僕たちの曲作り――5

 八月三日。


「今日はイントロの修正やな」

「ここは一番印象的にしたいね」

「うん。乙姫の歌声が魅力的に聞こえるようにしたい」

「せやったら、こういうのどうや?」


 音子がキーボードを弾く。


 タンタンタン……と、三つの音が鳴った。


「エレクトリックピアノで『アルペジオ』――本来は一緒に弾く和音を一音ずつに分解して、印象的なメロディーを作る。これをイントロに持ってくるんや」

「なるほど。まずは『ツカミ』を入れるってことか」

「ほんで、姫が唄い出す。要するに、気を引いといて歌声に繋げる感覚やな。最後の一音の余韻を味わっとるところに、姫の歌声が届くっちゅう寸法や」

「うん。いい演出だね。名残惜しさのなかに乙姫の声が聞こえたら、きっとグッとくるよ!」

「それだけやないでぇ? 唄い出しまでに休符があるから、姫のエロい息づかいが一瞬聞こえる」

「エロ……っ!?」

「音子ちゃんっ!?」

「あ。スマンスマン、息継ぎの間違いやった」

「「そこじゃないよっ!?」」





 八月四日。


「基調はメジャーやけど、マイナーコードも多用しよか」

「そんなことしていいの?」

「コード進行にはね? 決まったかたちってないんだよ?」

「トニックの次はサブドミナントかドミナント。サブドミナントの次はドミナントかトニック。ただし、ドミナントからサブドミナントに進むのは禁止。ドミナントの次はトニック――これが基本ルールや」

「ルールはあるけれど、その制約内ならかなり融通ゆうずうが利くんだよ? わたし、『Am7』を『A7』に変えようって提案したでしょ? あれって、マイナーとメジャーを入れ替えるってことなの」

「あ、そういえば……」

「メジャーとマイナーを併用するんは効果的な手法なんやで? たとえば、メジャーを基調とした曲のなかに一瞬だけマイナーを登場させると、ちょっとしたもの悲しさが加わるんや」

「なるほど。告白したい、けど、できない。っていう複雑な心境を表現するには持って来いかも――じゃあ、マイナーコードをサビの……」





 八月六日。


「二番目のサビに入るとき、音を少なくすることってできる?」

「もちろんやでー」

「そこ、イントロみたいにさ? 乙姫の声を活かしたいんだ」

「それなら『ストリングス』だけ演奏するといいかもしれないよ?」

「ええなぁ……こういう感じ?」


 無音のなか、弦楽器のそよぐ風にも似た柔らかく美しい音が響く。


 それはどこか幻想的で、聖歌隊のコーラスのようにも聞こえた。


 やさしく、温かく、ほんの少し悲しげに。


「いいね! ヒロインの心のなかを透かしているみたいだ!」

「ほんで、エレピで音階をつくって盛り上げといて……ここで『転調』」

「『ドンてん』にするんだね? 『ズバてん』と違って、あらかじめ期待させといて、来るぞ来るぞ! ってところで転調させる方法」

「いいね、それ! いきなり高くなるよりも盛り上がる!」





 八月八日。


「アウトロで流すメロディーはどないする?」

「うーん……サビ終わりのメロディーを使えないかな?」

「ほな、そこをモチーフに加工して……最後は徐々にゆっくりさせていく」

「あ。なんか、幕が下りていくような――」

「テンポの調整だね? 劇が終わるみたいで雰囲気がでるね!」

「ええでええでー」


 再出発した僕たちの曲作りは順調に進んでいた。その輪のなかには僕も加わることができている。


 そして僕は感じていた。最初の頃に覚えた『あの気持ち』が、僕の心でたしかによみがえっていたんだ。


 楽しいっ!


 乙姫と音子と――三人で曲を作ることが、とても楽しい。


 ようやく僕は、『音』を『楽しむ』ことができたんだ。


「この調子なら明日には完成するでー?」


 音子の陽気な声で、僕は実感した。


 ついに僕たちの楽曲が、僕の世界が、乙姫の歌が、かたちになるんだっ!


 僕は期待に胸を膨らませる。


 はじめてラノベを投稿したあの日みたいだ。


 昂揚と興奮が混ざったシビれるような悦びが、僕の胸のなかにあった。


 ただ、


「あ……そう、だね」

「せやなー。あとは姫が唄って動画を撮ったら打ち上げやっ!」

「う、うん」

「……乙姫? どうかしたの?」

「えっ? う、ううん。楽しみでね? ドキドキしちゃって――」

「――そっか」


 気のせい、かなあ?


 そう口にした乙姫の笑顔に、影が差しているように見えたのは。

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