第29話 白雪姫へのメッセージ
「ふぅ、だいたいこれくらいで良いだろ」
教科書とノートを机に広げてほぼ一日中勉強していた晴人は、息を吐きながらぐっと身体を伸ばす。小休止を挟みつつ課題やテスト勉強を進めていたのだが、暫く教科書とにらめっこしていたのでだいぶ疲労感が蓄積していた。
ちらりと時計を見ると、針は夕方の5時を過ぎていた。
午前10時辺りから勉強を開始したので、休憩時間を除いたとしても合計約5時間以上勉強していることになる。そのおかげか学校から出された課題は全て終わったし、5月中旬にある中間テストの復習はおおよそ完了したと言っても良いだろう。
まぁテスト勉強はいくらしても損をする事は無いので、これからも継続していく予定だが。
さて、元々集中力があり適度な休息を挟んでひたすら一日中勉強をしていた晴人。流石に休日と云えど、いつもならば絶対にしないそれをするのは、とある理由があった。
「……どうしよう。連絡先を交換してからというものの、一度も連絡してねぇ」
近くに置いていたスマホを手に取った晴人は悩ましげに溜息をつく。
ゴールデンウィークも残り二日。大型連休初日から中盤にかけては、晴人は主に学校から出された課題をこなしつつ外へ出掛けてスマホで写真を撮影したり、隣町などで有名撮影スポットが新しく出来ていないかなどを調べる為に伸び伸びとネットサーフィンしていた。
途中何度か渡から遊びに誘われた事もあったが、折角の大型連休なのだ。こんな冴えない陰キャに声を掛けてくれるのはありがたいのだが、晴人としては家族、そして彼女さんに是非とも時間を割いて欲しかったので丁重にお断りした。
(……実を言えば、冬木さんからいつどんな時に連絡が来てもすぐさま返信出来るようにしておきたかったっていうのが本音なんだよな)
微々たる申し訳なさを渡に感じながらも、晴人は胸の内で思いを吐露する。
なにせ、ご家族以外であの白雪姫の連絡先を手に入れたのだ。
晴人なりにまぁまぁ充実した日々を過ごしていたと云えど、美少女である冬木さんからの連絡を期待していなかったというと嘘になる。
というのも、彼女はこのゴールデンウィーク中は基本的に全日デ・ネーヴェを手伝うそうなのだ。客の出入りが激しい飲食店。明らかに忙しいであろう中こちらから連絡するのはとても気が引けるし、きっと迷惑だろう。
ふと仕事が終わった後に連絡したらよいのではとも考えたのだが、働いた後となると心身ともに疲れているに違いない。
むしろそんな冬木さんに余計な気を遣わせてしまう可能性もあったので、晴人としては冬木さんにとって都合の良い時間に連絡が来る事を大人しく待つしかなかった。
しかし、しかしだ。些かハードルは高いが、勇気を出してこちらから連絡した方が良いと
「だとしたら電話が良いのか……? それとも文章の方が良いのか……?」
未だ何の反応も無いスマホの画面をぼんやりと見つめながら晴人はそっと呟く。
そもそも冬木さんへ連絡するのが初めてでは無かったらこんなに悩むことは無かったのだ。冬木さんと連絡先を交換した日の夜にでも通話なりメッセージなりを送っていれば良かったのだが、どうすればいいかベッドの上で寝そべりながら考えている内に気が付けばぐっすりと寝てしまっていた。
そうして趣味を充実させる一方、彼女と話す内容を考えたり迷惑じゃないかと悶々とした日々を過ごし、今に至る。何に対しても期間が空くごとにタイミング的に言いづらくなるのはよくあることだが、今回はまさにそれだ。
いずれにせよ、考えに考え抜いて、晴人がようやく導き出した結論は後者だった。
「……よし、メッセージの文章を送るか。その方が目に触れやすいし、電話みたいにいきなり驚かせることも無くいつでも好きなタイミングで返信出来るしな」
ふぅ、と晴人は安堵したように短く息を吐くが、まだ関門は残っている。
「となると、冬木さんにはなんて文章を送ったら良いだろうか」
晴人は視線を彷徨わせながら腕を組んで首を傾げる。
現在はすっかり夕暮れ時なので、挨拶としては『おはよう』や『こんにちは』ではなく『こんばんは』だろう。初めてメッセージを送るので相手が誰だかすぐ分かるように名前も言うべきか。
言葉遣いに関してだが、敬語というのも少し堅苦しい。かといって感情を表す為に『!』、『(笑)』などと文章の最後に付けるのは
元々使うつもりは無かったが、絵文字やそういった記号などは控えるように念頭に置いた方が良いみたいだ。
晴人はうんうんと唸りながら頭を悩ませる。
「はぁ、渡に送るときは簡単なのにな……。冬木さんだとどうしてこうスムーズにいかないんだろうか」
まさか文章の内容を考える前に、言葉遣いでここまで悩むことになるとは思わなかった晴人。弱弱しくてどこか情けなさを感じる声に、自分ながら深く溜息が出た。
暫くスマホとにらめっこをするが、このままでは埒が明かない。
「……よし、敬語とまではいかないが、柔らかい感じで良いだろ」
やっとこさ一歩を踏み出した晴人だったが、次は文章の内容である。
ひとまずトークアプリを開こうと、指で素早くスマホのロックを解除。そしてアプリを起動すると、冬木さんの名前をタッチしてトーク画面を立ち上げた。
「『冬木さん、こんばんは。風宮晴人だよ。いきなり連絡してごめんね。通話しようか悩んだけど文章で送ることにしちゃった。きっと今日は忙しかったよね。ゆっくり休んで下さい。少し早いけどおやすみ、冬木さ』……」
途中でフリーズ。咄嗟に文章をすべて削除すると、思わず晴人はスマホを放り出して頭を抱えた。
「いや誰だこれ!? 俺なんだろうけど誰だコイツ!?」
悩んだ末文章を柔らかくしてみた晴人だったが、晴人なのに晴人ではない文章が出来上がってしまった。今思い出しても言いようもない
「ダメだ、冬木さんは俺の人物像を知ってる訳だから、いくら柔らかくしようとしても気持ち悪い感じになるに決まってる……! ここは普段の口調で……!」
スマホを手に取ると、再び文章を打ち込んでいく。
「『冬木さん、こんばんは。風宮晴人だ。いきなり連絡してすまん。通話か文章か悩んだが、いきなり電話するのも失礼だと思ったから、結局文章を送ることにした。今日はきっと忙しかったよな。ゆっくり休んでくれ、おやすみ冬木さ』……」
再びフリーズ。またもや文章を全て削除すると、ギュッと目を閉じて勢いよく顔を上げた。
「いやぶっきらぼう! そして馴れ馴れしいっ!!」
普段の言動を文章にしてみたら、思いの外素っ気ない口調で冬木さんと会話していたことへ僅かに衝撃を受ける晴人。
よくよく思い返してみれば初めて会話した時から無愛想な態度と口調だったので今更なのだが、こうして文章にしてみるとなんだかきざったらしくて恥ずかしい。
今度彼女と会って会話する際は気を付けようと反省する。
「となると、残りは敬語しかないか……?」
言葉遣いで残された選択肢は敬語くらいだろう。
流石に全文敬語では堅苦しすぎるので、柔らかい文章を織り交ぜようという考えが一瞬だけ思い浮かぶが、すぐさま却下。
変な文章が出来るよりは敬語のほうがマシである。そう思い立った晴人は早速文章を打ち込んでいく。
「『冬木由紀那さん、こんばんは。風宮晴人です。突然の連絡申し訳ありません。本日はお日柄も良』……」
今度は早い段階で文字を打つ手を止めると、晴人は大きく溜息をついた。そして再びぽちぽちと削除していく。
「やっぱり固いし……。もう夕方だし……」
割り切って敬語で文章を打ち込んでみた晴人だったが、やはり何か違うと再認識。上手く文章を思いつけない自分の不甲斐なさに、思わず肩を
別に彼女を遊びに誘いたい訳ではないのだ。確かにゴールデンウィーク前こそまた一緒にお出掛けが出来たら良いなぁと期待していたのだが、デ・ネーヴェを手伝う以上、当然空いた時間くらいは十分な休息が必要な訳で。
そう、ただ晴人は『身体に気を付けて』と冬木さんを気遣うメッセージを送りたかっただけなのだ。
(そっか……そうだよな…………)
言葉遣いと挨拶から結末までの文章構成に気をとられてこれまで長ったらしい文章を打ち込んでいた晴人だったが、重要なのはそこじゃないと顔を上げる。
そして落ち着かせるようにゆっくりと息を吐くと、再びスマホに視線を向けて文字を打ち込んでいった。
簡潔に。気持ちを込めて。
『冬木さん、お仕事お疲れさま。絶対に無理だけはしないでくれ』
間もなく打ち終えて深呼吸すると、送信ボタンを丁寧に押す。
冬木さんとのトーク画面に先程打ち込んだ文章が表示されるのを確認すると、晴人はそっとその画面を閉じた。
緊張感から解放されたからだろうか、心なしか身体や気分が軽い。深く悩んだほろ苦い余韻が残りつつ、程よい安堵感というべきか。
とにかく無事にメッセージを送信出来た。きっと今も彼女はデ・ネーヴェで一生懸命に働いている頃だろう。
気長に返信を待とうと、晴人はスマホを机に置いて身体をぐっと伸ばしたのだが、そのとき突然スマホから着信とバイブ音が鳴った。
思わず肩をビクリと震わせるも、慌ててスマホに視線を向けると思わず目を見開く。
『冬木 由紀那』
その画面に表示されている名前は冬木さんのものだった。
もしかして文章が気持ち悪かったか、という考えが一瞬だけ頭を過ぎるも、何もおかしいところは無かった筈だ。まさか人見知りである冬木さんから電話が掛かってくるとは思わないので、こちらとしては戸惑いを隠せない。
いずれにせよ、このまま通話に出ない訳にはいかないだろう。
晴人は震える手でスマホを持つと、恐る恐る通話ボタンを押してそっと耳に充てる。
「……も、もしもし?」
『もっ……しもし。冬木由紀那、です。メッセージ、拝見したわ。…………すごーく、嬉しい』
電話越しに聴く冬木さんの声は新鮮で、どこか喜色が込められているような気がした。
声質は普段と変わらない。だがいつもと違って耳元で彼女の声が聞こえるせいか、言葉の節々にやや緊張が走っているのが分かってしまう。冬木さんもか、と思うと、それがなんだか微笑ましくて。
「……今、電話して大丈夫なのか?」
『えぇ、もうお客様もお帰りになったから、今日は早めに閉店しようってパパとママが。今さっき、帳簿を付け始めたところよ』
「そ、そうだったのか。ごめん、手間掛けさせて」
『ううん。忙しかった分のんびりする予定だったし、それに……私も、ちょうど風宮くんの声が聞きたかったから』
どうやらメッセージを送るタイミングが良かったらしい。
悩みに悩んだ決断だったが、そう言って貰えて照れてしまう反面とても嬉しい。
きっと今の顔は誰にも見せられない程真っ赤に違いないだろう。彼女に見られることが無くて良かった、と晴人は心底安堵する。
それはともかく、声を聴きたかったのはこちらも同じな訳で。
「そ、そっか……っ。その、お、俺もだ……」
「っ。……そ、う。……あのね、風宮くん」
「ん、なんだ?」
「急なお願いなのだけれど、良いかしら?」
「あ、あぁ。俺に出来ることなら」
もし予定が無ければなのだけれど、と前置きを述べると、冬木さんは次のような言葉を口にした。
「―――明日、私の家にこない?」
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お久しぶりです~!(/・ω・)/
ちょっと現実が忙しくて約一か月ぶりの更新です。これからも細々と更新して参りますので、どうぞお付き合いくださいませ~。
ではでは~!
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