赤き竜

  今まで明るかった日差しはその巨体に遮られ、あちこちから黒煙が上る。人々の悲鳴、狼狽える声。そんなことは構わずに赤き竜は一帯を焼き尽くす程の炎を吐き続ける。まるで地獄のような光景が、そこには広がっていた。


 逃げなきゃ。心の中でそう警鐘を鳴らす声が聞こえる。でも足がすっかり怯えて動けそうにない。あんなものは、とても人の手に負える物じゃない。すると、赤い眼がはたとこちらを見た。いつの間にか大分こちらに寄っている。見上げても見上げきれない。早く、早く逃げなきゃ――。


 その瞬間。手を思い切り横に引っ張られ、思わず私は倒れてしまった。だが幸いドラゴンは私たちを素通りし、そのまま街の中心の広場に向かった。

「何をしているんだ!」

最初に聞こえたのはマルセイの怒声だった。必死の形相でこちらを見ている。

「ご……ごめんなさい」

そう言うとマルセイは下を向き、少し反省したように言った。

「……いや、少し感情が高ぶってしまった。すまない」

少し気まずい時間が流れ、マルセイはこれからについてこんな提案をした。

「……カレロナ。今僕たちには二つの選択肢がある。一つはここに留まりドラゴンの足止めをするか、そしてもう一つはここから逃げるかだ」

逃げる。それは彼らに対しての裏切りの行為になってしまうのではないだろうか。それでも、もう決意は固まっていた。

「…逃げる。ここから私は一刻も早く逃げ出したい」

「……」

「怖い、怖かったのよ、私。最初から、ディスペアと一緒に故郷を出たあの時から私はもう怖かった。だからもう、どこにも行きたくないの。いつも通りの普段の生活に、戻りたいだけなのに……」

とは言っても、戻れないなんて事はとうの前から知っている。それでも願ってしまう。いつか笑えるような日々が来ることを……。


 「分かった」

マルセイは短く返事をし、立ち上がった。私もふらつきながら立ち上がる。街はドラゴンの通った道のみが綺麗に破壊されており、あちこちの家が燃えている。とても昼とは思えない程の辺りの混沌さ、明るい日差しには似合わない。悲鳴も、泣き声も、呻き声も、聞こえない振りをするのに精一杯だ。最早魔法がどうのなんて塵ほどどうでもいい。今はここから逃げる事が先決だ。

「さあ、分かっているとは思うが、勿論フォクスに頼む。望んだら来るらしいからな」


「……勝手なことばかり言う」

どこからともなく声が聞こえる。間違いなくフォクスの声だ。煉瓦張りの壁からは不自然な程重厚な鉄製の扉が出現した。

「さあ、入ろう」

マルセイが扉を開け、暗い部屋の先に入っていった。そして私もそれに続き入る。部屋はいつも通り何も無く、ただ正面に怪しく光る照明だけが頼りだった。その近くには、待っていたかのように座るフォクスが見える。

「どうも、お久しぶりですね」

彼の視線は明らかにこちらに向いている。眼が隠されていてもそれが容易に分かった。



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