第14話 仲介者は昏き夢を語る


 ほのかから興味深いメールが届いたのは、野外パーティーから四日後のことだった。


「相談に乗って欲しいって言われて話を聞いたら、いきなり『ヴァンパイア・ピロー』の名前が出てきたの」


「やはり知っていたのか。……で?」


「現役時代に生徒から噂を聞いて、興味本位で覗いてみたそうよ。それで、『コーディネイター』と話をしているうちに昔の悩みが甦ってきて、気がついたら……」


「登録していたって言うんだな。……で、それが相談とどうつながるんだ?」


「はっきりとは言わなかったけど、その時に交わした約束が、反故にされないまま生きてるんじゃないかって悩んでるみたい」


「つまり、一時の迷いで自分の殺害を依頼したものの、キャンセルできずに怯えている……そういうことか」


「要約すればそういうことになるかな。……それで、最後にこんなことを言ってたの。「木羽さんにも同じ話を聞いてもらいたい」って」


「俺に?」


 俺は思わず沈黙した。本当に悩んでいるのか、あるいは罠か。


「で、なんて答えたんだい」


「面倒見のいい人だし、多分聞いてくれるんじゃないかなって。……まずかった?」


 ほのかの先走った判断に、俺は苦言を呈したものか一瞬、考え込んだ。……だが。


「彼女は君からの返信を待っている状態……そうだな?」


「ええ。一応、聞いてみるわねって言ったのが昨日よ。どうする?「お断り」する?」


 俺は希の顔を思い描いた後、携帯に向かっておもむろに口を開いた。


「……会うと伝えてくれ。期待に添えるかどうかはわからないが、話を聞くと」


                ※


 希が待ち合わせ場所に指定してきたのは、アミューズメントビルのゲームフロアだった。


 バーベキューの時と同様、なるべくやさぐれ感が出ないようこざっぱりした装いで出向くと、クレーンゲームと格闘していた望みが上気した顔をこちらに向けた。


「あっ、もういらっしゃってたんですか。つい夢中になっちゃって……お恥ずかしい」


 希は悪戯を見つかった子供のように苦笑すると、併設されているファストフード店に俺を誘った。このビルは俺も昔、暇つぶしにしょっちゅう足を運んだ馴染みの場所だった。


「実はこの前は言えずじまいだったんですが、ほのかさんが言っていた『ヴァンパイア・ピロー』、私も登録者だったんです」


「お話の一部は聞いています。私に相談したいことがあるとか」


「ええ。木羽さんなら、聞いてくれる気がして……」


「それはどうでしょう。買い被られていないといいのですが」


 俺が小心な人物を装うと希は結婚前、まだ教師だったころのことを語り始めた。


                  ※


「私がここによく来てたのは教師だった四、五年前のことです。その頃私には、仕事が立て込んで来るとここの映画館で映画を見て、ゲームセンターで運試しをするという習慣がありました。そしてある晩、ゲームフロアで私のクラスの生徒と顔を合わせたのです」


「晩ってことは遅い時間帯ですよね。あまり素行のよくない生徒だったってことですか」


「そこまでは行きませんが、ご両親が不和で家庭に居場所がない子でした。私は彼女の話を聞いているうち、指導する立場であることを忘れて共感するようになっていきました。教師としては失格でしょうが、しばしば一緒にゲームに興じる間柄になったのです」


「ひょっとすると『ヴァンパイア・ピロー』の話も……」


 少し性急かなと思いつつ俺が水を向けると、希はあっさり「そうです」と答えた。


「たぶん、本気で殺して欲しいなどとは思っていなかったのでしょうが、「吸血鬼に襲われて殺人衝動に目覚めた『顔なし女』にナイフで一突きにされる」という物語に二人で興奮を覚えたことは覚えています。彼女はその後、学校を中退してしまいましたが、その少し前にここである方を私に紹介してくれたんです」


「ある方、というとまさか……」


「ええ。コーディネイター』です」


「『コーディネイター』……」


 俺は希があっけらかんと口にした事実に、戦慄した。もう黒幕はすぐそこではないか。


「ある晩、私がここでいつものようにゲームをしていたら、彼女が若い男性と一緒に現れたんです。その方が『コーディネイター』でした。彼は『顔なし女』の手際がいかに美しいか、吸血鬼の住む国がいかに安らぎに満ちているかを私たちに語ってくれました。その頃、親しくしていた男性に別れを告げられたばかりの私は、誘われるままに『コーディネイター』と契約を交わしてしまったのです」


「じゃあ、今でも……」


 俺が核心に切り込むと、希は困惑したように眉を寄せた。


「実は『コーディネイター』と契約を交わした後で今の主人と知り合い、すぐに『コーディネイター』に契約を無効にして欲しいとメールしたのです。しかし返信はなく、つい数日前まで心の中で怯えながら放置していたのです」


「数日前まで?というと……」


「野外パーティーの後、思い立って久しぶりにメールしたら、『コーディネイター』から返事が来たんです。しかも、「正式に契約を破棄したいなら、じかに会う必要がある」って書いてあって……それで会う約束をしたんです」


 俺は思わず「本当ですか?」と返していた。事態が急展開したことに頭がついていかなかったのだ。


「ええ、本当です。場所はこの建物にある映画館で、時刻は……」


 希はそこでいったん、言葉を切ると時計に目をやった。


「――今から三十分後です」


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