10:テンション

 ナポロ山一体はパタフィ=リデイア伯爵の領土内に含まれる。王国の国花であるザミノの花の最も著名な群生地を持ち、リデイア家はかつて侵略者から神聖なる山を護るために奮戦した功績を讃えられ、領地と爵位を与えられた。


 その歴史はエルフの一族の中でも比較的長く、同じように伯爵の屋敷もあるミモの街の歴史も古い。寄り添う木と共に長い年月を掛けて改装の重ねられた家屋たちは完全に巨木と一体化しており、巨大な球状の蜂の巣にも似ている。


 近代的な木製の家々と特殊な粘土質の土を塗り重ねて造られる伝統的な家々が並ぶ姿は、非常にアンバランスでシュルレアリスムの絵画を具現化したようであるが、重層的で有機的な森林の把握に長けたエルフ達からすれば非常に上手くバランスが取れているらしい。


 丸と四角が重なり合う歪で芸術性に富んだ古都を見回して、森の中に造られた幻想世界にタオは感嘆の息を吐き、キキララはそんな人間の間の抜けた顔に満足したのか胸を張る。


「伯爵の屋敷は見ての通り奥の高台にある一番大きな家だ。このまま向かっても?」

「それで構わねえよ」


 そう言ってアバカスの顔を上げた先に見える、木材と土を混ぜて球場に固めた一際大きな屋敷。


 家と言わなければ巨人が作った大きな泥団子と言われても納得してしまうくらいには家に見えない。かろうじて屋根と思われる部分から突き出す暖炉の煙突がなけなしの家っぽさを演出している。


 エルフの伝統的な街の景色を一通り堪能たんのうし、屋敷の奥に聳えるナポロ山の影を見た事で本来の仕事を強く思いだしたタオはそれっぽく感想を口に出した。


「伯爵の住まう街にしてはさっぱりしているな、城壁の類もないのか、警備の騎士の姿もないし」

「豊かな森こそが街を守る壁であり盾だ。では行くぞ」


 変わらずキキララは先頭を行く。首都から離れた伯爵領へのリズーズリ騎士団の登場に領民達が多少目を丸くする様をタオが見回していると、歩く速度を落とし隣に並んだアバカスに肘で小突かれる。


「なんだ?」と街への道中全く助けてくれなかった事も含めて棘のある口調でタオが聞けば、皮肉でもなく思いの外アバカスから真剣な目を返されてしまう。


「……左の木の枝の上を見ろ。顔は向けず目だけでチラッとな」


 そう小声で言われタオが瞳を持ち上げた先、木陰で光る二つの点。遠巻きに観察されている事に気付き、ひやりと冷たいモノがタオの背筋を撫ぜた。


 警備をするのにわざわざ隠れる必要性は薄い。『警備がいる』、目に見えて人の壁が存在していると教える事が警備の意味でもあるからだ。身を隠している以上、警備というより監視に近い。


 問題は、何を監視しているかだ。余所者をか、それとも国直属の騎士団をか。街の見た目の神秘さに隠された刃の空気に少しタオは背筋を伸ばす。


「……キキララの奴も気付いてやがる。耳が絶え間なく動いてるだろ? 警戒してる証だ。国お抱えの騎士団との接触は思う以上の厄かもな」

「……キキララ卿が嘘ついてて、違う目的があるとか?」


 ニコラシカが僅かにアバカスに身を寄せ考えを口にする。


 野生のバグズプレデターの放置はエルフにとっては小さな問題でもない。凶暴なモンスターではあるが、森の番人としては優秀だ。それをとがめる為に伯爵と面会するというキキララの行動は理に適ってはいるが、だとしてもミモの街の対応がおかしい。


 バグズプレデターのみならず、最悪リデイア伯爵は別の問題を抱えている可能性がある。それを探りにキキララが動いているとしても不思議ではない。ただ、それで一番困るのはアバカス達だ。話を聞きながらマタドールは目の色を変えた。


「それは非常に困る。今別の問題は必要ではない。アバカス、どうにかして」

「無理を言うな無理を、王国内の問題なぞ知った事かよ。だが、これはある意味好機だ」

「好機?」

「そうだ嬢ちゃん、キキララと伯爵の会話で知れる事もあろうよ」


 例えば、『夏の吐息マーマレード』がどこから来たのか。


 王国側の仕業だろうと、内部犯であろうと、『夏の吐息マーマレード』の製造にザミノの花が必要である以上、ザミノの花の群生地である土地を持つ伯爵が何らかの形で関わっているのは間違いない。


 伯爵は誰が犯人であろうとも、帝国第三王女の『夏の吐息マーマレード』発症に何かしらの形で関与している。言葉の裏でそう言うアバカスに、マタドールは強くうなずいた。


「だから困ると言っている。そちらの問題に注力したいのに、別の問題は私の仕事の邪魔」

「人生そんなもんさ。だいたい、監視されてる以外にも街の様子が少し変だ」


 周囲に目を這わせそう吐き捨てるアバカスの言葉に、タオは首を傾げる。おかしいと言われても、タオはミモの街に来たのは初めて。ニコラシカもマタドールもそう。アバカスもスニフターもそれは同じ。


 初めてで何がおかしいのか、向けられる三対の目に、アバカスは小さく舌を打ち、持ち上げた右手の指を前髪に絡ませる。


「……王国にもエルフ以外はいる。が、割合としちゃエルフに次いで多いのは獣人族にアラクネとかな。にしちゃあやたらバラエティに富んでると思わねえか?」


 パッと見た時に、関所近くの街に寄った際にも視界に映るのは九割はエルフだった。が、ミモの街は言われてみればエルフの割合が少なく感じる。いや、少ないと言うより他の種族の割合が高い。


 獣人族はまだいいが、ドワーフやオークの姿が一人二人ぐらいだが混じっている。王国内で見る事があったとしても、首都ならまだ分かる。首都から外れた古都で見る種族ではない。


「しかも見た感じ家の数の割に出歩いてるエルフの数が少ねえ。治安がよくねえ証拠だ。王国騎士を見る奴らの目に驚きよか安堵の色が浮かんでやがる。対して俺達に向けられる目は珍しいモノを見るものでもねえ。人間を見慣れてる証拠だ。警戒するにしても剣に手を伸ばすなよ嬢ちゃん、ただ、いつでも抜けるようにしておけ」


 剣に手を置かぬのは領民の不安をあおらぬ為。ただでさえ必要でなさそうな状況、自ら更に必要ではない状況を起こすような事をしたくはない。今は状況に身を任せて流れを見極める時。


 タオがうなずくのを確認し、スニフター一人にキキララの相手を任せるのもこれ以上は限界とアバカスは足を早め再びキキララとスニフターの方へと戻って行く。


「タオ大丈夫? 」


 そう友人に投げ掛けられ、タオは小さく肩を跳ねた。


 不安な事を察された事に驚いたのではない。『大丈夫』と言われる程に顔に出てしまっていた事に。


 自分は一流には程遠い。


 街に踏み入り、そのみやびさに目を奪われていただけで、監視の目に気付けなかったし、街の普段の状況など考えもしなかった。同じく初めて街に立ち寄ったにも関わらず、先を行く暗殺者二人と自分の差。物理的に開いている距離が、そのまま実力の差のようで。


「……うん、大丈夫」


 それをなげきはせず噛み締め、敢えてタオは言葉を口にする。差があるのは当たり前、だが、一番の罪深い行為は、その差を前にした時その差を埋めようとしない事。


 大戦経験者だろうと新米だろうと騎士は騎士。やるべき事は変わらない。


 一夜にして実力の差を埋める事は難しい。が、それでもできる事はある。問題の解決には、アバカスやスニフターが必ずにじり寄る。自分のパーティー内での仕事は、その歩みが止まらぬように尽力する事。


 解毒薬の製造にはマタドールが必要不可欠であり、自分よりもずっとニコラシカの方ができる事が多い。一番できる事が少ない自分に今できる事は、騎士としてそんな二人を守る事。そう頭を整理して、タオは強く言葉を続ける。


「マ……っ、タマもニコも私が守る。だから大丈夫よ」

「ならいい加減私の名前呼び慣れて」


 マタドールの偽名をぎこちなく口にする様が不安だと魔女は首をこてりと傾げ、タオは咳払いをして誤魔化した。


 なんとも格好がつかない友人にニコラシカは微笑み、アバカスがタオの同行を許している理由の一つを一人察し、口には出さずその理由は飲み込んだ。


 折れずに貫く事。


 不良冒険者なら己が価値への誠実さこそ必要だと言うだろうと考えながら。






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