13:緊急クエスト

「ここまで共にやって来たよしみだ、単刀直入に聞く。リデイア伯爵をどう思う?」

「クロだな」


 酒場から場所を移し、エルフの伝統的な工法で造られた一室に並ぶ六つの影。


 ニコラシカが防音の魔法で部屋を包む手慣れた様にキキララが感心したのも束の間、切り出された王国騎士からの問いに、特に深い話も聞かずアバカスは断言する。


「何をやっているのかは分からねえ、だが、間違いなく表立ってできねえ何かはやっている」

「私も同意見だ。なにせ伯爵はその気配を隠そうともしていなかったからな」


 白々しくそれっぽい理由を口にしただけで、悪怯わるびれた様子は微塵もなく、伯爵はアバカス達を追い払った。


 建前としての理由自体は大なり小なりどの国の領土でもある話で理解できてしまうが故に納得はできてしまう。


 だが、なによりの裏の気配は別にある。


 街中を歩き回っている他国の冒険者達。それ自体は別にいい、割合が多いのも伯爵の言い分を信じるなら納得できる。ただ、それを取り締まる気配がないのが大きな違和感。


 酒場でアバカス達に絡んで来た冒険者の男達。暴れそうな空気感をにじませた瞬間に店主も店員も我関せずに徹し、領地内を護っている騎士を呼びに行く素振りもなかった。


 そういった事態に慣れており、既に諦めている証拠。酒に酔った勢いだとして、たまたま偶然であったなら普通は止めようとはする。


 つまり、伯爵の領地を護るお抱えの騎士達が、街の警備としてはまるで機能していない証拠。騎士団の怠慢たいまんならば領主が注意し終わりだが、監視として森に潜んでいる以上、領主の指示としか考えられない。


 そこまで確認した上で、次はアバカスから切り出す。


「でだキキララ卿、わざわざ第三者に伯爵が怪しいかの確認をしに来た訳じゃねえんだろ?本題はなんだ?」

「あぁ……お前達を腕の立つ冒険者だと見込んで頼みがある。伯爵の身辺調査をする間力を貸して貰いたい」

「ほう? つまり緊急での仕事の依頼という訳か?」

「そうだ」

「おいアバカスッ」


 本来の仕事は別にある。とがめるように声を上げるタオを手で制し、アバカスは前髪に指を絡ませた。ザミノの花を採取するのに、その前にリズーズリ騎士団に恩を売っておくのは悪くない。


 ただ、国と伯爵が組んでいなければだ。もしも組んでいた場合、キキララからアバカス達の動きは筒抜けになるし、かつ、キキララが共に居れば不用意にザミノの花を探す事もできない。


 だからこそ。


「なるほどなキキララ卿、じゃあこっちも聞くが、あんたの本当の任務はなんだ? 野生のバグズプレデターを確認しに来ただけじゃないだろう?」


 笑みを浮かべてそう口にするアバカスを前に、キキララは困ったように口端を歪めた。例えアバカス達が討伐依頼を成功させていようがいまいが、キキララの伯爵への事情聴取は確定事項であり、その為に証拠品まで持参していた。


 キキララは生唾を飲み込み尖った耳をくるくる上下に動かすと、おずおずと喋りだす。アバカス達の機微に注意しながら。


「…………そうだな、アバカス、お前達が請けた依頼書は他の国々にも出回っているという話を伯爵の屋敷でしただろう?」

「ああ」

「私が動いたのは他でもない。その依頼書を使い入国して来る者が一週間程前から急増した為だ。酷い時にはその依頼書を用い一日で三十人近い冒険者が入国して来たと同じ関所から報告があった。の割に一向に依頼が成功する試しがない」

「俺達が来るまでは?」

「そういうことだ」


 だからキキララはアバカス達に依頼している。これまでバグズプレデター討伐の依頼を請けやって来た者達とアバカス達は違うと判断して。事実依頼を請けた経緯からして本来の目的の物のついでであるので違うのであるが。


「簡単な話、上は伯爵が達成困難な依頼書を依頼し回り、それを密猟者などが入国する為の隠れミノに使用していると嫌疑をかけている。出国の際は『討伐に失敗した』とでも言えばいいからな」

「ふむ、だがそれは密猟者側がその依頼を利用しているだけで伯爵は無関係とも考えられるだろう? まだあるな?」


 横からのスニフターの言葉に痛いところを突かれ、キキララは一度口を引き結んだ。現状嫌疑だけで、伯爵が悪事に手を染めている確たる証拠はない。例え伯爵にそれを突きつけ糾弾きゅうだんしたところで、全て誰かの所為にして最悪逃げる事ができてしまう。


 キキララは観念したのか肩の力を抜き、細々と吐き出した吐息に言葉を乗せる。


「……伯爵は裏で密猟者と取引をし、多額の収入を得ているという噂がある」

「あぁ、それは危険な噂だな」


 いつの間にかアバカスから話を引き継いだスニフターの言葉に、冗談ではないとキキララは喉を鳴らす。


 ただでさえ王国は関所で厳しく密猟者を取り締まっているのに、他でもない王国のそれも貴族が率先して密猟者という名の運び屋を手引きしているような噂。本当だとしたら王国はとんだ笑い者だ。


「伯爵がどんな取引をしているのかは分からないが、密猟者の通行料だけを貰っているはずもない。密猟者を介して裏にいるもっと大きな相手と取引をしている事は十二分に考えられる」

「もっと大きな相手?」

「最悪国相手かもな?」


 冗談めかしてキキララは笑うが、実際笑い話では済まされない。一番王国が恐れるのは、伯爵を通して国の機密情報や動向が知られてしまうこと。わざわざキキララはそんな事まで言葉にしないが、別の意味でアバカス達は心当たりがある。


 ただ、伯爵が『夏の吐息マーマレード』を製造しているかもしれないとは言わない。国の弱味を見せたくないのはお互い様。使いようによっては相手に大きな貸しを作る事ができる。


 以下に相手からのみ情報を絞り出し優位に立つか。


 スニフターがキキララとの会話を引き継いだまま、席を立つと窓辺に寄り、縁についた手の指を動かしコツッ、コツッ、と音を響かせる。雨垂れのように一定の間隔でコツリッ、コツリッ。


 スニフターは笑顔を消し、いかにも悩んだような表情を見せながらキキララに顔を向けた。窓辺を叩く音は止まらない。


「話は分かったが、さて、困ったな。俺達も暇ではなくてね、アバカスとも話していたんだが観光もろくにできそうにないし、その日を削っても力を貸せるのは明日一日が限界かな?」

「……一日か」

「そう悩ましい顔をしないで欲しいねレディー。分かるだろう? 君の言い分を考えると、今一番厄介視されているのは俺達だ。なぜなら、くだんの成功させるはずのなかった依頼を成功させてしまったのだからな。それを思えば、監視されている意味も違ってくる。俺達を頼る前に、首都からお前さんの仲間を呼んだりはできないのか?」

「それこそ、伯爵が想像通りの相手だった場合、やすやすと呼ばせてくれると思うか?」


 街中ではなく、街の外周部を囲うように点在している監視の目。踏み入る事はできても、何かを察したとバレている段階で楽に帰れるかとなると疑問だ。街から離れた瞬間に、誰かしらに襲われる可能性もある。ただ、それは街中に居ても同じ事だが。


「王国騎士と思惑外の冒険者。我々の危険度合いは同じはず、協力関係を結ぶのに不都合はないはずだ」

「一利ある。が、それなら条件の一つとして早速頼みたい事があるんだが」

「なんだ?」

「明日の朝になったら宿の店主に一つ聞いてはくれないか? 伯爵のこと、街のこと、なんでもいいから最近なにか変わった事はないかとな?」

「私が?」


 そのぐらい自分で聞けばいいじゃないかと疑問を顔に浮かべるエルフにスニフターは笑顔でうなずいた。相変わらず窓辺を指で叩きながら。


「最初に賛辞を添えてな? 『良い宿だ気に入った、首都に戻ったら仲間に勧めるとしよう、近々また来る』みたいな内容のやつをだ」

「なぜ?」

「不安をあおるためさ、領内の騎士団がアテにならない以上、領民としては国直属の騎士こそ頼りたいだろう? それが帰るがまたすぐ来るという緊張と弛緩を利用して口を滑りやすくする。店主としては安心を買うため是非ともまた泊まって貰いたいだろうからな。朝に聞くのは話に説得力を持たせるためだ。最近の事情を聞くのは、伯爵が口を開かない以上、別から察するしかないからな。これは俺達には無理だろう?」


 冒険者と自国の騎士では安心感が違う。伯爵からは必要のない注目をされていたとしても、街の住民にとっては一括ひとくくりにされた厄介な冒険者の内の五人でしかない。


 了承のうなずきをしてキキララは椅子から立ち上がり、スニフターは窓辺を叩いていた指を止める。敢えて微々たる不快を与えて意識をそちらに割かせる必要もなくなったから。


「では私も一室借りに行くとしよう。泊まらなければ店主にその話もできないからな」

「ああ、俺達は全員でこの部屋に泊まるから何かあったら来るといい。おやすみカリニウータ


 エルフ言葉でキキララを見送りながら、スニフターはアバカスへと目を流し、視線を受けたアバカスはそれを中継するようにニコラシカを足先で軽く小突く。


 目をまたたき首を傾げるニコラシカに顎をしゃくってアバカスが更なる合図を送れば、「あっ!」と一度大きな声をキキララの背に投げ掛け、言葉を続ける。


「もし色々とうまくいったら帰りにザミノの花を見てってもいい? タマと楽しみにしてたんだ! ただ場所が分からないんだけど」

「ザミノの花か……他国の者に場所を教えるのは控えられているが、うまく事が運んだら考えておこう」


 王国騎士の言質を取り、部屋を出て行くキキララをニコラシカとマタドールはにっこりと笑い見送る。一瞬の静寂を挟み、アバカスはニコラシカに顔を向けた。


「部屋に掛けてる防音の魔法はそのままにしておけよニコラシカ、夜も深まってきたが作戦会議だ」








 

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