8:王国騎士団

動くなパゴーラ! なんなんだお前達は?」


 エルフ言葉で静止を投げ掛ける弓を握った女騎士が一人。


 透き通った長い金髪と白い肌に尖り耳。標準的なエルフの種族としての特徴には目を向けず、ただただその隊章と黄色い木の実のような耳飾りにアバカスは舌を打つ。


「なんなんだはこっちの台詞だボケ、いきなり弓を射るような輩に言われたくはねえな?」


 悪態を吐きながらも、アバカスはしっかりと懐に収めていた入国許可証と依頼書をリズーズリ騎士団の騎士に差し向ける。弓を構えたままにじり寄り、許可証を手に取るエルフに目を細め、アバカスはスニフターへと目配せした。


 招かれざる第三者の登場はまだ別にいい。問題はそれがタウバオ王国直属のリズーズリ騎士団である事だ。


 王国内の広大な森林は、治める貴族達により区分けされている。これは帝国もそうであるが、その土地を管理する貴族の保有する騎士団が出張って来る場合は別によくある事なのだが。


 休暇中の王国騎士に絡まれた場合はしょうがない、運の問題だ。ただ、装備のある程度整ったその国お抱えの騎士に出会うのは運では片付けられない。間違いなく何か目的があって動いている。


 いぶかしげな顔でエルフの女騎士は受け取った許可証を眺め、あざけるような笑いを一つ零すと顔を上げる。


「冒険者? 密猟者の間違いではなくて? 近頃は偽造の依頼書を使い侵入して来る罪人も少なくない」

「登録証も依頼書もいくらでも見せてやるよ、だいたい密猟者が森の捕食者なんぞ狙うか?」

「いいや? ただ見たところお前達は五人だろう? 野生だろうとリズーズリ騎士団でも討伐には最低十人は必要な森の守護者だ。それを五人? それに……」


 言いながら、エルフの女騎士は手に持つ弓を伸ばしアバカスの背に張り付いている少女のフードを脱がせる。


 エルフが目を僅かに見開いたのは、マタドールの尖り耳を見てか、その幼さに驚いてか、はたまたその美しさに目を奪われてか。指で合図を送りニコラシカのフードも脱がせると口元の笑みを余計に深めた。


「戦士の顔付きではないな、私の目から見てお前達の中に戦士は……」


 エルフの女騎士は五人に目を流し、腰の剣に手を添え構えるタオを見ると鼻で笑う。


「二人だけだ」

「おい!」

「落ち着けよ嬢ちゃん」


 ムッと顔を歪める帝国騎士に歩み寄ると、肩に手を置いて構えを解くようにアバカスは促す。王国騎士との戦闘など避けたい。背にしがみ付くマタドールをタオに預けながら、肩に置いた手でタオを引き寄せ更にアバカスは耳打ちする。


「隊章を見ろ、世界樹の隊章はミミリリの部隊の証だ。今は動くな」


 リズーズリ騎士団の中でも最強の部隊。団長以外の実力も言わずもがなだが、何よりその団長に出張られたら全てが終わる。タオの肩を叩き身をひるがえすアバカスから目を離さず、エルフの女騎士は腕を組む。


見窄みすぼらしい服を着ているが大戦経験者だな? 森の竜を最小戦力で討てる者などあの地獄の生き残り以外にない」

「まあ間違いじゃねえ。が、だからなんだ? このご時世大戦経験者なんぞ珍しくもねえ」

「ただの雑兵ならな? だが違うのだろう?」

「それも別におかしくはねえ」

「まあ、グスコ傭兵団のような者共もいる。が、さてと? 私の記憶が正しいなら大戦時代にそれと同じ死に方をした森の竜がいたはずだ。『傀儡師くぐつし』と呼ばれる帝国騎士の仕業でな?」


 さっぱり何の事か分からないとアバカスとスニフターが肩をすくめる中で、タオは拷問官へと目を泳がせる。そちらへと顔を向けようとするエルフの注意を引くように、アバカスはこれ見よがしに指を弾いた。


「んな事はどうだっていい、話が逸れてんぞ。文句を言うにしても俺達じゃなく領主に言うべきじゃねえのか? 普通なら騎士団に頼むような仕事を冒険者ギルドに投げるような奴だ。森の管理をおこたった奴こそ吊し上げるべきじゃねえのか?」

「ん……」


 的外れでもないアバカスの発言に、エルフは息を詰まらせる。野生のバグズプレデターを手に負えないから放置するなど、森の管理者としては問題だ。自前の騎士団でどうにもならないのであれば、冒険者ギルドよりも自国の騎士団に投げる案件。それを冒険者に頼む領主が悪い。


「……お前の名は?」

「アバカスだ」

「……そうかアバカス、中々痛いところを突いてくれる。私の名はキキララ、リズーズリ騎士団、第一騎士団の者だ。『天弓の羅針盤アーバレスト』と言った方がお前達には分かりやすいか? 礼を失した事は詫びよう、だが此方も仕事でな」

「仕事なぁ?」

「そう、数日前に野生の森の竜が暴れているという報告をここの領民から受けた。私は事態の状況を確認しに来たのだ。本当だったなら此方で処理しなければならないからな。その対象が」


 キキララは蟲肉団子を指差すと大きく肩をすくめる。事態の問題は本当で、しかも他国の冒険者が解決した。領主の落ち度ではあるが、処理できなかった王国騎士団の落ち度でもある。


 討伐したのが寧ろ密猟者などの方がずっと良かったと歯噛みしながら、貧乏くじを引いてしまった事にウンザリとキキララは重い息を吐くが、これが良い事態でないのはアバカス達にとっても同じ事。


 この後の流れは嫌でも決まっている。アバカス達は依頼の成功を依頼者である領主に報告に行かねばならず、そして、キキララもまた国への報告なしに冒険者ギルドに依頼などした領主に事情を聞きに行かなければならない。


 お互いの表向きの肩書きに嘘がなく、向かう場所が同じである以上、同行は必須。お互いに欲しくはない同行者を見つめてため息を吐き出し合う。ここで別れる方がお互いに不自然だ。だから表面上は友好的に接する他ない。


すまなかったなシュノーム、此方も気が立っていた、入国許可証も依頼書も本物だ。ただ依頼を受けたのが昨日の夜とは随分と急ぎだな?」

「酒の勢いで難しい依頼をどっちが先に解決できるか他の冒険者と賭けてな。あるだろうそういう事も?」

「冒険者ではない私に聞くな。しかし、それでこの依頼を選ぶとは、命知らずかよほど腕に自信があるかだ。お前達は後者らしい。そっちの……」

「スニフターだ美人さん」

「アバカスとスニフターか、お前達の名は覚えておこう」


 覚えなくていいという言葉を飲み込み、男二人は微笑みを返す。同じ帝国騎士なのに省かれたタオは不満を顔に描くが、まさか「私は騎士だ!」などと言えるはずもなく弱々しく拳を握るのみ。そんな帝国騎士の少女にキキララは気付かず、今一度五人を見回しエルフの混血ハーフらしい二人に目を留める。


「同族がなついているあたり悪人でもないだろう。この後は領主の屋敷に?」

「そうなるな。あんたもだろう?」

「まあな、領主に話を聞く以外にない。森の竜を野放しなどと……バチ当たりな事だ。この国の森を歩くのに案内人がいなくてはキツいだろう? せめてもの詫びだ、私が案内しよう」

「助かるよ、ありがとうカッフェ


 全く心ない感謝の言葉を口にし、内心でアバカスは毒突く。職務に忠実な相手の動きは読みやすくはあるが、代わりに融通が利かない。想像通りの状況になってしまい、それが好ましくなかろうが同行する以外にない。適当に握手を交わした後、ただ、キキララは問うた。


「その前に、この森の竜はどうする気だ?」

「そこはエルフの教義に従うつもりだ。森のモノは森に返す」


 死したモンスターには手を付けず、広大な森の養分としてそのままにしておく。巨大なモンスターではあるが、王国の森に放置すれば数多の蟲や鳥についばまれ、二日もすれば綺麗さっぱり消えてしまう。


「良い心がけだ。エルフの事をよく知っている。案内はするが、その前に森の竜の魂を送り出しても?」


 構わないとアバカスが相槌を返すのを見送り、キキララはその場に腰を下ろし胡座あぐらになると手に持っていた弓を膝の上に立てる。弦を指で弾き音楽を奏でながら歌うのは、死した者を自然に送り返す鎮魂歌レクイエム


 エルフの美声が森に満ちる。葉擦れの音色、木々の間を吹き抜ける風音、遠くに聞こえる川の水音、全てを調和させるような優しい歌を五分ほど続けた後、キキララは立ち上がると天に向けて一度うんと伸びをした。


「では向かうとしよう、森が夜に包まれる前に街に着けなければ大変だ」






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