9:昔話の道案内

 お堅い口調とは裏腹にキキララの足取りは軽やかで、風に乗り空を泳ぐ羽毛のようにアバカス達を先導する。


 視界の悪い多重構造の森を歩くのは人間からすれば迷路を歩くのも同じだが、森で育ったエルフは別。


 一説によると細長く尖ったエルフの耳が気流の流れを読み先の見えない森の景色を当人に教えているなどと伝わるが、本当かどうかはエルフ達にしか分からない。エルフ曰く、森の神の御加護らしい。


 ただ、人間でも歩き慣れているのかエルフと代わりなく歩く男が二人。前髪を掻き上げ後ろへと流した長い金髪を風に遊ばせながら、キキララはそんな二人に目を流す。


「大戦ではどこに派遣されていたんだ? 随分と王国の森に慣れているらしい」


 そんなエルフの探るような言葉に、スニフターは煙に巻くように立てた人差し指で空を掻き回す。


「東西南北色々だな。なにせ大戦も末期も末期、慢性的な人材不足で駆けずり回らないといけなかった」

「その日来た新人がその日に死ぬような毎日だったからな。やばい時は来て三日の奴が部隊内で三番目のベテランとかな。あれは笑えた」


 実際には笑えない。ただでさえ死亡率の高い暗殺部隊が最終的には九割新人。それも入れ替わり激しくだ。


 アバカス自身いつ死んでもおかしくなく、大戦終結時にアバカスのよく知る暗殺部隊の生き残りは五人だけ。暗殺部隊自体帝国騎士団の中での数は少なく五十人ほどしかいないが、残りの四十五人は常に入れ替わっていた。


 そんな話に、キキララも寂しげに笑う。


「どこも変わらないな。我々も国境線の防衛に人材を消費し続けた。広大な森の大部分は守れたが、多くの同胞が森に還った」


 エルフとしては大きな痛手だ。長命が故に成長が遅く繁殖能力も低い種族のおかげで、大戦が終わり三年経った今でも人材不足の影響が大きい。そのおかげで本来国に投げられるはずの仕事が冒険者ギルドに流れ、他国の者が処理する事案は少なくない。


 アバカスが請けた依頼も、珍しいのは難易度くらいで、依頼自体は特別珍しい事ではないのが王国の現状だ。それを好機だと見て密猟者も増えている。悪循環だとキキララも嘆きたいが、他国の者に弱味は見せない。


 話題を変える意味でもキキララは一度後ろへと目を向け、遅れている三人に言葉を投げた。


「遅いぞ、夜になれば森は姿を変える。夜行性のモンスター達が動き出すからな。街まではまだ距離がある」

「分かっている! だが、マ……っ、タマとニコはこういった場所に慣れてないのだからしょうがないだろ!」

「二人には言っていない、お前だけに言っている」


 そう言い鼻で笑うエルフにタオは鋭い目を向けるが全く気にしないらしく、前へ向き直ると変わらぬ足取りで先を目指す。他の四人との扱いの差にタオは歯軋りして怒りを擦り潰し耐え、そんな友人の姿にニコラシカはタオの気を和らげようとそっと耳打ちした。


「気にしないでいいよタオ、アレがエルフの標準だから。気位が高くて保守的で高圧的で悪戯いたずら好き、同族や認めた相手には柔らかくなるけど、そうでないなら基本見下すからね。腹を立てるだけ損だよ」


 とニコラシカの言う通りだとすると、少なくともアバカスとスニフターは王国騎士に認められたという事らしい。


 同じ尖り耳でも友人とは随分と違うらしい尖り耳の背を睨み付け、タオは隣を歩くマタドールを抱え上げると、ニコラシカと合わせて歩く速度を上げた。


「それにしても随分と歪なパーティーだな?お前達二人が組んでいるのは分かるのだが」

「後ろの一人は魔法使いで、もう二人は囮役と雑用だ。戦力は足りてるんでな」

「そうなのか? あまりに美形なのでその……」


 下種の勘繰りをし、言葉にこそしないが羞恥から少しキキララは顔を赤らめる。咳払いで茶をにごしながら、茶化すように話を続けた。


「魔女かと思った」

「ひでえ冗談だ。魔女がパーティーメンバーだったら冒険者なんてやらずに見世物小屋でも開くぜ」

「気ままにふらっと散歩に出る魔女なんて王国の魔女ぐらいのものさ」


 ひやりとした感情を顔には出さず、アバカス達は笑い飛ばす。適当に投げられた暴投が直撃など笑い話にもならない。基本的に野外に出歩くような活動的な存在ではない魔女に心の中で感謝しながら、アバカスはキキララの肩を小突く。


「噂じゃ王国の魔女はハネが生えてるって聞いたぜ? 本当か?」

「ああ、御二方共な。大きな妖精ピクシーのようで遠近感が狂うとよく言われる。帝国の魔女は違うのか?」

「どうだろうね、俺もアバカスも会った事がない」


 さらりと嘘を言うスニフターに、そんなはずもないだろうとキキララは笑う。


「可笑しな事を言う、帝国ほど魔女とべったりな国も少ないだろうに。宮殿に三人の魔女が常駐し、司法を取り仕切る場に、商業を取り仕切る場、次世代の人材を育てる学院にまで魔女がいるのだろう? そんな国は帝国ぐらいのものだ」

「王国は違うってのか?」

「魔女に森の監視者以上の意味はない。その力の大部分は森の管理に使われている。世界最大の魔女の保有国であるクセに帝国がおかしい」


 前から流れて来る話を追いながら、興味深そうにタオは眉尻を動かした。学生時代に聞いたような気もするが、自分の事で手一杯で世界情勢などさっぱりだ。


 押し黙り頭の上ではてなマークを浮かべる友人の姿に小さく笑う学院の魔女へとタオはマタドールを抱え直しながら顔を向ける。


「帝国の魔女はそんなに多いのか?」

「ん〜、まあね。共和国に四人、連邦に三人、連合に三人、法国に二人、王国に二人、後は一人ずつって具合かな。保有数だけで言えば帝国が一番多いよ」

「……それだけの数が三年前に一国を襲ったのか」


 国の数だけで言えば十六だが、魔女の総数は三十に上る。魔女一人でどれだけ強大なのかを直に見たタオからすれば、それがどれだけの過剰戦力かはっきりと分かった。人間一人を握り潰したアレでさえ、全力ではなく片手間の力の一端でしかない。


 顔を歪める少女の顔をキキララは肩越しにしっかりと確認し、認識不足らしいタオの頭を小突くべく口を開く。


「お前は魔族を見た事がなさそうだな。知っていればそんな顔はしない」

「見た事はないが、全て滅んだのだろう?」

「さてな? 魔族はこの世界の生物ではないそうだ。それが本当なら滅んだかどうかも定かではない」


 そもそも、大戦の始まり自体に魔族は関係がない。数十年も昔から続いていた各国の小競り合いが悪いタイミングで重なり世界規模に拡大。時に同盟を結んでは破棄し、国の数を徐々に減らしながら戦争は激しさを増していった。


 そんな中で、ある小国が異世界の生物を招来したのが全ての始まり。肉体は決まった形を持たず、巨大な力に進んだ文明、周囲の小国を僅かな時間で吸収し、数週間で大国と渡り合うだけの規模に膨れ上がった。


 魔族の登場で戦場は更なる激化の一途を辿り、救いようのない消耗戦に突入する。魔族に唯一の弱点があったとすれば強過ぎた事。結果周囲の国の結束を招き、より強い力に潰される事になる。


 魔族の国は一日にして滅んだが、魔族自体が絶滅したかは怪しい。そんな魔族の数少ない功績は大戦の終結に一役買った事だろう。一つの節目が大戦の終わりに傾いたのだから。


「似た性質を持つ事から魔族と魔女を同一視する者もいるが、魔女は素直で悪を善と教えなければ間違いを犯す事はない」

「間違い? その言い方だと悪事を働いた魔女がいたの?」

「大戦中にな、魔族とは別に所謂いわゆる三大厄と呼ばれた魔女達がいた。そのおかげで魔女の価値は上がり、大戦の終わりに国々は魔女の力を借りる事を踏み切った。三大厄とは」

「おい、必要以上に知識をひけらかすのはエルフの悪癖あくへきだぜ? 話す内容ぐらいは選べよ。キキララ卿が優秀なのは十分に分かった」


 アバカスが得意顔のエルフの話をさえぎる。


 魔女は強い力で国を守護し、戦争を終わらせた英雄。広く知られているのは光の面だけで、都合の悪い情報など教科書には載らない。歴史の裏に埋葬された事実を当然と口にする歴史の生き字引にアバカスは舌を打つ。


 が、それで生まれた疑問までは止められない。バツ悪そうな顔をするエルフにタオは首を傾げ友人を小突いた。


 学院の天才なら知っているだろうといった友人の目からニコラシカは笑顔で逃げ、続けて目を落とされたマタドールは前を歩く三人が振り向かないのを観察しながら質問者の耳にそっとささやく。


「過酷なるアラスカ、希望のマンハッタン、決別のシクラメンの三人」

「……シクラメン?」


 小声で聞き返すタオの唇に、ニコラシカは伸ばした人差し指を当てる。それ以上は聞くなと態度で示す。


 大戦経験者であっても、魔族以上に口にしたがらない魔女の暗部。魔族も他の種族も関係なく蹂躙した怪物達。国によっては名を口に出す事さえ忌避される。


 アバカスの背をタオは見つめ、どうであれ案内役として遅れる者を置いて行く気はないらしいキキララが後ろを気にする目に気付き、誤魔化すようにタオは少し大きな声を上げた。


「詳しいなキキララ卿、歴史をよく知っている」

「当然だ人間、私の歳はいくつだと思っている?」

「あー……?」


 キキララの見た目は人間で考えれば十代後半から二十代の前半がいいところ。が、十歳や二十歳などエルフからすれば子供も子供。正確なエルフの年齢を見た目で判断する事ほど難しい事もない。


 大きく首を傾げ体まで少し傾ける少女の姿に小さく笑い、キキララは悩まし気な顔を浮かべる少女の前に一本の指を立てる。


「一九六だ」

「それは…………若いな」


 意趣返しのつもりの皮肉であったが、残念ながら間違いではないのでキキララには通じない。鼻を鳴らすだけでキキララは手近の木の枝に一度飛び乗ると、前方を指差し笑顔を見せる。


「見えて来た。もう少し進めばナポロ山のふもと、リデイア伯爵の屋敷もあるミモの街に着く」


 そうキキララに教えられてからミモの街に辿り着いたのは、すっかり日が傾き赤く空が染まった頃。エルフの言う『もう少し』が随分と気の長いらしい事をタオは知った。








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