去る英雄

 疲弊しきった足に鞭を打ち、俺は全速力で城から離れた。確か正面の山に小さな洞穴があったはずだ。子供の時はよくそこで遊んでいた。そこで一先ず休憩しよう。


 洞穴と言ったが、実際そこまで広くはなかった。丁度良く大人が一人か二人寝そべれる程の大きさだ。そこにカレロナを寝かせる。どうやら気絶しているだけのようだ。安静にしておこう。


 …そういやこの洞穴は、子供の頃はすごく大きく見えて、秘密基地だ何だと言っていたのを覚えている。そんで結局母さんに怒られていた。今でも立派な思い出だ。

 そうやって感傷に浸っていると、より目の前に小さく見える炎が心を抉った。何人が死んだのだろう。苦しんだのだろう。幸い俺の父さんや母さんは、向こう側の家に住んでいたから被害は無い筈だが、近所のおばさんや、子供たち、その家族もだ。当然被害を被ってしまった人も居るだろう。あの女はきっと捕まる。そこで俺が恐れるのは、女の弁解だ。もし俺や、カレロナが引き合いにでも出されたら、俺たちはすぐさま罪人扱いだ。例え英雄であろうと、罪とは等しく与えられる。その事を考えたら、俺は旅に出ることも厭わない。決して何を言われようとも、俺は彼女と、俺の身を案じるのだ。


 「ん…ここは…?」

と、カレロナが目を醒ました。俺はすぐに事情を説明する。

「ここは国境の境となる山の小さな洞穴だ。君を連れてひとまずここに逃げてきた」

少し説明の仕方が悪かった。彼女はよけい眉間にシワをよせて、俺を問い詰めた。

「ここは何処かは分かったけど…何で逃げたの?私、目を覚ましたら一面火の海で…部屋から逃げようとしたら意識がだんだん…」

「大丈夫。俺がしっかり説明するよ」

頭を抱える彼女に俺は、そこであった火災の事、そしてその原因が、君に恨みを持っていたからだと説明した。

「まあ、つまり…覚えているかは分からないけど、あの時の女だ。俺の腕に絡み付いていたあの忌々しい女がこれをした。君を亡き者にしたかったのだろうさ」

カレロナは顔をしかめていた。そして怒りに身を震わせていた。

「だからってあんな事…!どうにか出来ないの?」

俺は首を小さく縦に振った。

「そんな…事って…」

彼女は下を向き、俯いたままこう言った。

「私たちは逃げることしか出来ないのね…」

不服そうに答える彼女の声は物悲しい物があった。

「…何時か、復讐してやりたい」

ドキッとする。そんなことをしたらまたあの惨状が起きかねない。

「それは…」

「分かってるわよ」

彼女は顔をあげ、笑った

「でも、それはきっとあんたが嫌がるだろうからね。止めてあげる」

「そうか…ありがとう」

俺は安堵し、そのため息をついた。


 「そういえば、どうやって生活していくの?何も持ってないけど」

「そこは安心してくれ。まずは頼れる仲間の所に行って、援助を貰おう」

俺の提案に彼女は賛成しかねる顔だった。

「え、要はたかるって事でしょ?」

「ぐっ…」

痛いところを突いてくる。

「それに頼れる仲間って、貴族の出はファリーだけじゃなかった?ファリーも忙しいだろうし…」

「いや、甘いね。貴族じゃなかろうと、貴重な品を持っている奴がいたろう。旅を重ねている魔道師が」

「マルセイ…」

マルセイはずっと旅をしているもんだから、貴重な品があちこちで手に入る。それであって本人は物欲が無いもんだから基本的に宝の持ち腐れだ。ここは一つ試してみるのも手だろう。

「うーん…まあマルセイだったら大丈夫…かも…」

「よーし、じゃあ決まりだな。あいつは…確か、イグレーンに行くって言ってたな…」

俺たちは早々と荷支度を準備し始めた。

「イグレーンと言えば、結構栄えてる印象がある町ね。そこで色々調達するってのも手だけど…」

「よし、俺たちは資源が殆ど無いんだ。さっさと行こう」

夜でありながらも、俺たちは出発した。俺はふと立ち止まり、城下町の方を見る。火はもう消えたようだった。黒い煙があがっている。…俺は決意を固め、再び歩みだした。

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