第24話 逃亡

エルガルトはこの世に生を受けた時から勇者だった。

彼自身に特別な身体能力は無い。しかし彼が身につけた物は聖なる力を宿し、その剣は一振りで穢れを祓い、鎧はあらゆる魔法を打ち消した。

彼は、その性質に驕らず、努力し、いつしか数多の冒険者の憧れとなる存在となった。その彼がギルドの要職に付くことは必然であり、すぐそばで強力な魔獣が跋扈するこの迷宮都市で、それを護るために力を使うことを皆が望み、彼もそれに生きがいを感じた。


同僚のキールが死に、その教え子が居るという事で気にかけていた。特別目立つ男でなかったが、真面目に努力し徐々に力をつけて行く様は、確かにキールを思わせる何かを感じた。

その彼が夜になっても帰還してこないらしい。監視対象となっている件の魔物と対峙した経緯もあって、役に立てると得意げに言う青年と共に、捜索に出ることにした。

彼女を見たとき、その可憐な姿からは想像できない、ただならぬ気配を感じた。悪いと思ったが、鑑定をこっそり使わせてもらう。俺は、その結果を見て驚愕し、そして迷宮都市を護るためにその少女を殺すことを決意した。

吸血鬼という存在は一般的には知られていない。俺も話を聞かされただけで見るのは初めてだった。膨大な魔力を保有するが、昼間は活動出来ないという致命的な欠点により、そこまで強力ではない。しかし、奴らの能力は血に作用する。それは直接接触していない者であっても、その影響を受けた者を媒体としながら伝染病のように広がっていく。そして気づけば国をも丸ごと呑み込んで、奴らの意思1つで滅ぶのだ。

奴らが理性のない醜い化け物であったならどれほど良かっただろう。大切な者を死なせたくないと、自分の死を覚悟した彼女の、強い意志のこもった瞳を思い出す。

姿も心も人間のそれと何一つ変わらない。しかし彼女の意思とは関係なく、存在そのものが都市の存続を危うくするのだ。


おれの意思が揺れたのを見破られたのか、一瞬の隙を突かれて逃げられてしまった。ホッとしている自分に驚き、そしてその感情を無理矢理押し込める。彼女は人類の敵である、逃してはいけない。俺は、何も見通せない、遺跡の果てを睨見つめた。




おれたちはエルガルト達に引き連れられて都市に戻った。しばらく尋問を受けたが、彼女の行方に繋がるものは無いと分かるとようやく解放された。

外はすでに夜が明け、街の人々が忙しそうに活動を始めている。おれは、この街で初めて訪れたギルドや、その後食事をした店、アカネと冷やかした路地裏の魔道具屋などを眺めながら、ゆっくりと街を歩いた。それから一度自分の部屋へ戻って荷物を取ると、商業地区へ向かい

、街へ来る時に世話になったクレオの店を訪ねた。

クレオは、兎に火炙りにされてボロボロになったおれの姿を見て目を丸くしたが、快く受け入れてくれて、店内の部屋の1つに通してくれた。部屋の中では、イッセイが椅子に体を預けてタバコを吹かしていた。


「考えていることは同じか。」


イッセイはタバコを咥えたままニカリと笑うと、この世界に来にたばかりの時に身につけていた、高そうな時計を取り出して、ゴトリとテーブルに置いた。


おれたちはスマホや時計などを売ったお金で準備を進めた。イッセイに治療院の方はいいのかと、気になって尋ねたが、まぁ、ちゃんとした飯さえ食えてれば大丈夫だろ。と投げやりに言った。助手であるエレナに、タバコで稼いだ、かなりの額のお金を全て置いてきたという事で、その女性のことをかなり信頼していることが伺えた。

夜になると、クレオに手配して貰った馬車で、一度正面から街を出て迂回し、遺跡へ向う。ギルドの受付で記帳をせずに初めて遺跡へ足を踏み入れた。

ぼんやりと光る夜の遺跡を足早に進む。


「着いてきてるんだろ?出てこいよ。」


しばらく進んだところで、おれは背後に向かって呼びかけた。観念したような顔をして、ミトが姿を現す。そして後ろにシルヴィアの姿も見えた。


「気づいてたんすね。」


「おれ達のこと、エルガルトに報告するのか?」


腰のナイフにそっと手を触れる。


「んー、そう命令されてるんすけどね。シルヴィアどうしたら良いと思うっすか?」


「そうやって、すぐ人に判断を頼るのは良く無いよ、ミト君。私は……貴方について行く。」


シルヴィアに嗜められて、ははは、とミトが笑う。彼はとある商業都市の名家の跡取りだったらしい。しかし客商売に全く向いておらず、16で家を飛び出し、一年かけてこの迷宮都市へやってきたという。そして今、憧れのエルガルトに直接命令を受けてここにいる。


「……やっぱり、仲間を売るような真似は、俺にはできないっすね。」


ミトは通信装置の様なものを取り出すと、地面へ放って足で踏み潰した。おれはそれを見てナイフから手を離した。


「あ、でもこのまま戻ってもエルガルトさんが怖いっすから、俺もコウスケに着いて行かせてもらうっす。」


と、近所の飯屋にでも着いてくるかのように軽い口調でミトは続けた。


「もう戻れなくなるぞ?」


「キールさんには真面目に働けって言われたっすけど、向いてないんすよね。コウスケに着いて行った方が面白そうっすから。」


ミトはへらりと笑い、シルヴィアが、よろしくお願いしますと丁寧に頭を下げた。

そうして俺たちは4人で、アカネが消えた場所へと向かった。アカネが破壊した箇所から中へ入り、転移装置のあった部屋へとたどり着く。

なんすかこれ?とミトが聞いてくる。これの存在はエルガルト等に報告していなかった。

戸惑う2人を促して装置に乗る。魔力が補充されていることをパネルを操作して確認した。彼女は待ってくれているようだ。

装置を起動させる。青白い光がおれたちを包んだ。




転移をすませ、外に出るとアカネがそこに居た。

その目には何か映っているのか、ぼやけた闇が広がるだけの空を見上げている。


「ほんとに来たんだ。」


アカネは、追いかけてきたおれたちに気づき、顔を見ると、呆れた様に言った。

そうは言うが、彼女はおれたちが追いかけて来てくること信じて、転移装置に魔力を補給し、そして待っていたのだ。


「いいの?」


「ああ」


彼女の澄んだ瞳を見つめる。

エルガルトが話していたことを思い出す。彼女は存在するだけで危険なんだと。着いて行ったところで、何一つ問題は解決しない。それでも……おれは彼女の側に居たいと望んだ。

おれの返答を聞いて彼女は嬉しそうに微笑んだ。

やっぱり美人っすね。っとミトが呟き、シルヴィアに頬を摘まれていた。


「勇者から逃げる、か。これじゃまるで、魔王一行だな。」


「あら、悪くないわね。人類の敵らしいからね、わたし。」


イッセイの軽口に、アカネはくすくすと笑う。

それを聞いて、こんな可憐な魔王がいるなら、ついて行くのは吝かではないと、おれは思った。

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