7:外面

「邪魔するぞ。ここに来た理由を説明する必要はあるまい? いくつか聞きたい事がある。嘘偽りなく答えよ」


 高圧的とも取れる女騎士の言葉に、部屋の中の空気が少しヒリついた。治安を維持する役目も担う騎士として舐められない事は重要だが、今必要なのかは微妙なところ。タオの『若さ』が会話運びの少し邪魔をする。


 不快感を滲ませる初老の男二人を眺めてアバカスは肩をすくめ、タオの視界をさえぎるように若い男が前に出た。


「それは構いませんけど、今更? 先生を殺した犯人の目星は?」

「まだだ、それをしぼり込む為に来た」

「遅くないですか、事件発覚からもう五日も経ってるのに今更事情聴取?何をやってたんですか騎士団は?」

「それは……」


 タオの瞳が揺れ動き、アバカスへと差し向けられる。間違っても、『魔女が殺したらしいから渋ってました』などと言えるはずもない。


 助けを求める視線。時間を置けば馬鹿正直に口を開きそうな騎士よりは自分の方がマシかと、アバカスは男へと顔を向けた。


「おい兄ちゃん、あんた名前は?」

「ダルク=アンサングだ。貴方は?」

「アバカスだ。でだ、ダルク=アンサング。その質問への答えは気にすんなだ。事件発生から五日、騎士団がまごついてた理由はそっちの方が詳しいんじゃねえのか? なにせ聖歌隊員が娼館街で殺されたなんて案件だ。なぁ?」


 そうアバカスが言えば、しかめっ面の初老の男と若い女が居心地悪そうに顔を歪める。その二人の顔を脳裏に刻むアバカスの方へと、一歩ダルクは足を詰めた。分かりやすく怒りの感情を顔に描いて。


「それは先生がボランティア活動の一環で娼婦達の健診をしてたから、そこを狙われただけだ! 下衆の勘繰りをするんじゃない!」

「ボランティア活動ね、そりゃ失礼。ドランク=アグナスは随分と博愛精神に富んだ御仁のようで」

「なんなんだ貴方は!」

「それこそ、気にすんなだ兄ちゃん」


 ダルクの視線を手で払い欠伸あくびを一つ。無礼な冒険者に詰め寄ろうと動く若き魔法使いをなだめるようにタオはその肩に手を置きさえぎった。


「あの粗野で横柄な男の相手をしたくなければ此方こちらに協力してくれ。事件を解決させたければ、そちらの協力が必要不可欠だ」


 ダルクと共ににらんでくるタオの視線を続けてアバカスは手で払う。すっかりと悪者の立ち位置を手に入れた自分は放って置き、聞き込み調査などは騎士に任せたと言うように。


 帝国騎士としての身分は善良な帝国民にこそ効果を発揮する。不良冒険者と帝国騎士なら、どちらを信用するかは言わずもがな。


 聞き込みを始めるタオの背を見つめながら、アバカスはかたわらに立つニコラシカを肘で小突いた。


「おいニコラシカ、四人の為人ひととなりを教えろ。簡単でいい」

「なぜ僕に? タオが今正に聞こうとしてるのに」

「あんたに聞いた方が話が早え」

「変わらないよねぇ、そういうとこ。嫌よ嫌よも好きのうち?」


 笑いながらフチのない眼鏡を右手の中指で押し上げるニコラシカに鋭い目をアバカスは流す。


 好き嫌いは別にして使えると判断したモノは使う。そんな部分が何処どこぞの何かに瓜二つだと言外ににじませる騎士の友人に、「あんたが好き嫌いを口にするなよ」と毒づいて。


「いかにもらしく振る舞うあんたの趣味に付き合う気はねえ。俺からすればただただ気色悪い」

「不思議なことを言うよねきみも。目に見えないモノを完全にないなんてどうやって証明できる? 表情や、仕草や、声の調子、それらによって人は他人の感情を汲み取るでしょ? 必要な時に必要なモノを与える事ができたなら、それこそ中身の違いなんてどうでもよくない?」


 そんな質問に答える義理はないとアバカスは口をへの字に引き結び、小さく零されたニコラシカの笑い声が、騎士崩れの心をより逆撫でる。


 目に見えぬ感情の機微を見透かすような青い瞳と不動の灰の瞳が数瞬見つめ合い、計算でもしたような沈黙の間を作り挟んでそれ以上もったい振る事はせずに、アバカスの方へと一歩横に動き寄ると、耳元にささやくようにニコラシカは喋りだす。


 その声色のくすぐったさをアバカスが気に入らないと分かっていながら。


「ダルク君はきみの見た通り、ドランクさんを尊敬していてね。研究室の中ではドランクさんの助手かな? ドランクさん自ら引き抜いて最近この研究室に来た二人のうちの一人だよ。もう一人はあっち」

 

 そう言ってニコラシカは若い女を指差した。


「アルサ=ドレインちゃん。魔法薬学の分野で優秀な成績を収めてる。夜遅くまで研究室で研究してる真面目な子だよ。運動不足なのが最近の悩みだって」

「必要かその情報は?」


 癖のある金髪を歪めた口元と同じようにくねらせるダルクと、きっちりと櫛で梳かされた茶髪を綺麗に纏めているアルサを見比べ、アバカスは初老の男達へと目を流す。


 若い二人と違い魔法使い特有の線の細さはなく、太い腕に厚い体、顔に刻まれた深いしわ


 聖歌隊の制服の内側に僅かに見える傷跡は大戦経験者の証。


「バム=チャングさん。ドランクさんと一緒に大戦の際は軍医として参戦してた。治癒魔法の中じゃ解毒に詳しい。毒魔法に侵された一部隊を丸々救ったのが自慢だって。ダモン=ハグワスさんは解呪専門の治癒魔法使いだよ。ドランクさんとは学院時代からの同期。言葉それ自体に呪いは宿るっていうのが自論で無口で有名」


 しかめっ面がデフォルトらしいバムと、一文字に結んだ口を動かそうともしないダモンを見据え、小さくアバカスは頷いた。四人の情報を頭の中に書き連ねながら、タオ達の会話を聞き流し、研究室内を漠然と見つめる。


「仲はどうなんだ? 悪かったか?」

「そんな事ないよ? ドランクさんが推薦して来た二人は当然として、第八研究室の室長でもあったドランクさんにバムさんもダモンさんも特に不満はないみたいだったし、同じ治癒魔法の使い手でも専門が違うから多少の意見のぶつかり合いはあったみたいだけど、聖歌隊内ではよくある話」

「意見の衝突ね……どんな研究してやがったんだここで?」

「さぁ? そこまで僕は詳しく知らないかな。僕は色んな研究室で手伝いはしてるけど、直接の研究の手伝いをしてると言うより各研究室同士の意見を繋ぐ潤滑油だよ。深く関わり過ぎないのが万人と仲良くするコツさ。だからそんな使えないモノを見るような目は向けないで欲しいかな? 悲しくなっちゃう」


 などと言いながら微笑を浮かべるニコラシカにアバカスがため息を吐けば、その吐息をき止めるように目の前で硬い足音が響く。


「貴様はニコとなにをやってるんだ?」


 仁王立つ騎士が一人。自分だけ真面目に聞き込みをしている事に憤慨ふんがいしている訳でもなく、不良冒険者が友人に要らぬちょっかいを掛けているように見えなくもないが故に。欲しくはない気回しにうんざりとアバカスは肩を落とした。


「俺なりの事情聴取」

「貴様はニコまで疑っているんじゃないだろうな⁉︎」

「疑わしきはなんとやらとまでは言わねえさ。が、何が正解かも分からねえ以上は根掘り葉掘り掘り返す意外にねえだろうが。信用したきゃまずは疑うべしってな。どれ、選手交代だ嬢ちゃん。聞き込みの続きは俺がやろう。嬢ちゃんは聖歌隊の隊長にでも掛け合って四人の経歴書でも貰って来てくれ」


 そう言って手の甲で軽く肩を叩き横を通り過ぎようと動くアバカスの胸ぐらを掴んで強引にタオは引き寄せる。眼下に近付いた騎士の眉尻の吊り上がった顔を見下ろす騎士崩れを見上げ、タオは低い声を絞り出した。


「貴様の無礼な振る舞いには私も多少は目をつむる。だが、私の友人まで巻き込むな。だいたい、聖歌隊の隊長が聖歌隊員の情報をくれると思っているのか?」


 下はまだしも、騎士団と聖歌隊の上層部同士が仲がいいかと問われれば肯定するのは難しい。下手をすれば聖歌隊の不始末。騎士団に尻拭いをして欲しいと考える聖歌隊の隊長はいないだろう事くらいタオにも分かる。


 だがそれに、「思うね」とアバカスは迷わずに小声で返した。自分の事以上に、友人の為にこそ冷静な怒りを瞳の奥に灯す騎士の目から顔を逸らさずに。


「いいか? 上層部こそ、この事件に魔女アレが関わってる事は理解してんだろ。新聞の内容しか知らねえ下っ端とは違え、魔女アレの事を知らねえ奴らからすりゃ一番疑わしいのはドランクの同僚共よ。情報を渡すのを上が拒んでみろ、上への疑惑がそれこそ深まるだけだ。まず渡す。渡さねえならそれでもいいがな」


 必要な情報が不当な理由で手に入らないのであれば、欠けたピースの中にこそ何かは隠されている。聖歌隊の上層部が何かを隠すようなら、狙いを第八研究室の聖歌隊から上層部に移すだけ。


 魔女という一応の容疑者が分かっているだけで、事件の詳細は穴だらけ。まずは掘れる場所を掘って出て来たモノで穴を埋めるしかない。


「ニコラシカの嬢ちゃんも連れてっていいから、第八研究室で何の研究してんのかも上から聞き出せ。後で情報を擦り合わせるぞ」


 それだけ言い残し、胸元を掴む騎士の手を叩き落としてアバカスは四人の魔法使いへと向かい合う。


「そんな顔すんなよ魔法使い。嬢ちゃんとの楽しい語らいはお終いだ。学のない俺にも是非とも色々ご教授願いたいね」


 タオとニコラシカが部屋の外へと出て扉が閉まるのと同時、手頃な位置にある椅子を足で引き寄せ、アバカスは勢いよくそれに腰を落とす。話を聞き終えるまで動く気はないと態度で示す野蛮な男に魔法使い達の口角が大きく下がった。






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