3:作戦会議

 時間制限のある仕事の依頼の了承。そうとなれば悩んでいる時間がもったいないとアバカスは指を鳴らし、世界地図を出すよう魔女にうったえる。


 マタドールが虚空に手招くと、壁に並ぶ背の高い本棚の内の一つから丸められた地図が宙へと飛び出すとアバカス達の頭上の宙空に張り付くように広がった。それに合わせてふわりとマタドールは舞い降り絨毯じゅうたんの上に足を着ける。


 口を開けて地図を見上げるタオの肩を小突き、アバカスは「タウバオ王国はそっち」と指を差した。


「帝国の南西に位置するタウバオ王国にあらゆる手を使い近付いたとして入国に一日。ザミノの群生地は、あー……」

「ナポロ山の森林地帯。ただ、詳しい場所は不明。そこは現地に行って確かめる他ない」

「あぁ、ただ今一番の問題は行き方とかじゃねえ」


 アバカスは床に降り立った背の小さい魔女の上から下までを見下ろして、腕を組み首を傾げる。


「同行が必須と言ってたなマタドール卿? それでどうついて来る気だ? そのまま引っ付いて来る気か?」


 それは正気の沙汰さたではない。魔女ほどの力ある存在が国境線を越えて他国に侵入する。それも事前の通達もなしにとなれば、間違いなくタウバオ王国の魔女に捕捉される。


 帝国の魔女であるマタドールということがバレずとも、魔女というだけでエルフの騎士団がやって来るのは明らか。それを躱しながら表向き採取の禁じられた植物を手にするのは難しいどころか不可能に近い。


「エルフは魔法に長け、弓の扱いが上手く、狩が得意な種族だ。森という土地さえも向こうの味方。なるべく戦闘は避けたいところだな」

「思いの外弱腰だなアバカス?」

「嬢ちゃんも王国のリズーズリ騎士団に会えば考えを変えるさ。世界中の騎士団の中で一番ゲリラ戦が上手い」


 音もなく場所を変え飛来して来る矢と魔法。森林はエルフにとっては遊び場と言っても過言ではない。それが一人でもなく群れで襲って来るとなれば、森林のような多重高層地帯でエルフの騎士達と戦うのは自殺も同じ。


「そのまま魔女を引き連れて行くのは暗闇の中で松明を手に歩いているようなもんだ。目印掲げて能天気に散歩できるか? どうだマタドール?」

「問題はない。魔力のない個体を作成し、それに意識を複製、張り付け私は同行する。であればタウバオ王国の魔女に気付かれる心配はないはず」


 学院の第八研究室が研究していた人体の作成と意識の複製技術。最近表向きに禁止項目に加えられた技術を使用すると躊躇ためらいなく口にする魔女にタオは愕然と顔を歪め、アバカスは笑った。


「ハッ! 人間の法律は魔女様には関係ありませんか?」

「違法じゃないのそれは⁉︎」

「皇帝陛下から特例として許可をいただいている。使える手は使えと、そもそも他国に潜入するのに違法も何もない」

「皇帝陛下様も親バカだな、で? つまり俺は魔法は使えない知識と頭脳だけは魔女のあんたを連れて他国に潜入しねえといけない訳か?」

「そう」


 即答する魔女にアバカスは手で顔をおおい天井を仰ぐ。これは何かの罰なのかと思わずにはいられない。魔法を使えぬ魔女など小賢こざかしいだけの足枷だ。


 捕らえられれば何をされるか、魔法が使えない以上、帝国の機密情報がマタドールからズルズルと引き出される恐れもある。それこそ最悪だ。


 アバカスは魔女と女騎士を見回し、何かを結論付けるように細長く一度息を吐く。


「……分かった、マタドールの同行はそもそも前提条件だ。必要なモノを揃えるとしよう。第一に、手数が足りねえ。チームがいる」


 武器以外に持参しなければならない解毒薬の製造に必要な道具や材料。解毒薬の製造以外では役立たずそうな魔女の子守。加えて、一般的にエルフの国の森は案内人又は蟲使いがいなければ練り歩くのも難しい。


 新米騎士と役立たずの魔女が一緒では荷が重い。魔女自身もわかっているのかうなずきながら、だが否を突き付ける。


「考えは理解できる。ただ、それでは私が貴方に依頼した意味がない」

「……依頼した意味ですか?」

「そう、アバカス=シクラメンを選んだのは力量を含めて使える人材が彼しかいないから。貴女はオマケ」

「オマケッ⁉︎」


 問題の謎を考えれば考えるほど、帝国上層部の戦力は使えなくなる。タウバオ王国ではなく、内部犯だった場合、騎士や聖歌隊員の多くがそれぞれの王子や王女の派閥にくみしており、関わりがある以上、ある意味では全員を容疑者として扱う事ができてしまう。


 そんな事に思考のリソースをマタドールは割きたくはなく、知り得る者の中で頼りになりそうな外部の人材を求めた結果アバカスに行き着き、新米で上との繋がり薄く、魔女と王室絡みの事件をうっかり解決した立役者になったおかげで騎士団内でも浮き出しているタオをアバカスを呼び出す役として選んだ。


 マタドールとしては、これ以上の不確定要素は必要ないのだ。騎士団や聖歌隊の中から選んでいいのであれば、そちらからさっさと選らんでいる。


「シャムロック姉様達から金さえ積めば貴方なら問題ないと保証もされた。それ以外に信頼できそうな者が私の知る者の中には生憎といない」

「あのやかましい楽天家からの保証とかなんの価値がある? ブルームーンに至っては何を考えてるか分からない変人だ。他の奴にしたってそう、ピニャコラーダやカミカゼに保証されたところで嬉しくもねえ」


 ただ、今ここにいない魔女に文句を言ったところでどうにもならない。魔女同士の会話というユーモアが欠如していそうな光景を思い描き頭を痛ませながら、頑固な魔女が再び口を開かぬようにアバカスは言葉を続ける。


「俺を信じると言うなら俺が選ぶ奴も信じろ。戦闘要員に一人、それと、補助要員で魔法を使える奴が一人できれば欲しい」

「例えば? 帝国にいる冒険者で貴方と同等以上の実力がある冒険者に心当たりでも?」


 そう魔女に言われてアバカスが思い浮かぶ冒険者が二、三人はいる。が、冒険者という肩書きがよくない。


 実力のある冒険者ほど自分のことを語らないものだ。実力だけなら信じられるが人柄は別。これまで何をしてきたのかは本人の心の内の中に隠されている。だからこそ、新たな疑惑を増やさぬ為に冒険者からは選ばない。


「選ぶのは俺の昔馴染みの中からだ。俺が騎士として現役だった頃、親しかった者で今も騎士団や聖歌隊にいる者は九人。王族の護衛なんかをしてる奴らを抜けば、暗殺部隊に所属しているスニフター=ベリーニ、ヌー=カーディナル=カッスル、アラレ=ブランデーフリップの三人」


 騎士や聖歌隊員であるならば、皇帝陛下が仕事を頼んだ帝国魔女の頼みは拒めない。頭の中で人選をしぼり込み、選んだカードを抜き出すようにアバカスは指を弾く。


「潜入ならアラレがいい。斥候せっこう役ならアラレ以上の手練れはいねえ」

「アラレ=ブランデーフリップ卿は今仕事で共和国に出払っているはず」


 返事をせずにアバカスはマタドールを一瞥し軽く会釈する。いないのなら仕方がないと舌を打ちつつ、想像の中に伏した二枚目のカードをアバカスはめくる。


「……なら次点でスニフだ。あいつは今帝国内にいるし問題ねえな。問題は魔法を扱える奴だ」

「どうしても必要なのか?」

「できればだ」


 エルフと一悶着あった場合に魔法が使える者がいた方がいい。エルフは差があれど大人から子供まで全員が魔法を扱える。無論争い事は望まぬところだが、時間も何も足りない以上、強硬手段を取る必要がある場合は十二分にありえる。


 誰もが魔法を扱える者達の中に誰も魔法が使えぬ集団が入り込むなど愚策も愚策。ただ、信頼できる優秀な人間の魔法使いが少ないのが問題。


 少しの間考え込み、タオは意を決して顔を上げた。


「……私に一人心当たりはいる」

「却下」

「なんでよ⁉︎」


 誰かも聞かずに否を掲げる不良冒険者に女騎士は牙を剥く。


「せめて話は最後まで聞け‼︎」

「理由が必要か? 出るだろう名前がニコラシカの嬢ちゃんだからだ。アレはなし」

「なんで⁉︎ ニコは優秀な魔法使いで頼りになる‼︎ 王女様の一大事なのよ! ニコなら力を貸してくれる‼︎」


 ニコラシカの嬢ちゃんは魔女なんだよ‼︎ という叫びをなんとか飲み込み喉の奥に押し込んで、アバカスは握った拳を震わせた。第三王女のピンチは、庶民的な騎士のタオには大事な友人の力を借りようと思うくらいには一大事らしい。


 ただ、ニコラシカを連れ出す方がよっぽど一大事。しかし、タオに魔女が教える気もない情報をアバカスが教えたとバレでもすれば、どんな魔女の怒りに触れるか、そっちも下手をすれば一大事。


 妹分への教育が行き届いているらしい大人しく話を聞き流しているマタドールに心の中で少しばかり感謝しながら、ままならぬ想いをため息としてアバカスは吐き出す。


「ニコラシカの嬢ちゃんだけはなしだ! 俺の方でも考えるが選ぶとしてももっとマシな奴を考えろ。いないならいないで四人で行く。明日の早朝に広場の噴水前に集合だ。それまでに各々準備を済ませておけよ」


 などとは言ったものの、アバカス自身に急遽用意できる魔法使いの当てなどなく、準備を終わらせ日をまたぎ、まだ陽も昇り切らぬ早朝の噴水前にアバカスが姿を見せた時には三つ……ではなく、四つの影が立っていた。


 夕焼けのような赤毛を揺らすマタドール、見慣れた微笑を浮かべるスニフター、そっぽを向くタオ。そして────。


「やっほー! アバカス君おはよう!」


 大きく手を振ってニコラシカは挨拶し、スニフターは噴き出し、アバカスは酷い頭痛に見舞われた。






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