決戦

 「つまり魔法という物は我々に与えられた唯一の多大な力であり、人間と言う一種の繁栄のための手段なのだ!――」

マルセイが壇上に立ち、魔法の重要性について熱弁している。歓声を上げる人々もいるが、内容を果たして理解できているかは謎だし、恐らく盛り上げたい人たちが殆んどだと思う。


「つまり私たちは神によって生かされ、神の作った自然の中で生きている。それを無下にする自然の摂理に反した魔法は、果たして許される物なのか?私はそれを神に対する反逆だと見なしました――」

その後、後攻として神父は神について説き、魔法がいかに無駄なものかを雄弁に説明した。これもまた同じく歓声を上げる者が居たが、大方信者たちと、こういう状況が好きな物好きの人だけだろう。お互いの主張が終わり、今度はマルセイと神父が討論をするようだった。時刻は昼を過ぎ、暇な人が沢山寄ってくる頃だ。


「まず貴方の神というものは何故魔法を生み出したんだ。自然の摂理に反する物を創る意味が分からない」

「貴方は勘違いをしている。魔法は神が創りたもうた物ではない。人間が創り出したのだ。人々が力に溺れ、権力を誇示する為だけに創られた物だ――」

日照りはさんさんと私たちを照りつけ、また状況も状況なのでより暑く、特に蒸し暑い。観客は議論に熱中しているかと言うと、さほどそうでもなかった。そもそも議論も横ばいにしか進まず、どうにも終わる気配や決定的な発言が出ない。時間が経つに連れて意識はもうろうとし、暑すぎて倒れそうになる。だけど、一応関係してしまったのだから、最後まで責任を持つのが道理という物だろう。他の魔道師の人たちと一緒に、マルセイの発言に賛成の意を込めた声援を送る。すると興味がない他の人も流れに乗って歓声をあげてくれたり、相手にがやを入れてくれた。議論というのは、いかに正しい事を言うかではない。いかに共感させるかだ。と改めて思う。


 きっとこの議論の規模が大きくても、何か面白いことがある、と状況を理解できていない人が必ず来る。そんな人は自信の意見なんてどうでも良く、ただ良さげな方に賛成し、良さげな方に流れる。だから議論というものはいかにそういう人々を最初に味方に付けれるか、と言う点であろう。……正直もう話も頭に入ってこないからそんな事を考えるしかない。どうやら時間が来たのか、最後に互いの意見を発表し始めた。この議論に時間があったことが驚きだ。


 そして投票。人数が多くないから挙手制でするらしい。皆目を瞑り、静かに支持する方の人を選ぶ。私は勿論マルセイの方にあげた。そして両者の挙手が終わった頃、皆が目を開けようとしたその時だった。不意に神父が呪文のように何かを呟き始めた。

「皆!耳を塞げ!」

私は咄嗟に耳を塞いだ。目の前にはマルセイが必死に耳を塞ぎそう訴える姿と、神父が不敵な笑みを浮かべ、何かを唱えているのが見えた。その行為に何の意味があったのか、それはすぐに分かった。前列にいた人の数々が頭を項垂れ、ふらふらとした足取りで歩く。そして神父が一度、私たちを指差して何かを言うと、一斉に私たちを追いかける。そう、神父が行ったのは洗脳だった。劣悪で、醜い最後の抵抗だ。私は必死にその場を離れ、マルセイと合流をした。家々の隙間に入り、声が聞こえない事を確認して、手をおろす。

「あいつ、自分が負けた事を悟って最初から計画していたんだ。だからあんなに自信があったのか……」

息切れをしてマルセイは、うんざりしたように言った。会場をちらりと見てみる。遠くながらも人々が暴れ、混乱している様子が見てとれた。

「成功しても失敗しても、事態を混乱させるのには良い手よね。悪あがきって奴?」

「もしかしたらなあなあにしてやり直す気なのかも知れない。とにかく今は逃げるのが先決だ。ここに居ても気付かれる。早く安全な場所、あの隠れ家に行こう」

そしてついてくるような仕草をしてマルセイは走った。私はそれについて行こうと走り出す。が、突如地が揺れ、私はこけた。

「大丈夫かい?」

「ええ…まあ」

服についた埃を払ってそう言う。しかし気のせいかも知れないが、やけに今日は地震が大きい。本当にあの伝説が……?

「カレロナ、今日の地震、少し長くないか?それにやけに強い……!」

揺れは構わず強くなり、立つこともままならなくなった。視界は大きくぶれて、何も見えない。そして轟音の後、一気に揺れが消えたかと思うと、遠くで獣のように激しく、それでいて鋭い多声的な雄叫びが、鳴き声が聞こえた。

「ああ、やっぱり。終わりだ……」

マルセイはこの世の終わりのような声で嘆く。角から恐る恐る覗くと、そこには一体の生物が居た。異常に赤く彩られた鱗と、おぞましい顔。その口からはその体にふさわしい真っ赤な灼熱を吐く。


 ドラゴンだ。とうとう目覚めてしまった。きっとここで、もう一つの決戦が行われる事だろう。




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