三章

第25話 未踏破区域

遺跡は、迷宮都市に建てられた2つの塔が目視出来る範囲を表層、そこから奥に行った、濃い靄で覆われた領域を深層と呼んでいる。

しかし深層のさらに奥には、誰も立ち入ったことのない場所がある。

古代文明の残骸である遺跡は、そのほとんどが自然に侵食され、木々に覆い尽くされているのだが、ある場所を境にして、それがプツリと途絶えらしい。

その先には到底乗り越えられない高さの城壁と門が聳え立ち、これより先を未踏破区域と呼んでいた。

誰も立ち入ったことのないと言ったが、実際は何人もの冒険者がその先へ望んでいる。しかし帰ってきたものは誰もいないため、それを証明できないのだ。

その先に何があるのか。冒険者たちは噂する、超文明の技術が生きる場所。そこへ辿り着けばなんでも願いが叶うらしいと。




「ふーん、いいんじゃない。じゃあそこを目指しましょ。」


ミトがおどろおどろ話してくれた噂話を聞いて、アカネは軽い口調でそう言った。

街の権力者で、勇者でもあるエルガルトに殺すと言われ、逃げてきたアカネ。彼女を1人にできず追って来たおれとイッセイ。さらにエルガルトに怒られたくないと理由で着いてきたミトとシルヴィア。彼らについては、ほんとうにそれだけが理由とは思ってないが、とりあえず迷宮都市に居れなくなったおれたち6人は、なんだか宙ぶらりんな状況で、何かしら目的地を欲しており、冒険者の中で噂されているという、その願いが叶う場所とやらを目指すことにした。

そもそも彼女は不死という能力を持ち、殺せないはずである。しかしエルガルトもそれを観たはずで、それでもそう言い切ったのは、何かしら手段を持っているのかもしれない。それはもしかすると、ただ殺す事よりも悍ましい方法なのではないかと思った。




「で、方向は分かってるんでしょうね。」


「任せて欲しいっす。」


深層の中であるが、キールの残した根はまだ続いているらしく、ミトはそれを辿れば大体の方角が分かるといった。また、その能力を借りているうちに自分でもある程度根を伸ばすことが出来る様になったらしく、案内役は任せてくれと彼は自信満々な顔で言った。

遺跡を出たことは、もしかすると既にバレているかもしれないが、転移装置を使って移動したため、どの方向に向かったかまでは特定されてないはずだ。ちなみに転移装置は、街から見て深層の浅い範囲の東西を結ぶ様に設置されていたようだ。

それでも出来るだけ離れておきたくて、危険ではあるが夜のうちに歩みを進めていた。時々湧いてくる猫を蹴散らし、ミトの探知によって大型の魔獣を避けて夜の遺跡を進んで行きながら、彼の背中を見る。


「キールさんが亡くなってから、ミト君は少し変わりました。きっと何もできなかったことをずっと悔やんでるんだと思います。」


なんだかミトのくせに頼もしい。と思っていると、シルヴィアがそっと話してくれた。おれは、その気持ちがよく理解できた。


「シルヴィアは願いが叶うとしたら、何を願うっすか?オレはやっぱり……。」


ミトは、周囲を警戒しながら、後ろにいるシルヴィアに話しかけるという器用なことをする。人に聞いといて、自分の願望をつらつらと話し始めたミトを、シルヴィアが子供を見る様な暖かい目で見守った。




「賢者の石?」


「そう呼ばれる魔道具があるっす。身につけると無限の魔力を得られて、魔術が使い放題になるらいしいっすよ。」


ミトが、叶えたい願望リストを並べている時、おれと同じく魔力が並程度の彼がそれについて名前を出すと、アカネが興味を惹かれてようで聞き返した。


「無限なんて言ってるあたり胡散臭いわね。」


「でも転移装置なんて物もあったんすから、賢者の石だって存在すると思うっす。」


ミトのキラキラした眼を見て、アカネは、そうかもね。と言って苦笑した。不死なんて能力があるのだ、あり得なくも無いのか?そうおれが考えている横で、しかしエントロピーが……などとイッセイが呟いてるのが聞こえたが、気にしないことにした。




夜通し歩き、夜が明け、辺りが明るくなってきた頃、少し開けた場所に出た。農地として使っていた区域なのか、建物は少なく、背の低い草が生い茂る広い平地が続いており、そこへあいつが現れた。


「みゃう」


「出たわね……。ミト行きなさい。」


白黒模様の兎に、すっかり苦手意識を植え付けられたおれたちは距離をとると、ミトに対処をなすりつけた。

何をそんなにと疑問を浮かべた顔をしながらミトが剣を抜き、兎に向かって構える。


「だめー!!」


サクッと朝ご飯を狩ってやろうと意気込んでいたミトの前に、何処からか突然女の子が現れる。

その女の子は兎を庇うように抱きつき、そして人を襲うはずの兎もされるがままに大人しくしている。

その女の子は、アカネやミトよりも小柄で、白い毛の生えた手足に、白のワンピース、さらに白い髪の毛の上には……


「猫耳だー!!」


アカネがその女の子に飛びついた。

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