5: 嘘をつかねば仏になれぬ

 国境線に設けられたタウバオ王国の関所は、世界中の関所の中でも厳しい事で知られている。


 理由は単純で、エルフという種族が特別用心深いから。という訳でもなく、王国の広大な森林に生息する植物や生物を求めて密猟者が後を絶たないからだ。


 王国のリズーズリ騎士団が関所には常駐しており、一般的な要塞よりも落とすのが難しいともっぱらの噂。通行を確認する者も試験を合格した者に限られており、王国の関所こそエルフ達の生命線の一つで間違いない。


 入国を管理する王国の関守、マグナゴンは今日も仕事が始まる一時間前には仕事場に入り、眠気を徹底的に削ぎ落とす為に入念にストレッチをし、入国者を待っていた。


 王国の関所は夜の間は閉ざされ、朝日と共に開く。一等目を光らせていなければならないのがその日一番の入国者。関守が寝惚けていると期待して、浮かれた密猟者がやって来かねない。


 国に戻って来た同族であったなら多少は肩の力も抜けるが、その日は違った。扉の開放と同時に入って来た五人組。


 フードを被り顔を隠した背の小さな者が二人と顔色の悪い女が一人、人間にしては背の高い男が二人、中でも人相の悪い男が大股で寄って来ると関守と入国者をへだてる頼りない審査台の上に肘を置いた。


「おはよう、いい朝だ」

「ああ、朝早くからご苦労だな人間」


 などと適当な挨拶を交わしながら、マグナゴンは今一度五人組を眺め観察する。男や女の服装におかしな点はない。敢えて言うならボロ過ぎて旅行に来たように見えないと言ったところか。


 そして、フードの二人組に目を止める。関所の中に入って来たというのに、全く脱ぐ素振りも見せない。マグナゴンが脱ぐように促せば、特に誰が拒否する事もなく二人組はフードを脱いだ。


 思わずマグナゴンは目をみはった。


 片や幾つも垂らされた夕陽色の細い三つ編みと翠色の瞳。片や蜘蛛の糸で編んだような艶やかな銀髪と蒼色の瞳。尖った耳からエルフとの混血ハーフかとマグナゴンは判断するも、比較的美形の多い種族であるエルフと比べても美形。


「貴族のお忍びか何か?」

「まあそんなところだ」


 漏れ出たマグナゴンの軽口に男も軽口で返す。『貴族』などと言ってはみたものの、マグナゴンとしても顔は別にして服装的に本気で貴族のお忍びだなどとは思っていない。


「武器を見せて」

「生憎と俺は武器を持たないタチでね。あっちの二人もそう、目の保養要員なんだ」


 そう男が微笑と共に吐き出せば、美形過ぎる二人組は揃ってあっかんべーを返す。特に仲も悪くはないらしい集団の中で武器を持つのは二人だけ。


 人間にしては顔の良い男は短剣を一つばかり審査台に置き、相変わらず顔色の悪い女はレイピアを一本取り出した。


「具合が悪そうだな?」

「あぁ、いや」

「花粉症なんだよそいつ、この時期はトトリの花の開花時期だろ? 最後までゴネてたからな」

「トトリの花粉症か、アレはキツい。大丈夫なのか?」


 女は肩をすくめるだけで、人相の悪い男は女の横で呆れたように笑っている。船に酔ってでもいるかのように女が口元を手で抑えうめく様からトトリの花粉症で間違いないらしいとマグナゴンはうなずき、提出された武器に顔を向けると目の色を変えた。


 短剣の方は問題ない。何の変哲もない短剣だ。問題はレイピア、服装に反して質が良過ぎる。記憶の中の武器と称号し、帝国の上級装備の一つと判断すると目を細めた。


「……随分と良い剣だ。服に見合ってないな?」

「必要でな、帝国の騎士団も御用達の一品だ。なんとか手に入れた」

「必要? なぜだ?」


 人相の悪い男は懐に手を伸ばし、マグナゴンは僅かに身構える。心配はないと手で制しながら、男は一枚の紙を審査台に置く。


「依頼書だ、俺達は冒険者でね。今回は仕事で来たんだよ」

「冒険者?」


 馬鹿にしたようにマグナゴンは鼻で笑った。


 冒険者への依頼というのは、大抵自国の冒険者に対してだ。他国の冒険者ギルドに自国の依頼書が渡る機会というのは多くはない。よっぽど訳ありか、もしくは偽造か。


 採取の許可されている王国に生える薬草などを取って来いという依頼を受けて他国の冒険者が来る事はあるにはあるが、その場合、帝国騎士御用達の剣など持っていない。


 偽造の依頼書を使って王国に情報収集にでも来たか、誰ぞの暗殺にでも来たか、冒険者は隠れみので別の目的がある。


 半ば確信した考えを頭の片隅に置きつつ、マクナゴンは一応提出された依頼書に目を落とし、しばらく目を這わせるとせ返る。


「正気か⁉︎ いや、ちょっと待て!」


 再度依頼書に目を流し、依頼書に押されている王国の冒険者ギルドの判子と、帝国の冒険者ギルドの判子に間違いがないか称号し、頭を抱える。


「五人で? おいおい本当ならリズーズリ騎士団に頼むような案件だぞ? 依頼者が冒険者ギルドに依頼した経緯はなんとなく分かるが、悪いが、うーん……」

こなせるようには見えねえか? 一応これでも俺とそこの男は大戦帰りだ。実物は何度か見た事ある」

「本当に? すごいな、私は頼まれてもこれに会いたくはない。よく生き残れたな」


 疑いは驚きに塗り替えられ、感心するように変わる顔色を見つめながら男は審査台に肘を置き直し身を屈める。


「リズーズリ騎士団は強敵だった。大戦を経て、王国が未だに世界最大の森林面積を護り抜けているのは、ひとえに博愛精神に富んだエルフの清廉せいれんさと、智慧と勇気の証。だろう?」

「……ああ」

「南方戦線で俺も彼もいくらかエルフと戦いもしたが、最後には魔族相手に共闘した。ミミリリとは知り合いだ」

「ミミリリ様と⁉︎ 本当に⁉︎」

「彼以上に弓の上手いエルフを俺は知らない」


 王国の英雄の一人。長命なエルフの歳は見た目だけでは分かりづらいが、その目は冒険譚を聞く少年のような色合いを見せ始める。


 友人に語り掛けるように男は微笑み、聞かれるより先に冒険者である事を保証する帝国冒険者ギルドの登録証を五枚、審査台の上に続けて置いた。


「彼には借りがある。だからと言う訳じゃないが、下手な奴が面白半分で依頼を受けるぐらいならとね、こう見えて元騎士なんだ、後ろの二人は半分エルフではあるんだが帝国育ちでな、親の故郷を見たいってんで観光も少ししたい。帰りの際に土産話の一つでもお話しするよ」

「是非頼みたいね、貴方の名前はアバカス……だけ?」

「ああ、短いんで覚えて貰いやすい。後ろの四人は左からスニフタ―、ニコ、タマ、タオだ」


 ギルドの登録証が偽物ではないか確認し、書類に名前を記入すると、マグナゴンは提出された物と一緒に入国許可証を審査台の上に置く。仲間達が武器を受け取るのを確認し、依頼書と登録証を懐に戻してから、最後に入国許可証を拾い上げアバカスは微笑む。


ありがとうカッフェ

幸運をユルールクゥ


 共通語ではなく、エルフの言葉で別れの挨拶を交わし、五人は関所から王国の領地へと足を踏み入れる。関所を出ても相変わらず顔色悪いままのタオにアバカスは呆れて首を回し、ニコラシカは友人の背を優しく摩った。


「嬢ちゃんしっかりしろ、転送酔いとか、いつまで目を回してんだ?」


 転送魔法の浮遊感は大変タオにはお気に召さない代物であったらしい。ロミロの街を出て既に数時間、全くタオの顔色はよくならない。転送酔いとは無縁らしい四人を見回して、強がってかタオは少し胸を張る。


「ほっとけ! それより知らなかったな、エルフに知り合いがいたなんて、貴様はいつもそうだ!」

「そりゃ言いたくないさ、南方戦線で最初送られた暗殺部隊二十人、ミミリリの部隊と衝突してアバカスとアラレを残し全滅した。確かに、知り合いには違いない」

「ほっとけ!」


 したり顔で笑うスニフターの肩を一度殴り、アバカスはタオと同じように声を荒げる。集まった注目を利用するように入国許可証を掲げると、アバカスはそれを四人に見せつけた。


「冒険者初心者の嬢ちゃんもいるから一応言っとくが、入国許可証は個人にではなくこのパーティーに支給されてる。五人で一緒に行動するのが基本だ。一人でほっつき歩き許可証の提出を求められた際にこれがねえと捕まるからな」

「そんな説明されなかったぞ?」

「王国に入るのに知らねえで来る馬鹿がいる訳ねえだろ。常識だ。それと、関所を出たんだから二人はさっさとフードを被れ、目立って仕方ねえ」

「これ肌触り良くないよ! もっと良いマントなかったの?」

「私も同意する。心地良くはない。帝国に属してから初めてここまで低品質の服を纏った」


 魔女達の文句をアバカスは聞き流し、入国許可証を懐に収める。話は終わりと先頭を歩くのっぽ二人にタオは蹌踉よろめきながら足早に並ぶと、不良冒険者の背を小突いた。アバカスのおかげで関所は無事に乗り越えたが、タオは全く存じていなかったから。


「アバカス、どう用意したのかは知らないがさっきの依頼書はなんだ? よく騙せたな?」

「ああこれか、簡単な話だ。偽造も何もしてねえ、これは正規の依頼書だ。昨日の夜のうちに請けといた」


 そう言って手渡された依頼書を急ぎ広げてタオは目を這わす。それを横目に見ながらアバカスは言葉を続けた。


「潜入で一番面倒なのが出入国だ。理由で嘘を吐くのが一番怠い。だから別の真っ当な理由を用意したのさ。元騎士の冒険者も俺以外にいるにはいる。依頼と冒険者の価値が釣り合ってたら不思議には思われねえ」

「……バグズプレデターの討伐?」

「嬢ちゃんも会ったろう? バグズバーサーカー。そいつの成熟体」


 バグズプレデター、蟲のドラゴンとも比喩される凶暴な肉食生物。蟲使いと共に育ったバグズプレデターは温厚で頼りになる存在であるが、脱皮を繰り返し自然にそこまで育ったバグズプレデターは蟲使いにも制御できず、討伐しなければ大きな被害をもたらす。


 依頼内容を聞きタオは固まり、ただでさえ悪い顔色をより悪くした。


「う、うう、うそっ、そんな依頼を本来の任務の前にやらなきゃいけないの……?」

「問題なく王国を出るためにな、それに見ろ、場所はナポロ山に近い森だ。一石二鳥というやつだぜ」

「南方戦線は凄かったな、そいつが帝国騎士を踊り食いする姿を何度見たか。正しく悪夢とはアレのことだ」


 スニフターが怖がらせるような事を言うが、タオにとっては冗談ではない。成熟していない個体相手でさえ食べられるかと思った。人型相手なら学院の授業や実技試験などで慣れているが、モンスターは別。


 騎士として大戦に参加した訳でもなく、帝国内でぬくぬくと戦いを学んだタオにはモンスターとの戦いの経験がさっぱりない。


「まあ先に飯にするか、王国の野菜は帝国のより美味いからな」

「蟲料理は頼まないでね!」


 ぞっとする事を言うニコラシカに手に持つ依頼書をぐしゃぐしゃに握り締め、タオは大きく肩を落とす。王国に踏み入り五分と経たずタオはエルフの国が嫌いになりそうな勢いだ。







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