第13話 偽教師と真昼の怪奇譚


「そうですか、中学校の社会科の先生……なかなか大変ですね。難しい年ごろの子を毎日相手になさって、しかも指導と授業の仕事を両方しなければならないなんて」


 焦げ目のついた食材をとんぐで器用にひっくり返しながら、博がいった。


「そうですね。正直、辞めてしまいたいと思うこともしょっちゅうです。ただ生徒が調子を崩したりすると、そんなことは言っていられなくなりますから」


 俺の架空の教師生活に博はうんうんと相槌を打った。相手に合わせるのが習い性になっている人物だなと俺は思った。


「君はどうだったんだい?難しい子がいるっていう話はあまり聞いたことがなかったけど」


「私はそういう子に悩まされる前に辞めてしまったから……」


 不意に話を振られ、希は口調に戸惑いをにじませながら答えた。


「今時は先生の方にもカウンセリングが必要なのかもしれませんね」


 俺がいかにも現場の人間っぽいぼやきを口にした、その時だった。ふいに少し前のポップスがどこからか聞こえ、博が慌てて携帯を取り出すのが見えた。


「ああ、私だ……えっ?急な発作?参ったな、今日の担当は誰だ?」


 博がやり取りを交わしているのは、どうやら仕事の関係者らしかった。


「……すみません、職場がらみの連絡です。まったく休日でもこうですから」


 博は携帯から顔を離すと、すまなそうに頭を下げた。


「警察官とお医者さんは休日でも気が抜けませんね」


 ほのかが俺を横目で見ながら言った。まったく余計なお世話だ。かなり込みいった要件なのか、博は俺たちに「しばらく外します」というと、少し離れた場所に去っていった。


「そういえばさっきの、「もし不安定な子がいたら」って話ですけど」


 ほのかが金網の上の焦げを片付けながら言った。


「私が実習に行った中学で不吉な噂を仕入れるのが好きな子がいて、いきなり私に「先生、ちょっと前に死にたい子たちの間で噂になったサイトがあったの知ってる?」って聞いてきたんです」


 俺は「始まったな」と思った。作り話に希が反応するかどうかを見たいのだろう。


「そんなサイトがあるんですか、怖いですね」


 露骨なほのめかしに対して希が見せたのは、ごく一般的な反応だった。


「登録者は吸血鬼に命を預けるっていう触れ込みの『ヴァンパイア・ピロー』っていうサイトだったようです」


「吸血鬼……」


「その噂なら、僕も聞いたことがありますよ」


 俺が横から加わると、ほのかが一瞬、ぎょっとしたようにこちらを見た。


「昔、担任していたクラスにその『ヴァンパイア・ピロー』に登録してたとかいう生徒がいましてね。ある時急に体調を崩して登校できなくなってしまったんです。結局、転校してしまったんですが、その後、別の生徒からその子が吸血鬼に襲われたとか、殺人鬼になったとか無責任な噂をさんざん聞かされました」


「はあ……若い子ってそういう世界に行きがちなんでしょうか」


「まあ、尾ひれをつけて話すのが好きなんでしょうね。いずれにせよ、単なる噂ですよ」


 ほのかの話に乗っかる形で希に鎌をかけた俺は、密かに相手の反応をうかがった。


 希は心持ち青ざめた顔をしていたが、俺たちの話に動揺している様子は見られなかった。


「やあすみません、急に席を外してしまって」


 話題のせいかどんよりした空気が漂い始めた俺たちの元に、通話を終えたらしい博が戻ってきた。


「さて、それじゃあ気を取り直して乾杯でもしますか」


 俺はあえて朗らかな調子で言うと、飲料の入った袋を調理台の上に置いた。


「私、今日はノンアルコールにしようと思ってたけど、やっぱり飲もうっと」


 場の空気を盛り上げようということなのか、ほのかがいつになくはじけた調子で言った。



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