11:パタフィ=リデイア伯爵

 リデイア伯爵の屋敷に辿り着き、アバカス達は依頼の成功を告げる為、キキララはそれに関しての事情を聞く為にやってきた事を使用人に口にしてから、「少々お待ち下さいませ」と言われ待たされ既に十分。


 やたら待たされるのはエルフという種族の気が特別長いから、などではないらしいのをタオはいらついたように足先で地面を叩く王国騎士の姿から察し、アバカスがいつ「時間の無駄だ」などと言って扉を蹴破らないかヒヤヒヤしていた。


 が、キキララやアバカスに限らず我慢の限界が近いのは他の者も同じ。


 もう勝手に踏み入ってやろうかとマタドールに加えてニコラシカも玄関扉に手を伸ばそうかどうか思案し、タオは腕を組んで手を出すのをなんとか抑えていた。


 三人が動かないのは、こういった事に一番我慢弱そうなアバカスが耐えているからという事が大きいが、スニフターは職業柄忍耐力が鍛えられているからか、移り行く空の色に合わせて森のさざめきと合唱するように鼻歌を口遊くちずさみまだ幾分も余裕がある事がうかがえた。


「まだかしら?」


 そう一番に不満の声を上げたのは箱入り娘のマタドール。


 勝手に始まっていた我慢比べから早々に降り、事態の停滞に不満を見せる魔女の顔にアバカスがジロリと目を落としたのと同時、玄関扉が勢いよく開き、灰色の瞳はすぐに前に戻された。


「いや〜、お待たせして申し訳ないなお客人! なにぶんと久し振りの来客、それも王国騎士様までとなれば閉まっていた出迎え用の服をどこに仕舞ったかと右に左に────あぁ、失礼、パタフィ=リデイアだ。ようこそカロシランテ!」


 そう言って握手しようと手を伸ばす初老のエルフ。最早何歳なのか見た目からは想像もつかないが、顔に刻まれた薄いしわ以上の歳月を体に刻んでいるのは明らかだ。


 透き通った金髪には白髪が混じり全体的に白っぽく、四方八方に散った髪と髭、質は良さそうだが華やかな刺繍や装飾が台無しになっているヨレヨレのスーツとコートを見れば、嫌でも寝起きかと勘繰ってしまう。


 気安い笑みと共に差し出された伯爵の手をキキララもアバカスも握りたがらず自己紹介だけを交わし、そのまま二人の間を泳ぐ手が未来永劫握られない事を察すると、伯爵は寂しそうに指を擦り合わせ手を落とした。


「……あっはっは! まあ中に入ってくれ! 玄関で話すようなことでもないだろう?」


 能天気なのか面の皮が厚いのか、遅れた事を深く謝る事もなく、軽やかに身をひるがえすと客人達を歓迎するように大きく手招きをする。


 二人揃ってアバカスとキキララはため息を吐きその誘いに応じるように足を出し、タオ達もそれに続いた。客人を歓迎して玄関ホールで出迎えてくれる幾人かの使用人。


 タオも宮殿に足を運ぶので慣れていない訳ではないが、規模こそ小さいがエルフらしく使用人達の顔が全員整っているものだから、場違いな空気感に若干の息苦しさを覚える。


 見た目は丸くとも中の間取りまで乱れている訳ではないらしく、外壁側の壁だけは緩やかな弧を描いていたが、それ以外に特別おかしな事もない。


 タオが屋敷内を見回し小気味良く足を運ばせる伯爵と離れぬように歩いていれば、前も見ずに真横に顔を向け歩くアバカスに気付く。


 その視線の先を追えば、壁一面に飾られている肖像画達。一族代々の肖像画らしく、一際大きいパタフィ=リデイア伯爵とその家族と思われる者達の物が中央に居座っている。


 伯爵はそのまま応接間までアバカス達を先導すると、大きなソファーに腰を下ろし、アバカス達にも座るように促した。


 全員が席に着けば、待っていましたとばかりに使用人が運んで来た飲み物をテーブルに置き、それを早速伯爵は手に取ると口へと傾ける。


「御用向きは既に聞いている。それで、どっちからがいい?」

「なら此方から頼みますよ伯爵」


 僅かにソファーの前方へと座り直すアバカスが隣に座るキキララに目配せすれば、了承のうなずきを返され、続けてアバカスはふところから依頼書を取り出してテーブルに置く。


 それが自分が冒険者ギルドに依頼した依頼書である事を伯爵が手に取り確認するのを見ながら、アバカスは言葉を続けた。


「ミモの街郊外のバグズプレデターの討伐。確かに完遂しました。依頼の完了と報酬金をいただきたいですね」

「あー、なるほど。聞きたいのだが討伐した証拠はあるのかな? それが此方が依頼したモンスターであるという証拠も」

「わざわざそれを聞きますか? 此方も素人ではない」


 とぼけた依頼者の言い草に、膝の上に肘を置き前のめりに微笑むアバカスを見つめ、伯爵はわざとらしく鼻を鳴らす。


 バグズプレデターが郊外で蟲使いの姿もなく暴れているのが既に証拠。凶暴なモンスターであり、エルフ達にとっては戦友でもあるからこそ本来は手厚く管理されている。


 そして何よりの証拠であると王国騎士の方を見るようにアバカスは手で催促した。


「偶然居合わせたが為に討伐の完了は私が確認しておりますよ伯爵。お疑いになるのは伯爵次第ですが」

「いやいや、リズーズリ騎士の御令嬢の言葉を疑いはしないさ。キキララ卿がそう言うのであればそうなのだろう。助かった、報酬は使用人に持って来させよう」


 さして深く疑う事もなく、伯爵が指を鳴らせば報酬金を取りに使用人が一人部屋を出て行く。手持ちが増えるからかいい笑顔を見せるアバカスの横顔を眺めてタオは口元を苦くし、スニフターとニコラシカは小さく笑う。が、キキララだけは険しい表情を崩さずに更に目を鋭く細めた。


「では伯爵、お聞きしましょうか? 国に報告もなく森の守護者の討伐を冒険者ギルドに、それも他国の冒険者ギルドにまで依頼した件について。相応の理由があるのでしょうね?」


 声色を低めた王国騎士からの威圧。それを受けてもソファーの上でくつろいだまま姿勢も表情も崩さず、変わらぬ調子で伯爵は返答する。


「それこそ説明が必要かね?」


 伯爵の不敵な態度にキキララは眉間のしわを深めた。国を通さずに冒険者ギルドに依頼をする理由の多くは、大体が財政難だ。国に頼み騎士団を派遣して貰おうにも、多少なりとも金が掛かる。


 領主は国に、領民は領主に依頼をするのが普通。一度頼めば大抵は問題が解決するまで力を貸してくれる。ただその資金が安くはないのだ。だから依頼者は博打的に低出費で冒険者ギルドに依頼を流す。


 今回の問題は、更に討伐対象がバグズプレデターである事。王国内では森の番人であり蟲使いの相棒でもある存在を率先して討ちたい者などいない。


 だからこそ自国内では依頼の受諾じゅだくとどこおり、国外へと依頼が流れた。


「非難される理由は理解しているが、ならば王国騎士の派遣費用を下げて貰いたいものだ。我が国は特別観光地として有名な訳でもなく収入源に乏しい。ただでさえ大戦後で人材不足、実戦の経験に乏しい領内の新米騎士だけでまかなえるほど弱い相手でもない。それを彼ら五人……優秀だな。が、討伐してくれた事こそ感謝するが、ただふらっとやって来た王国騎士に文句を言われてもな?」

「……それが王国の聖地の一つを任されている者の言葉か?」

「私は以前から言っている。国花だなんだと言わずに観光地として広く周知してくれてもいいではないかと。我々の収入源を絶っておいて払う物は払えとは非道くはないか? 聖地だと言うなら騎士の派遣費用ぐらいタダにして貰いたいものだ」


 奥歯を噛み顔を歪めるキキララと比例するように、伯爵の余裕の態度は崩れない。確かにバグズプレデターの放置は伯爵の落ち度、ただ、元を辿れば国の所為。


 大戦後財政難で派遣費用を下げられないのはどこの国も同じ事。


 他人事ではない話を聞き流しながら、アバカスは笑顔で戻って来た使用人からちゃっかり報酬金を受け取っていた。多くの財政難は国や領主には問題だが、冒険者にとっては仕事が増えてありがたい。


 当然の理由にキキララは少しの間押し黙っていたが、言われたままでは終わらない。苦虫を噛み潰したような顔の口端を薄っすらと吊り上げ、キキララはふところに手を伸ばすと幾枚かの紙を取り出しテーブルの上に放る。


「これらに覚えがあるでしょう伯爵?」

「そう言われてもな? なんだね?」

「全て伯爵が冒険者ギルドに依頼した依頼書ですよ。アバカスの持参した物と比べていただいても構いませんが?」


 キキララは笑顔を浮かべ、伯爵は眉尻を小さく跳ねた。キキララを依頼成功の証拠に使ったアバカスと同様に、キキララもアバカス達を証拠として利用する。テーブルの上に並べられた依頼書から顔を背け、伯爵は窓の外へと目を向ける。


「相手はバグズプレデターだ、依頼を請けるだろう相手の少なさを思えば、数多くの依頼を出すのは至極当然」

「帝国のみならず、共和国に連邦にまで? バグズプレデター討伐以外の依頼書もあるようですが? なんなら隣の冒険者達にお聞きしましょうか?」

「何を聞こうと理由は変わらない。私に文句をつける前に国の資金繰りを見直した方がいいのではないかな? 報酬も渡したし話は終わりだ。客人がお帰りだ、お見送りは頼んだよ」


 会話を打ち切るように伯爵が二回強く手を叩き合わせれば、使用人が部屋の扉を開く。これ以上話を続けても堂々巡りで同じ言葉しか得られないと結論付け、キキララは立ち上がると雑に伯爵に頭を下げ部屋から出て行った。


 ゆっくりとアバカス立ち上がるとそれに続き、部屋の扉に差し掛かる前にアバカスははたと足を止め、一度伯爵へと振り返る。


「そう言えば伯爵、依頼ついでに折角ここまで来たのでザミノの花を見てみたいのですが場所を教えていただいても? 仲間が二人楽しみにしてましてね」


 アバカスが聞けば、窓の外に目を向けていた伯爵は冒険者達へと顔を向けると、悩むように口元を覆う髭を指で弄りながら眉を八の字にひん曲げた。


「好きなだけ見ていってくれ! と言いたいところだが、如何に同じエルフだったとしても他国の者に場所を教える訳にはいかなくてな? 私が王にしかられてしまうよ。すぐに帰られるのかな?」

「いや、少しばかり観光しようかと」

「街ならいくらでも見てってくれたまえ。困った事があれば相談にも乗ろう」

「どうも、では失礼します」


 アバカスはにっこりと笑い深々とお辞儀をすると仲間を引き連れ部屋を出る。そのまま足を止めずに屋敷の外まで出ても歩き続け、屋敷から幾分か離れると強く大きく舌を打つ。


「クソがッ、宿と飯屋を探すぞ。一先ず晩飯だ。食わなきゃやってられねえ」

「おいそれはいいがアバカス、キキララ卿は? 先に出て行ったはずだが?」

「俺が知るか。嬢ちゃん飯屋だ、王国騎士よか飯屋を探せ」


 それほど空腹が限界なのか、ギザギザした歯をカチカチとカチ鳴らしアバカスは歩き続ける。


 だが、実際にはアバカスの頭の中では晩飯のメニューなどどうだってよく、王国騎士と伯爵の面白くもなかった会話が渦巻いていた。






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