第52話 京美人との会話




「さて、帰るか」



 次の日の放課後。まだクラスメイトがちらほら残っている教室で帰宅する準備をした晴人はそのように呟くと、荷物を持って静かに一人教室から出た。


 因みに昨日ゲームセンターで一緒に遊んだ渡は、ホームルームが終わるなりさっさと部活に行ってしまった。昨日は息抜きで陸上部の自主練は休みにしていたみたいだが、どうやら高校総体の東北ブロックの選手に選ばれる為に渡なりに努力しているようだ。わざわざ言うことではないのだろうが、身体が資本なのだから無理せずに頑張ってほしい。



「そろそろ衣替えだなぁ」



 歩きながら廊下の窓にちらりと目を向けると、茜色の空にぽつぽつと灰色の雲が浮かんでいる。現在は初夏が過ぎ6月の後半。例年より梅雨入りが遅れてじめじめした日々が続いているが、もう一ヶ月が過ぎると本格的な夏間近である。


 約一週間後になると衣替えもしなければならないので、今身に纏っている制服のブレザーや厚めのズボンとは暫しのお別れになる。母に頼んで夏服の用意をして貰おうと考えると同時に、晴人の脳裏によぎるのは最近甘えてきてくれている白雪姫の姿だった。


 まだ見てもいない夏服姿の彼女を想像してしまうのは、もうすぐ本格的な夏の到来で浮かれているのだろうか。



(まぁ、渡したい物もあるしな)



 本日は裏庭で待ち合わせをしている由紀那と一緒に帰る約束をしている。晴人はやや歩くスピードを早めながら昇降口玄関前の廊下を歩いていると、突然背後からとある人物に話し掛けられた。



「あらぁ、晴人くんやないの」

仙元せんげん先輩……! お久しぶりです」

「うふふ、ほんまやわぁ。元気にしとった?」



 にこにこと笑みを浮かべながら鈴を転がしたような声と関西特有の独特なイントネーションでそう話すのは、晴人より先輩である三年生の仙元せんげん薫子かおるこ。見た目は完璧な大和撫子で、その艶やかな黒髪を一房にまとめている美人さんである。元々京都出身なのだが、家庭の事情でこちらに引っ越してきたのを機にこの高校に進学したらしい。


 普段から他人に関心や興味を示さない晴人がどうして一学年上である彼女の名前を知っていたのかというと、去年のとある出来事がきっかけだった。



「えぇ。去年の文化祭では写真部に、特に写真部の部長である仙元先輩にはとてもお世話になりました。……先輩は、今でも写真を?」

「まぁぼちぼちなぁ。あと二月ふたつきもすると、大学受験もあるし部活は引退や。正直言えば寂しゅうなるけど……うちが手取り足取り教えた、写真好きで熱心な晴人くんが写真部に居てくれれば安心なんやけどなぁ?」

「それは……」



 優しげに、しかし少し意地悪にそう告げる彼女に思わず二の句が告げなくなってしまう晴人。


 実を言えば、去年の文化祭で写真部と一緒に写真を撮った以外に、仙元からは写真の撮り方の表現方法やコツといった技術や知識を一時期指導して貰っていた。写真部では一眼レフといった様々な種類のカメラ機材を扱っており、勿論それに関しては晴人も興味を抱いたのだが、部活は人同士のコミュニケーション能力や協調性も求められる。


 残念ながら性格柄晴人には肌が合わなかったので彼女に何度も勧誘されても写真部に入ることはなかったのだが、彼女には目を掛けて貰ったのも事実。晴人に配慮してか、あれから勧誘がなかったとはいえちょっぴり罪悪感があったのは確か。



「ふふ、揶揄い過ぎたなぁ。うちの言葉に真剣になってくれるなんて、ほんま晴人くんは可愛らしいわぁ」

「……相変わらずですね」

「これが私やもん。しゃあないから諦めて?」

「はぁ」



 ころころと笑みを浮かべる仙元だが、独学で写真を撮っていた晴人にとって部長である彼女は恩人である。揶揄い好きではあるものの、優しげで落ち着いた雰囲気のあるおっとりとした彼女のことはどこか嫌いにはなれなかった。


 しばらくここ最近の出来事など言葉を交わしていると、改めて彼女は口を開いた。



「ま、気が向いたら写真部に顔を出してえな。他の子はともかく、うちは歓迎するさかい」

「ありがとうございます」

「ほな、またな」



 手をひらひらと振りながら立ち去る仙元の背中を晴人は見送る。学年が違うので最近では中々会う機会がなかったのだが、相変わらずの飄々とした様子で何よりである。



(久しぶりに見たが、元気そうで良かった)



 写真部の部長兼エースでもあり掴みどころのない彼女だが、ああ見えて毎年開催される高校生限定のフォトアートのコンペで、見事最優秀賞を獲得している実力者だ。しかもそれは仙元が高校に入学して間もない頃———の話であるのだから大変驚きだ。


 残念ながら去年は最優秀賞に一歩届かなかったようだが、その功績を機に写真部が設立され、写真好きな生徒が集って今も尚活動が続いている事実を一般生徒は知らない。写真部発足に至るまでの経緯としてはまだまだ苦労があったらしいが、いずれにせよ彼女のその存在はとても大きい。


 きっと写真部への思い入れが深いからこその勧誘だったのだろう。しかし、先程の仙元の口ぶりから察するにどうやら晴人は他の部員からはあまり歓迎されてないようだ。



「写真部に入る気のない奴が学校中であちこち写真撮ってれば、確かに気に入らないかもしれないな」



 加えて言えば、部長である仙元に目を掛けて貰っていることも更に拍車が掛かっている原因のような気もする。おそらく晴人が写真部に入部すれば他の部員から悪感情を向けられること自体は減るのだろうが、罪悪感はあれどそもそも入部する意志がないのでどうしようもない。


 まぁ晴人が入部したとて、これまでの行動を踏まえても悪感情がきっとなくならないのが悲しいところなのだが。



「ま、俺は俺で写真に向き合うか」



 考えても堂々巡りするだけなので、気持ちを切り替えるようにして晴人はそっと息を吐く。どうやらいつの間にか身体が強張っていたらしく、ゆっくりと弛緩させた。



「…………えっ」



 さて、とスマホの時計を見ると、思わずぎょっとした表情を浮かべた晴人。由紀那との約束の時間がとっくに超えている。どうやら久しぶりに会ったとはいえ、仙元と思いのほか話し込んでしまったようだ。


 晴人は急いで玄関に行くと、慌ててロッカーの靴に履き替えながら裏庭へ向かったのだった。





















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新キャラの写真部部長、薫子ちゃんが登場です!

何かと言葉の表現が独特な京都ですが、京美人って良いですよね!

もし京都弁やその他誤字脱字、ここ間違ってるという指摘がありましたら教えて頂けると助かります。


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