してやってもいいぜ? 姉ちゃん達貸してくれりゃな?」

「言っとくが俺達は冒険者だぞ? マジでやる気か? ちなみに俺は詫び入れられようが許す気はねえ」

「はっ、冒険者? 俺達だってそうさ!」

「へえ?」


 放たれた拳を軽く受け止め、アバカスは笑みを深めた。男は拳を引き戻そうとするが、アバカスは拳を掴み離さない。


 ギリギリと軋む骨の音に男は顔を歪め、後退しようと足を退げるが、後退もできずに足が床を擦るだけ。残る男達の顔が険しさに染まり、アバカスは男の拳から手を離すと、そのまま男の腹部に指を突き入れ一番下の肋骨を握った。


「ぐッあああああああああッ⁉︎」


 男の絶叫が響き渡り男達の肩が大きく跳ねる。腹部を襲う異物感と圧迫感、痛みから拘束を外そうと手をバタつかせアバカスの腕を外そうと試みるが、それによって掴まれている骨が軋み外す事もままならない。


 アバカスはゆっくりと残る手を伸ばして男のふところへと差し込むと、冒険者ギルドの登録証を抜き取り眺め鼻で笑った。適当に登録証を放り捨て、アバカスは叫ぶ男には目もくれず、カウンターの奥にいるエルフに顔を向ける。


「おい店主、冒険者は街によく来るのか?」

「え……、ああ来る」

「帝国のだけじゃねえよな?」

「あ、ああ」


 そこまで店の主人に話を聞くと、「パス」と掴んでいた男をアバカスは雑にタオへと放った。急に投げられた男にタオは驚き、振った腕が男の側頭部を捉える。


 硬い音を響かせて錐揉み状に回転し床に顔を擦り付け倒れる男の吹っ飛び方からして、タオの力は一般的な女性の膂力を超えている。


 帝国六〇〇〇万の民の中でたったの千人。オーホーマー騎士団の名は安くはない。二対六であろうが、そもそも備えられた戦力が異なる。


 たまらず男達は剣に手を伸ばしそれを突き立てるが、受けようともせずに突っ立つアバカスの魔力で強化された肉体にはそもそも刺さらず、独特の鈍い音を響かせるだけで終わった。


「ば、化物かテメェッ⁉︎」

「この程度で化物とか呼んで欲しくねえな? 上には上がいる。何より帝国民なら知っとけ」


 帝国のオーホーマー騎士団で魔法を使える騎士の数は限りなく少ないが、他の騎士団は違う。王国のリズーズリ騎士団など、他種族の騎士団の騎士は基本魔法も使う。本来騎士とは、強化された肉体で魔法も操る者のことを言う。


 魔法を奇跡ベガの域まで磨き、近接戦までこなす者こそ他の騎士団では一流と言われるが、オーホーマー騎士団はこれに含まれない。


 よく言えば特化している、悪く言えば不器用なのだ。


 魔法の事は聖歌隊に任せて魔力で肉体を磨く事に重きを置き、鍛錬を重ねるからこそ、オーホーマー騎士団の騎士は白兵戦や肉弾戦において無類の強さを発揮する。


 種族関係なく、オーホーマー騎士団に拳の喧嘩を挑むのがそもそも自殺行為。剣を抜いても同じ事。


 帝国騎士の中には、魔法さえ剣で叩っ斬る剛剣の暴力魔人がいたり、百キロ単位で槍を投げられる怪物がいたりする。


 それを思えば、まだ自分は可愛いらしいとアバカスは自嘲した。


「俺の相手が嫌なら嬢ちゃんが相手してくれる。ただ、俺が相手の方が良かったと思うかもな?」

「私は手加減が苦手でな? 体に穴が空いたらすまない」


 手を組み骨を鳴らす笑顔の女騎士の言葉が洒落にならず、顔を青め男達は後退あとずさる。が、それを押し返すように開く酒場の入り口扉。透き通った金髪を泳がせてリズーズリ騎士が姿を現す。


 他国の騎士であろうとも喧嘩の仲裁などは騎士に頼むのが一番と、助けを乞う為エルフの女騎士に男達は足を寄せ、無慈悲に横面をひっ叩かれると床に崩れ落ちる。


「アバカス、顔を貸せ。少し話したい事がある」


 王国騎士の呼び出しに、アバカスは顔から笑みを消した。






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