第30話 デ・ネーヴェでの遭遇




(つ、ついにこの日がきてしまった……)



 現在正午過ぎ。白雪姫が働いているであろうデ・ネーヴェの前で菓子の包みを持ってしばらく佇んでいた晴人は、緊張した心を落ち着かせる為にゆっくりと深呼吸する。



「まさか、冬木さんから家に誘われるだなんて思わねぇよ……」



 思い返すのは昨日の通話の内容。初めて文章でのメッセージを送った上に通話もしたのでとても緊張していたのだが、まさか唐突に冬木さんから自宅へ招待されるとは思っていなかった。


 彼女からの思いがけないお誘いに対し、戸惑いから一瞬だけ固まる晴人。すぐさま詳細を訊ねようと平常心を保とうとしたが、動揺してしまい咄嗟に二の句が継げられなくなったのは仕方ない事だろう。


 きっとそんな晴人の困惑が電話越しに伝わったのだろう、彼女はどこか慌てたように次のように告げたのだった。



『ち、違うの。理由もなく突然男の子をお家に誘うだなんて私そんな破廉恥な人間じゃないわ。これまで同年代の友達なんていなかったからお家に招待なんて出来なかったし、そもそも人見知りで緊張しいだし、こうして勇気を出して伝えるのだって風宮くんが初めてなのよ? ……それもこれもママの所為だわ。ママったら、私が機嫌よくスマホを見てるとすぐその理由を訊いてくるんだもの。風宮くんと連絡先交換をしたって渋々言うと、どんどん追及されて挙句の果てには"連休中に家に連れてきなさい"って……』



 何故自宅に誘ったのか、釈明するかのようにやや早口でそう語った冬木さんだが、最後の方では彼女らしからぬ語気が見え隠れしていた。


 通話なので表情が見えないし抑揚も無いので感情が分かりにくかったが、どうやら事の顛末を詳しく訊く限り冬木さんが晴人を家に誘った理由は、最近嬉しそうな表情を浮かべているのが母親に見破られてしまい、とうとう観念した冬木さんが異性(晴人)と連絡先を交換した旨を白状すると、連れてこいと言われたのが真相のようだ。



「大切に育ててきた娘がどこの馬の骨とも知れない奴と仲良くしてるのかなんて、そりゃ気になって当然だよな」



 表情に難はあれど、冬木さんは白雪姫と呼ばれる程の美少女で晴人はただの写真撮影好きな冴えない陰キャ。


 冬木さんの母親がどういった人物かまだ分からないが、冬木さんの話を聞く限り互いの関係は良好で、母親自体は気さくな性格だという。

 実際に会った事が無いので、晴人としては冬木さんママの容姿や性格は想像するしかないのだが、いずれにせよこれから対面することを考えると緊張と不安でいっぱいだった。



「ある程度事情は説明したわって冬木さんは言ってたが、どう伝えたんだろうか……」



 きっと彼女のことだから友達と説明しているのだろうが、最悪娘の容姿にたかる害虫という印象を持たれていると覚悟しておいた方が良いだろう。

 決して精神衛生上宜しくはないのだが、そのように考えていた方がダメージは少ない。


 それに、と晴人はもう一つ懸念することがあった。


 以前晴人は風邪を引いた際に冬木さんを遅く帰宅させてしまった。夜の九時とはいえ、そんな時間まで男一人だけがいる場所に長らく滞在させてしまった件や、こちらの事情でコンビニまで車で迎えに来て頂いた事など深く謝罪しなければならないだろう。



(……あれ、もしかして俺って冬木さんのお母さんにとっては印象最悪じゃね?)



 冷や汗をきながら思わず頭を抱えていると、突然背後から声が掛かった。



「―――あのぉ、どうかしましたー?」

「っ!?」



 驚いて振り向くと、茶色の長髪を揺らしながらこてんと首を傾げている綺麗な女性が立っていた。その肩にはベージュ色のトートバッグが提げられている。


 おっとりとした表情に間延びした口調。どこか既視感のあるその特徴に疑問を覚えながらもその女性は言葉を続ける。



「只今ランチタイム中ですので、宜しければ~…………あら~?」

「貴方は……」



 こてん、と首を傾げる彼女だったが、きっと彼女も俺と同じ既視感を抱いているのだろう。どこかで会った事があるだろうかと、じっと彼女の表情を見つめていると、案外その答えはすぐに導けた。



「あの時の店員さん……?」

「あら、あらあらあら~! もしかしてあの時の少年くんかしら~? お久しぶりです~」

「あ、どうも、お久しぶりです……」



 私服姿だったので最初は分からなかったが、どうやらこの女性は以前デ・ネーヴェを訪れた際に席まで案内してくれた店員さんのようだった。

 ぽわぽわと柔和な笑みを浮かべた彼女がぺこりとお辞儀をしたので、思わず晴人もお辞儀で返してしまう。


 咄嗟に反応してしまったが、おそらく彼女自身の雰囲気がそうさせたに違いない。年上のお姉さん感、というとなんだか使い古された表現のような気もしなくないが、現に良い意味で気の抜ける、落ち着く雰囲気なのだからしょうがない。


 もしくは、愛嬌というやつだろうか。


 彼女はそのまま間延びした話し方で言葉を続けた。



「あ、自己紹介が遅れちゃったね~。私、海老原えびはら つくしって言います~。県内の大学に通う大学2年生で、デ・ネーヴェでは週に3~4回働いてるんだ~」

「そ、そうなんですか。俺は風宮晴人と言います。ここのデ・ネーヴェで働いてる冬木さんの………………友達、です」

「あら~、ゆきちゃんのお友達~!? そっかそっか~、だから最近……ふんふん」

「あ、あの、なにか……?」

「ううん、なんでもないよ~」

「?」



 彼女は初めこそ驚いた表情をしていたが、急にニマニマと笑みを深める。そんな海老原さんの様子を見て、晴人はそっと首を傾げながらも内心で感嘆の息を漏らしていた。



(おー、大学生ともなると大人っぽいな……。接し方もフレンドリーだし、可愛い容姿も相まって、きっと大学では人気なんだろうな)



 前回海老原さんに席まで案内された時にはあまり気にしなかったが、彼女はとても整った容姿をしている。


 おっとりとした雰囲気を醸し出す可愛い美少女と表現するべきか。あの時はポニーテール姿なのに対し現在髪を下しているのは、きっと仕事とプライベートで髪型を分けているのだろう。


 そして服装は白のブラウスに水色のフレアスカートという、大人な雰囲気を魅せつつも春らしい爽やかなイメージを印象付けるコーデだ。

 健康的な肌色が覗く首元にはネックレスが身に付けられている。晴人と同じ身長程だが手足もすらりとしているので容姿や雰囲気、性格を含めてとても似合っていた。


 海老原さんと言葉を交わした回数は少ないが、マイペースというか結構親しみやすい性格をしている。明るく感情豊かな彼女のことだ、きっと店内の雰囲気づくりに貢献しているに違いない。


 晴人がそうやって見つめていると、彼女は少しだけ考え込むようにそっと人差し指を顎にあてた。



「ふんふん、それじゃあお名前が晴人くんだから……うん、はーちゃんだね~。けって~い!」

「は、はーちゃん!?」



 訂正しよう。海老原さんはマイペースで親しみやすく、どうやら少々強引な性格らしい。流れについて行けず思わず驚きの声を上げる晴人だったが、彼女は心配そうな表情でそのまま話を続けた。



「それと、なんだか大変だったみたいだね~。あの後すぐ店長にお使い頼まれたから後でその状況を聞いたんだけど、もうびっくりしちゃったよ~。大丈夫だった~?」

「はい、すぐに冬木さんがやってきて対応してくれたので……」

「それは良かった~。そういえば、はーちゃんは今日ゆきちゃんに会いに来たの~? それともお食事~?」

「あ、まぁ、近からずも遠からずというか……」

「そっかそっか~、私は講義が午前中までだったからこれからお仕事なんだ~」

「そ、そうですか。大変ですね……」

「うん。でも頑張るよ~」



 ふんす、と胸の前で握りこぶしを作ってみせる彼女だったが、ほんわかした雰囲気の所為で見ている晴人も力が抜けそうになるのは、やはり愛嬌なのだろう。


 年上なのだが、思わず微笑ましげな視線で海老原さんを見つめていると、彼女は急にはっとした様子で口を開いた。



「あ、ごめんね~。長々と立ち話させちゃって~。ささ、中へどうぞ~」

「あ、ありがとうございます」



 海老原さんは木製の扉に手を掛けると、ゆっくりと開けた。


 

(さて、冬木さんのお母さんはどんな人なんだろうか……?)



 海老原さんに遭遇するというハプニングがあったものの、彼女と会話して緊張と不安が少しだけ減っている気がした。


 晴人は身体をほぐすように浅く深呼吸すると、覚悟を決めながら店内に向けて足を踏み出したのだった。


















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久しぶりの更新です(/・ω・)/


次回、冬木さんのお母さんと対面します!

デュ○ル・スタンバイ!

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