6:第八研究室

 学院の内部は、育成機関としての施設と、研究機関としての施設に分かれている。


 学生の多くに関係があるのは育成機関の部分のみであり、今回アバカス達に関係があるのは聖歌隊の本部でもある研究機関の部分である。


 戦闘や医療、生活に関わる魔法から錬金術、多くの魔法職の者たちの専門分野ごとに研究室は分かれており、大小含めて学院内だけで研究室の数は五〇を超える。


 学院生の制服の数が減り、聖歌隊の制服であるガウンの姿が増える中、歩くアバカス達を見ないように背けられる顔。


 学院周囲の警備としてならまだしも、内部を歩く帝国騎士制服の姿に、何をしに来たか分かっていると言うように。

 

「ドランクさんは第八研究室、医療部門の研究者だったんだよ。過去の大戦の際には軍医として参加して結構活躍したそうだよ?」

「医療部門……と言うことは」

「治癒魔法の使い手か。ご立派。聖歌隊の中でも希少レアだな」


 茶化すようなアバカスの物言いにタオは冷めた視線を送り、噛み合わない二人の様子にニコラシカは微笑んだ。


 誰に対しても分けへだてなく愛想あいそを振り撒く鈴を転がしたような友人の笑い声に咳払いを返し、友人が不良な騎士崩れに興味を移す前にタオは話を進めてしまう。


「治癒魔法と言うのはアレだろう? 傷をなおす」

「果てしなく漠然とした知識だなおい。学院でなに学んでたんだ嬢ちゃんは」

「うッ、別に 騎士になるのに魔法は必修じゃないでしょ!」

「あはは、騎士と魔法使いじゃ魔力の使い方が違うからね」


 魔法使いは己が魔力を外に作用させる事に使い、騎士は己が魔力を内に作用させる事に使う。


 自分か外に向けてかの違いでしかないが、この二つは全くの別物だ。片方ならまだしも、両方が得意な者は限りなく少ない。騎士の中で魔法が使える者は片手で足りる程に。


 だからこそと言うべきか、騎士と魔法使いの違いはよく鳥と魚に例えられる。


 空は飛べても水の中を泳げぬ鳥と、水の中を泳げても空を飛べぬ魚。騎士団は鳥で聖歌隊は魚、これは部隊章のデザインにも採用されている。


 学院を卒業しているなら分かるだろうと言いたげなタオからの視線を、アバカスは雑に手で払った。


「俺は勧誘組だ。悪いね、嬢ちゃんほど学がなくて」


 そんな皮肉をまじえながら、牙を剥く女騎士の相手はせずにアバカスはニコラシカへと目を移す。


「ドランクが聖歌隊の中でも治癒魔法が専門なのは分かった。が、どの程度あつかえた? 治癒魔法にも色々あんだろ」


 治癒と一言で言っても、対象の治癒力を増すタイプだったり、己が魔力を血肉に変えて絆創膏ばんそうこうのように貼るタイプであったり、解毒、解呪、などなど。


 それに加えて、その魔法の効果にも個人によって優劣の差がある以上、同タイプの魔法使いでも隔絶かくぜつした違いが存在する。


「練度によっては殺されたのが不思議な話になる。多少の傷を自力で治せるのであれば、即死レベルの魔法攻撃を受けたってこったろ?」

「それで正解だよアバカス君。僕も検死には立ち合ったからさ、死因は体内の魔力器官、回路の暴走。つまりドランクさんは自分自身の魔力で内側から爆ぜたって事さ。間違いなく即死だよ」


 「ぼんっ!」と口にしながら掲げた右手を軽く握り開いて、『弾けた』とニコラシカは手振りで表した。


 それを無表情で見つめる騎士と冒険者の反応のなさから退屈そうに唇をとがらせるニコラシカに、アバカスはため息混じりに言葉を返す。


「そりゃ不自然な話なのか? 殺人とは世間一般で知られちゃいるが、自然にそうはならねえか?」

「ならないね。危険な薬物でも摂取してればありえるかもだけど、遺体から薬物反応は出なかったから。殺人以外を疑うなら自分で暴走させる事もできなくはないけど、それならもっと綺麗に弾けるよ。腹部から頭部に掛けてズタズタだったから、内側から魔法的な圧力を掛けられたのは間違いないね。遺体の状況だけ見たなら殺人さ。どうだい? 楽しくなってきた?」

「蹴るぞ?」

「おい⁉︎」


 右足をぶらぶら揺らすアバカスの肩をタオが鷲掴んだ。茶化すように微笑むニコラシカもニコラシカだが、目前で友人が蹴飛ばされる光景などタオも見たくはない。


「ニコもあまりふざけるな。見ろこの男の凶悪そうな顔を。冗談でもなく足を伸ばしかねん」

「こう見えて足が長くて足癖も悪くてな。しかも滑りやすいんだなこれが」

「や〜ん怖い! その時はタオに逮捕して貰うよ。ま、とにかく他殺なのはほぼほぼ確定。それとドランクさんの治癒魔法の腕だけどかなり高いよ。手足の欠損なら問題なく修復可能レベル。実際それで小さな勲章も授与されてるしね。研究室の中では一番の手練だよ」


 全く怖がる素振りも見せず、ニコラシカは淡々と言葉を並べ続ける。その豪胆ごうたんに見えるあっけらかんとした様子にタオは呆れ、アバカスは舌を打つ。


「そんな野郎が魔法で殺害ね。抵抗した痕跡こんせきは?」

「なかったよ。抵抗する暇もなかったのか、する気がなかったのかは知らないけど。どっちにしたって相手はドランクさんと同等以上の魔法使いだね」


 それこそ魔女なら問題なく可能。


 治癒魔法の使い手である魔法使いを即殺できる魔法使いなどどれ程いるか。その数が限りなく少ないのは間違いない。


「……魔力器官の暴走ね。どんな魔法使えばできるのかは知らねえが、少なくともその器官や回路に精通してる必要はあんだろつまり」

「魔法だけでなく医学にも明るい奴って言いたいんだよね? つまり」

「つまり……どういう事だ?」


 首を傾げるタオを横目に見ながらアバカスへ肩をすくめ、ニコラシカは苦笑を贈る。「つまり」と今一度口にして、特に躊躇ためらう事もなくニコラシカは言葉を続けた。


「一番怪しいのはドランクさんと同じ医療部門の研究室にいる同僚の誰か。でしょ?」

「お、おいニコっ」


 学院の中に居て研究者の誰かが殺人事件に関与している可能性があると、微笑みながら口にする友人の姿にタオは少し寒気を覚える。


 多くの研究室に助手おてつだいとして顔を出しているニコラシカには肩身の狭さなどを感じる器官が欠落しているのか、楽観的なだけなのか、タオは友人のその底なしの明るさが嫌いではないが若干苦手だ。


 逆にアバカスはニコラシカの立場になど興味はないと言わんばかりに鼻を鳴らす。


「ただそれには穴があるけど。ドランクさんの同僚達も、魔法のみならず医学にも造詣ぞうけいが深くなきゃいけない」

「違えのか?」

「ううん? 別に違くないけど」

「あんたは俺を怒らせてえのか? 本質の外周をぐるぐる回るようなその話し方をやめろ」

「えー? 会話を楽しもうよ、あはははは!」


 不意に伸ばされたアバカスの手に頭を掴まれ締め付けられるが、ニコラシカは笑うばかりで身動ぎすらしない。それを止めるどころか、痛む頭を抱えるようにタオは己が額に手を置いた。


「アバカス、気持ちは分かるがニコも悪気がある訳じゃない。ニコは優秀ではあるんだが、少しぬけているんだ。許してやってくれ」

「悪気だぁ? どうだかな? そもそもドランク=アグナスの同僚共が優秀かどうかはさて置いて、怪しい事に変わりはねえ」


 アバカスはニコラシカの頭から手を離し、形ない何かの感触でも確かめるようにその手を軽く握る。


「ドランク=アグナスが死亡していたのは娼館街でだろ。娼館街なんて用事もなく行く場所じゃねえ、それも聖歌隊の野郎が制服着たままな。ならドランクのその日の動向を知っている奴か、四六時中動きを見張ってたストーカーみてえな奴じゃなきゃ無理だ」


 新聞社に『ドランク=アグナスが殺される』なんて文面の手紙を送りつけた者がいる以上、突発的な殺人である事は考えづらい。それだけで犯人はかなり絞れる。


 少なくともドランク=アグナス自身か何かに関わりがある者。


 それを探るのが一番早い。


「ドランク=アグナスがどんな野郎で普段なにをしていたか。それを知れりゃ何かは見えてくる。第八研究室にはまだ着かねえのか? 全部で何人いる?」

「もう着くよ。この時間なら多分全員いるはずさ」


 そう言ってニコラシカは突き当たりの木扉の前まで歩くと足を止めた。扉に張り付いている長方形の金属板に刻まれた第八研究室の文字。


 ニコラシカが取手を手にし、開いた扉の隙間から這い出た、あらゆる薬草を詰め込んだような匂いに鼻腔びこうくすぐられ、タオが僅かに顔をしかめる。


 第八研究室は扉の大きさの割に中は広く、国から支給される資金などが潤沢じゅんたくであろう事は間違いなかった。ただ、部屋の大きさに反して、中に居る者の人数を数えるのには片手で足りる。


 フラスコやビーカー、人間を含めた他種族の人体模型達と並んで立つ人影が四つ。


 若い男が一人に若い女が一人、初老の男が二人。


 扉の開いた音に肩を跳ねさせるも、ニコラシカの姿を目に一瞬緊張を解き、騎士の姿を目に再び身を強張らせた。


 やって来た者達が客の類ではないと察したのだろう、顔色の悪い魔法使い達の顔を見回して、最後に部屋に入ったアバカスは扉を閉め、その扉に背を預け腕を組む。







 

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