栄えの港 イグレーン

 イグレーンは海に面しており、そのため国が港を設置している。様々な物品が行き交う所なので、商人や富豪が時折そこに来ては貴重な品を買ったり売ったりする。そのためイグレーンは非常に豊かな街だ。そこに住む人も多いため非常に広く、街には酒場や賭博場など、娯楽についても揃っている。その分犯罪が多いのは仕方の無いことだろう。


 「…そろそろ見えてきたな」

果てしなく続く平野の地平線近くに、大きな街の様なものが見える。あれがイグレーンだろう。

「このままいけばすぐ着きそうね」

カレロナがようやくと言った感じで背伸びをした。後一時間と言った所だろうか。微かに磯の匂いがしてくる。

「案外かかったな。二日か、三日ぐらいか」

「二日三日ぐらいで済んで良かったわよ。昨日お金が無くなった時はどうしようかと…」

道行く商人や旅人から食料を買ったり貰ったりして忍んで来たが、昨日遂に有り金がゼロになってしまったのだ。

「いやーあんまり金は持ち歩かないからさ。逆に金があったことに驚きだよ」

カレロナは手を頭におき、溜め息をついたのだった。


 街に入ったらすぐ、様々な人に目を付けられた。こそこそと話し声が聞こえる。以前訪れた騒がしい雰囲気がまるで嘘の様だ。

「ねえ…何か様子が変じゃない?」

カレロナもこの異変に気付いたようだった。遠くから競りで騒ぐ人々の声がここまで聞こえた。どうやらこの街で事件が起きているわけでは無いようだ。という事は…。

「私たちが来たからかしら…?」

「恐らく。けどどうやら英雄の訪問を歓迎している様子はないな…」

俺にはあまり良くわからないが、もし歓迎するとしても、あんな顔で、目線でこそこそと話すだろうか。どうにも変だ。とにかくマルセイを探そう。


「なあ」

俺が尋ねると、相手はビクリとしながらも応じた。

「な、何でしょうか…?」

「ここで黒装束で青髪の、めんどくさそうな男を見なかったか?」

「多分、そこを曲がってすぐの宿屋で見た人だと思いますけど…」

自信なさげに答える男に礼を言い、その宿屋に急ぐ。

「すまん。ちょっと良いか?」

扉を思いきり開けそう言った。受付の奥から宿屋の主が顔を出す。

「はいはいー。…何か、御用ですか」

この男もだ。俺を見た瞬間、少し顔が強ばったのを見逃さなかった。

「…ここに、マルセイが来なかったか」

「ああ…それなら少し着いてきてください」

主は俺たちを手招き、曲がった腰で階段を上った。俺たちも、後に次ぐ。

 その途中、あることを主は聞いてきた。

「ところでおたくら…。旅人さんかい」

「ええ、まあ」

「そりゃまた一体どんな理由で」

俺は少し言葉に詰まった。とても復讐から逃げるためとは言えない。

「旧友に会いに来たんです」

「…そうかい」

会話はそれきりだった。


 「ちょっとすいません」

部屋の扉を開け、主は言った。

「お会いしたい人が居るそうなんですが…ええ、はい。分かりました。…ではどうぞ」

主は俺を冷たい目で見据え、下へと降りていった。

「何よ、感じ悪いわね…」

カレロナが小声で文句を言った。

「まあ良いじゃないか。今はまず部屋に入ろう」

部屋に入り、目の前にマルセイが立っていた。いつもの黒装束で、鮮やかな水色の髪。全てを見通すかの様な目。そしてマルセイは、俺たちにこう言った。


「ディスペア…。君は何てことを…」

彼の顔には、陰りが見えたのだった。


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