6:必要なモノは必要な時に

 タウバオ王国の陸地面積に対する森林面積の割合は九割を超える。自然に優しくといった言葉が遺伝子レベルで刷り込まれているらしく、道を作るにも森を切りひらいたりせず、木々に沿って作られるほどだ。


 頭上にはどこまで伸びているのか分からない巨木達の枝がどこまでも広がり、どれも綺麗に枝打ちされて木漏れ日が燦々さんさんと大地まで降り注ぐ。


 国境を守る関所に程近い街の人影少ないレストランのテラス席で、青色少なく緑生い茂った空を見上げながら、マタドールは枝に沿って目を落とし、巨大に過ぎる巨木のみきコブのように張り付く店の姿に顔を止めると首を傾げる。


「どうしたタマ、エルフ達の家がそんなに珍しいか」

「そうではないわアバカス」


 シクラメンと動かそうとした口の動きを止めて、マタドールは言葉を飲み込む。


 入国前に決めた取り決めの一つ、王国内ではマタドールは『タマ』という名の少女であり、問題を避ける為にアバカスのフルネームを呼ぶのは禁止。


 それを思い出しながら、傾げていた首を真っ直ぐに戻し、再度マタドールは口を開く。


「エルフは巨木に寄り添い家を建てる。知識では知っていたけれど、見るのは初めて。本当なのね」

「寄り添う巨木は守り神なのさ、この店の木は商売繁盛を祈ってる、張り付いてる建物は全部店だ。その木に寄り添う店達で一つの共同体だったりする」


 店でもなければ、一本の木に張り付いている家々に住む者達は同じ一族などそんな具合だ。知識と現実を擦り合わせながら、興味深そうに周囲を眺める魔女のズレたフードをアバカスは引っ張りながら、指を弾くと給仕ウェイトレスを呼んだ。


 一々提示するのが面倒臭く、給仕ウェイトレスが脇に立ったのに合わせてテーブルの上に置いていた入国許可証をアバカスは指で叩いてから名物を中心に注文を済ませる。


 そうして顔を前に戻すアバカスの前に控えるのは、ニコニコ顔のニコラシカと、テーブルに肘をつき手を組んだ不満顔の女騎士。


「王女様が苦しんでいる時に呑気に食事なんて……時間もないのに……」


 そうぶつくさ小声でつぶやくタオの文句を擦り潰すように、アバカスは声を被せた。


「何を言うかと思えば、仕事をする俺達が元気じゃなきゃ仕事も満足にできねえだろうに。お腹が減って失敗しましたなんてなったら笑えるぜ。なぁタマ?」

「採取の成功と王女様の元気には確かに関係はない」


 魔女もそう言っていると手で示す不良冒険者に怒鳴り返そうとタオは大きく口を開け、大声で話す話題もないのでなんとかこらえて前のめりに身を倒しながら声量を落とす。


「そういう事を言ってるんじゃないのっ、もう少し『やる気』ってモノを出せない訳? おまえから仕事に対する真剣味を感じた試しがほとんどないんだけど?」

「表面上『真剣味』とやらを見せるだけでいいならいくらでもできんぜ、だがそんなモノに価値はあるか? 見せ掛けで本質の価値は変わらねえよ」

「だからっ」

「ほう、どうやらサラダはいくらでも食べていい代わりに自分で取りに行くんだそうだ」


 拳を震わせ我慢メーターの限界近いタオの代わりとばかりにスニフターが献立表に目を向けながらそう言えば、食欲の権化と化しているアバカスは即座に席を立ち、「私の分も取って来て」と吐かす魔女の横着を許さず、マタドールを掴み上げるとさっさと歩いて行ってしまう。


 怒りの矛先訳向ける対象がいなくなった事で、椅子の背もたれに背を預け腕を組み怒りに蓋をしだすタオにニコラシカは微笑み、スニフターは献立表をめくりながら声を掛ける。


「そう熱くなるなレディー、アバカスは魔女の頭の中は見透せても、人の心までは見透かせないのさ。アレで機会をうかがうのは抜群に得意だ、ああ見えて仕事に誰より真剣なのは奴だよ。成功しなきゃ報酬もクソもないからね」


 結局金かとタオは頭を抱える。帝国騎士の生真面目な言葉よりも、金貨一枚の音の方がよっぽど効果があるらしい。


「こうやって食事するのも必要な事だ。目標に一直線じゃ外から見て動きに粗が出る。今の俺達は冒険者、それらしい動きを見せておく必要がある」

「……誰に?」

「さあ誰にかな? そこらの木々にかも」

「……おまえ達は皮肉しか言えないの?」


 スニフターのおかげでアバカスの皮肉の矛先が散り、タオがその被害に遭う数皮肉減ったが、間が悪いと二倍の皮肉が向けられる。


 見た目や立ち振る舞いは違っても、『繰り人形マリオネット』に属した者の中身は似通っているようだった。


 ジトっとしたタオの目をスニフターはチラリと見上げ、すぐに目を献立表に戻す。


「皮肉を言うのは暗殺者の趣味さ。毒を抱えたまま死にたくはないからな。俺に何ができるかと言われればそうだな……」


 献立表から顔を外し、唇を持ち上げた指で軽く叩き悩む素振りを挟みながらもゆっくりと女騎士へと拷問官は顔を向けた。


「俺は相手が何をして欲しくて、何をして欲しくないか察するのが得意だ。拷問や尋問とは、相手の欲していないモノを押し付けるのがお仕事。例えばレディー、お前さんはずっと不安に思ってる事があるだろう?」


 そう言って、スニフターは開いていた献立表を閉じる。その音と、向けられる見透かしたような拷問官の目に、タオは肩を小さく跳ねた。


「……なにが?」

「隠さなくていい、俺には分かってる。今回の仕事は大仕事だ、たった五人の行動で最悪戦争が起こるかもしれないほどのな。お前さんは常に考えてる、自分以外の四人は選ばれただけの理由も分かるが自分は違う。なぜ自分はここに居る? でも力になりたいのも本当だ。だから一番真面目を演じている。仕事に対する姿勢だけは一番でいようと。だが、それを必要ないとアバカスに言われた気がして怒った。それ以外自分にできる事に心当たりがないからだ。だからいつも不安なんだ、いつ『必要ない』と言われるか分からないから。当たってるだろ?」


 自信たっぷりに、長々とつかえる事もなく一息に並べられたタオの心の内側の言葉に、否定しようとタオは口を開けるも言葉が外に出て行かない。


 例えタオが何を言おうと、その裏側をスニフターは見る。魔女の頭の中は見透せずとも、人の心を見透かすのは得意。拷問官としての影を垣間見てタオは硬直し、ニコラシカは拍手を贈る。


「すごい! プロの技だね! でも仲間の心を抉る事だけができることじゃないよね?」

「もちろんだ、本当ならレディーには欲しているモノだけを与えたいものだね。その不安は必要ないものだ。必要ないのならアバカスはそもそもお嬢さんを同行させていない。必要だと判断したから、お前さんはここに居る。タオ=ミリメントの価値が変わらない限り、奴はお前さんを手放さない」

「……ほんとに私は必要?」

「これ以上不安なら本人に聞くといい」


 皿に山盛りに野菜を乗せている大小二つの背中をスニフターは指差し、タオは小さく顔を左右に振った。不安だからといって不良なる冒険者に分かりやすく弱音を吐きたくはない。


「なら、食事をして力を付けたら、さっさと大きな蟲を退治しに行くとしよう」


 そう元気付けようとしての言葉だったが、スニフターの予想に反してまた動きを固める。「そっちも不安か?」という拷問官の言葉にタオは僅かにうつむく。


「……おまえ達はいいわよ、力に自信があるんだから。私は全然一流には程遠い、どうせ二人は使えるんでしょ? 一流の帝国騎士の証。えっと……」

祝福ウル?」

「それ」


 魔力で肉体を鍛え上げ、肉体を触媒に魔法のように一つの奇跡を体現する帝国騎士固有の特殊技能。学院でタオは聞いた事もなかった帝国騎士の秘奥の一つ。


 タオが知っている事に少しばかり驚きつつも、スニフタ―はタオが使えない事に落胆する素振りなど微塵も見せずに当然と肩をすくめる。


「落ち込む事もないだろうに、使える奴は帝国騎士の中でも五十人もいない。奇跡ベガは知ってるな?」


 帝国内では祝福ウルの対となる魔法職の得意技能。魔法職が組み上げる己だけの魔法。帝国内外問わず世界で一般的な魔法職の目指す場所だ。古くからある境地であるが故に、その時代のままの言葉で奇跡ベガと呼ばれる。


 そちらは知っているとうなずくタオからニコラシカへとスニフタ―は目を移した。


「教えてやるといい聖歌隊のお嬢さん」


 話を振られ、ニコラシカは鼻を鳴らしながら眼鏡を指で押し上げる。


奇跡ベガを使える聖歌隊員は百人以上はいるね。大なり小なり教科書には載っていない自分だけの魔法の総称だし。対して祝福ウルは体系化されてる訳でもないし不安定なんだよ。身に付ける為の確固とした鍛錬方がある訳でもないからね。五十年騎士をやってても使えないなんて帝国騎士も数多くいたそうだし、考えるだけ無駄かな? だからタオもそんなのを基準に一流だなんだと考えない方がいいよ」

「……そう言うニコは? 使えたりする?」


 奇跡ベガを。


 言外にそう尋ねるタオに、ただ静かににっこりとニコラシカは微笑んだ。優秀な友人は本当にどこまでも優秀らしい。小さな自信もしぼんでしまいズルズルとタオは椅子の上でずり落ちた。


 そもそもどちらも帝国民六〇〇〇万人の中ではほんの一握り。使えない方が普通なのだ。が、そんななぐさめの言葉を言ったところで効果はないとスニフターは察し、ニコラシカも友人を元気付ける事を諦め降参とばかりに両手を上げた。


「なんだ、まだ椅子に座ってたのか? 椅子に体が張り付きでもしたか? 王国に来て野菜を食わねえとはもったいねえ、世界最高峰の自然の恵みだ」


 お通夜状態のテーブルとは対照的に、いい笑顔でアバカスとマタドールは席に戻った。サラダを取りに行ったはずが空っぽの皿を持って。サラダコーナーからはすっかり野菜の姿が消えていた。


「ただ、ケチなレストランだ。席に戻るのが怠いからその場で食ってたら怒られた」

「うん、ケチ」

「おかげで全く腹の足しにならなかったぜ」

「うん、足しにならなかったわ」

「気が合うなタマ、ちなみにそのちっこい体にどうサラダを押し込んだ?」

「食べて。味が気に入ったわ、取り寄せられないかしら?」

「それは商人に頼め、俺を見んな。もしそんなくだらねえ依頼をくれやがったら国家予算積まれてもやらねえぞ俺は。どんな価値にも釣り合わねえ」


 などといった面白くもない魔女との会話を止めてくれる者は誰もおらず、仲間達の顔を見回しアバカスは眉をうねらせる。


 これでは延々とマタドールとばかり会話させられそうな未来を感じ、アバカスは転送酔いでもぶり返したのか、本人曰く『やる気』が失せているらしい女騎士の前で指を弾く。


「なんつう顔してんだ嬢ちゃんは? 食欲がねえとか言うんじゃねえぞ? バグズプレデターの討伐には嬢ちゃんの力が必要不可欠だ」

「……私の?」

「そうだ」

「……皮肉や冗談じゃなくて?」

「じゃなくてだ。ほら、頼んでた料理が来た。蟲料理でもなくちゃんとしたのがな? 食欲は?」

「……ある!」


 椅子に座り直し、タオ=ミリメントは背を伸ばした。剣を取るように伸ばした手でフォークを握り締め、タオは食欲を取り戻す。


 が、一日と経たずそれを後悔する羽目になった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る