4:五人囃子

「…………なぁ嬢ちゃん」

「まあまあアバカス君落ち着いて! 話を聞いて僕がアバカス君を説得するからって志願したんだよ!」


 持っていた荷物を地面に落とし、青筋を浮かべて我関せずを貫く女騎士をかばうように目の前に笑顔で飛び出して来る学院の魔女兼、女騎士の友人に足を止め、スライムでもつまみ上げるように後ろの襟首を掴み上げるとアバカスは三人に背を向け距離を離した。


 「おい!」と友人が乱暴でもされやしないかと声を荒げるタオに手でこっち来んなと追いやりながら、ニコラシカを地面に下ろす。


「説得だぁ? 阿呆か、帰れ」

「そう言わずにね! 第三王女様の一大事、健全な帝国民としては力を貸さないのは嘘じゃなぁい? 僕は役に立つよ?」

「……本音は?」

「面白そうだから」


 話は終わりだと身をひるがえそうとするアバカスの腕をニコラシカは掴み引き止める。魔女の冗談がお気に召さないらしい不良冒険者の顔を覗き込みながら、その耳に口を寄せた。


「まぁ待って、ほら、前の一件で今学院は少しトゲトゲしててね? 居心地悪いから少し離れてたいのが本音の一つ。それに王女様が亡くなったら波風立つでしょ? 帝国の大きな変化は好ましくないからね」


 冗談の通じないアバカスに少しばかりの本音を告げて、変な思惑はないとニコラシカはウィンクを一つ。


 眼鏡の奥で光る蒼玉サファイア色の瞳を覗き、アバカスは舌を打ちへばり付く魔女を引き剥がす。


「あんたの思惑はどうでもいい、マタドールの子守に加えてあんたも一緒だと? 魔女二人を連れての越境作戦なんぞどんな極秘任務だくそッ。分かってんのか?」


 魔女を保持する国達は国境線をなぞるように魔女が一種の結界を張っている。だから国内にいる魔女の位置が国外の魔女にバレる事はないが、結界の内部は別。


 魔女を連れて国をまたぐ難しさはそこにある。マタドールはまだいい。その為の対策を既に講じている。が、ニコラシカが同じ手を打っているはずもない。魔女に魔法の不得意はなかろうと得意な分野は異なる。


 人体の作成や意識の複製はマタドールが研究し磨いたがゆえの魔法技術であって、マタドールが教えでもしない限り他の魔女には使えない。そして、魔法技術が魔女の価値の一つでもある以上、同じ帝国の魔女であってもマタドールがその技術を教える事はない。


 それをもちろん理解していると大きくニコラシカはうなずいて、良い笑顔をアバカスに向けた。


「アバカス君こそ忘れちゃった? 世界に僕より歳上の魔女なんて何人いる? タウバオ王国の魔女達こむすめ程度あざむけない僕じゃない。魔法使いは己が魔法を作り上げる事が命題の一つ。魔女だってそうさ。僕の魔法はまやかしの魔法、そりゃやり過ぎればバレちゃうけど、何があろうと人間の範疇には留めるよ」


 そう魔女が言い切るからには、その枠からは絶対に外れない。ただ、王国の魔女にバレずとも、やろうとしているのは違法行為。捕まった時の重大さが増す。だが、そもそもマタドールが同行している以上、捕縛時のことを考えるのはナンセンス。


 それが越えてはならない防衛線である限り、王国魔女の網にさえ引っ掛からないのであれば魔女を二人連れて行こうが六人連れて行こうがある意味同じだ。


 迷いが生まれたのか、一般人には気付かれないくらい僅かに目を泳がせる不良冒険者のサインを魔女は見逃さず、背を押すように耳にささやく。


「エルフの国に行くなら有能な魔法使いは必須でしょ? いなくて後悔する事はあっても、いて後悔する事はないよ? 僕以上の魔法使い、アバカス君は知ってる?」


 アバカスはため息を吐いて頭を雑に掻き、一度深呼吸して再び頭を掻いて前髪に指を絡ませると、渋々、本当に渋々ニコラシカの背を叩き残る三人に向けて身をひるがえす。


「……行くのはこの五人でだ。質問は受け付けねえし文句はねえな?」


 一度ついて来ると決めた魔女を説得する方が時間の無駄。


 タオが顔を緩ませ、スニフターが笑うのを不満気に見送り、地面に置いていた荷物を拾い上げると、ボロいフード付きのマントを二着取り出してマタドールとニコラシカにアバカスは投げる。


「これはなに?」


 不思議そうに首を傾げるマタドールに向き直ると、アバカスは着ろと促した。


「マタドールとニコラシカの嬢ちゃんは顔が良過ぎて目立ち過ぎる。それでなるべく顔は隠しとけ。向けられる視線はできるだけ減らす」

「僕の分もあるなんて最初から来ると思ってたんじゃ〜ん! ツンデレ?」

「あ?」

マタドール卿! 僕はニコラシカ! 魔女とご一緒できるなんて光栄だよ! よろしくね!」


 怒れる元暗殺者から逃げるように、ニコラシカは魔女へと顔を向ける。


 『初めまして』などという事はあるはずもないのだが、特別疑問を口にする事もなくマタドールは差し出された学院の魔女の手と握手をすると「初めまして」と返した。


 アバカスの心労は増し、顔は怖くなる事を止められず、スニフターは喜劇でも眺める観客のように笑みを深める事を止められない。対照的な二人の男を見比べてタオは首しか傾げられない。


「……で? マタドールはその感じで大丈夫なんだな?」


 なんとか嫌な気分を追いやろうと、潜入への安心を一先ず買うため、アバカスは再びマタドールに問うた。


 目で見ておかしな部分がないように作り上げられた魔力のないマタドールの二つ目の肉体。腕は四本ではなく二本。加えてエルフの国に行くからか、エルフの特徴の一つでもある尖り耳になっている。


 それ以外の変化はなく、背の小さなただの少女と化したマタドールは、心配はないと強くうなずく。


「問題はない。この肉体は正常に稼働している。現在は宮殿に居る私と意識の共有もしているけれど、越境の際にはそれも切る。私のことは解毒薬の調合機器とでも思えばいい」

「よし、なら後は向かうだけだな、他に必要な物は幾つかあるが、それは向かいながら手に入れるとする」

「必要な物?」


 タオの質問にアバカスはすぐに答える。わざわざ遠回しに茶化す手間も面倒なほどに、急ぎで必要な物が一つ。タオを顎をしゃくり示しながら、続けて魔女二人にアバカスは目を流す。


「嬢ちゃん達は格好が綺麗過ぎる。潜入すんだぞ? ピクニック行くんじゃねえんだよ、騎士制服だの聖歌隊服だの着て来なかったのは褒めてやるが、途中でもっと庶民的な服を買って着替えろ。今回は冒険者をよそおい王国内に入る。手本はコレだ」


 言いながらアバカスはスニフターを指差した。酒場でタオが会った時のスーツなどではなく、アバカス同様に擦れた服に身を包んでいる。武器は腰の後ろにある短剣一本。帝国騎士の暗殺者ですと言われても、残念ながらそうは見えない。


 そんな小汚い服から生えている端正な顔が全く似合っていなかった。


「酷いだろ? 折角の休暇、美女と過ごすはずだった夜をアバカスに潰され、俺は浮浪者にジョブチェンジだ。休暇祝いに断れない仕事をくれるなんてお前さんはまったくいい友人だよ」

「文句は仕事の受け取りを拒否しやがったアラレに言え。共和国に逃げやがった」

「女性におごらせるのは忍びないが、次の食事会はアラレにおごらせるとしよう。ヌーの奴も呼んでな?」


 そう未来にお楽しみを置き、ようやっとアバカスの顔も少し和らぐ。スニフターの気難しい不良冒険者の慣れた扱いにタオは感心し、潜入ということで一応は着て来た普段着の端を摘み上げ肩をすくめる。


 冒険者からすれば、騎士の普段着は十分に御上品らしい。マタドールも同じ事を思ったようで、質素なドレスの端を摘み上げていた。


「で? アバカス、どう王国に向かう? 馬で走ろうが国境線を越えるまでに一日は掛かるぞ? 時間が足りるか怪しいが?」


 スニフターの最もな質問に、待ってましたとアバカスは優雅に腕を空に泳がせマタドールを見るよう催促する。それに応じるようにマタドールは三つ編みを揺らすと、慣れないフードを下手な手つきで頭に被せながら答えた。


「宮殿に居る私が転送魔法を使い国境線手前まで送る」


 転送魔法は本来物資を送る為だけの魔法。距離が遠ければ遠いほど必要魔力は上がり、自らも魔力を持つ生物を送るとなれば、難易度も跳ね上がる。が、それは普通の魔法使いにとっての話。


 魔女が含まれていようが、五人を転送するくらいなら、その魔法に精通しておらずとも魔女にとっては容易たやすい。使える手は使っていいと皇帝陛下のお墨付き。国外に出てマタドールが役立たずになる前に、存分にその力を使って移動する。


「必要な人員は既に揃っている。転送可能であるならすぐに転送する」

「ならやれ」


 言うが早いか、アバカスが言い終わらぬ内に地面に魔法陣が浮かび、五人を包み込む。魔力が形作る光の壁が景色を遮断し、妙な浮遊感が五人を襲った。その感覚に慣れるより早く硝子ガラスが砕けるかのように光の壁が崩れるとガラリと周囲の景色は変わる。


 帝国の首都ハリオネから南西に三百キロ、タウバオ王国の国境に最も近い都市ロミロ。

 

 広大な森林面積を誇るエルフの国に近いからか、緑溢れる田舎街が五人を出迎えた。






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