第51話 ゲームセンターでの小憩
「なぁ晴人」
「んー、なんだ渡?」
「冬木さんとハグとかもうした?」
「あ?」
「いや声にドス効きすぎだし……。目付き怖ぇよ……」
親友のとんでもない発言に思わず真顔になってしまう晴人。きっと渡のことなので晴人を揶揄うつもりで言い放ったのだろう。こちらを見る渡の顔が若干表情が引き攣っているのだが、正直余計なお世話である。
あれから一ヶ月が経ち、高校で普段通りの時間を過ごしたある日の放課後。由紀那は用事があると言って帰宅してしまったので今日は写真を撮らずにこのまま帰宅しようと考えていたところ、たまたま部活が休みだった渡に誘われた晴人はゲームセンターに来ていた。室内では電子音のけたたましい音があちこちに鳴り響いており、どうやら放課後というだけあって自分らと同じように仕事帰りの社会人や学生などもちらほら遊んでいるようだ。
因みに先程まで対人格闘ゲームをプレイしていた二人だったが、勝敗は五分五分。これまでも二人で遊ぶ機会が何度かあったので渡のプレイスタイルや癖は既に把握済みなのだが、いくら晴人の観察力が優れているとはいえこうした対人格闘ゲームの読み合いにはたった一秒間の直感力や判断力も大事になる。誰の軍配が上がった、という訳ではないが、この結果を見る限りそれらは渡の方が優れているのだろう。
現在は目と集中力を酷使してしまったので、休憩がてら近くのベンチで二人並んで缶ジュースを飲んでいた。
「お前が突拍子もないことを言うからだろ」
「そうか? 俺としては二人が付き合ってないことの方が不思議なんだが」
「不思議でもなんでもないだろ。由紀那と話すようになってからまだ三ヶ月も経ってないんだ。だから、そういうのはまだいい」
「時間なんて関係ないんだがなぁ」
渡はそう言って手元のオレンジジュースを一口飲むが、仮に由紀那と付き合えたとしても流石に時期尚早ではないだろうか。
確かに晴人が由紀那と話すようになった日こそ浅いが、それからというもの彼女と一緒にいる機会も増えたし心の距離も少しずつ縮めてくれている。高校で仲睦まじく会話したり昼食を一緒に食べたりなどはまだまだハードルが高いようだが、由紀那なりに甘えてくれているのは大変嬉しい。最近では手を繋ぐ回数が多くなったり、休日関係なく就寝する前に通話したり何気ないメールのやりとりをしたりなどが挙げられる。
(わかってる。これは俺の勇気の問題だ)
だが前回の勉強会を経てからというもの、晴人はふと思うのだ。もしや自分は、君の隣にふさわしくないのでは。自分は果たして、本当に彼女の力になれているのだろうかと。勉強会のときは些細な問題だと目を逸らしてそれ以上考えることはしなかったが、彼女と親しくなるにつれてそんな想いの輪郭がはっきりしてきた。
何度も言うが、由紀那が甘えてくる度晴人の心が温かくなるのは間違いない。だがそれと同時に他人に興味のない晴人が自身の存在意義に悩んでしまうとはなんという皮肉だろうか。
晴人は缶ジュースのサイダーを一気に|呷あおる。勢い良く喉に流し込んだ所為か、中で弾けるちくちくとした炭酸が無性に心地良かった。
すると、隣にいた渡がふと言葉を紡いだ。
「なぁ晴人、前の勉強会のこと覚えてるか?」
「勿論覚えてるけど」
「白雪姫———冬木さんとちゃんと話したのはあれが初めてだったが、二人はお揃いだなって俺は心の底から思ったんだぜ?」
渡はそのまま言葉を続ける。
「そりゃ俺は晴人ほど感情の機微に鋭くはないし、観察力も高い訳じゃない。だけど、お前気付いてるか?」
「……何がだよ?」
「無表情で感情が読み取りにくいお姫様で有名なあの子が、お前の隣にいるとすっごく楽しそうなんだよ」
「…………!」
「勿論、未だ俺には冬木さんが何を考えているのかさっぱりわからないし、相変わらず無表情に見えるぜ? まぁ実は人見知りだったってのには驚いたが……。だが、なんていうかな。雰囲気、っつーの? 普段高校で見掛けると冷たく見える彼女がお前と一緒だと、嬉しそうに見えたんだ」
渡は一拍あけると、次のように呟いた。
「それはきっと、晴人だからこそなんだろうな」
そのように話す渡の表情は柔らかい。渡は普段こそおちゃらけたりしているが、思っていないことは絶対に言わない男だ。そんな渡の言葉に、自意識過剰ではないことにどこか安堵している自分がいて。
「だから、もっと自信をもてよ。男は胸張ってなんぼだろ」
「……渡の癖に生意気」
「ま、頑張りたまえ。恋愛初心者くん?」
「調子に乗んな」
気恥ずかしく感じた晴人は、自分の足で隣にいる渡の足元を軽く小突くと僅かに笑みを浮かべながら逆に小突き返された。どこか晴人の不安を見透かされたような気がしないでもないが、そこはまぁ先達者ということで落ち着こう。
休憩もそこそこにジュースを飲み終えた二人は、再びゲームセンターでの遊びを再開したのだった。
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