僕たちの曲作り――4

「よしっ! ほな、今日もいこか!」


 音子が膝をパシッ! と鳴らして、音子らしい元気な声色で号令をかける。


 彼女は立ち上がりながら、


「啄詩っ」

「ん?」


 僕を見て、言った。


「今日からキミも音作りに参加したってや」

「えっ?」


 それは僕にとって驚くべき依頼だった。


「でも……僕は音楽理論とか、全然――」

「ええんやで? それで」


 僕のためらいを吹き飛ばすように、音子はカラッとした笑顔を見せる。


 僕は戸惑った。それもそうでしょ? 僕に、音楽についての専門的な知識は皆無なんだから。


 音作りって、なんかいろいろルールがあるんだよね? コード進行が『トニック』で『サブなんとか』が『ドミナント』とか。


 ほかにも、たしか『エフェクター』とか『グロッケン』とか、ベースにも種類があってとか、僕はまったく話について行けないんだ。


 なのに、


「僕なんかが、力になれるの?」

無問題モーマンタイやでぇ? もっと気楽ぅに構えたらええよ」


 臆病風に吹かれる僕に、それでも音子は明るく、ニッ、と歯を見せて笑う。


「ええか、啄詩? 音楽は『理解』するもんやない。『感じる』もんなんや」


 あっけらかんとそう言って、音子はキーボードの方へと向かった。


 僕の見ている前で、彼女はキーボードに手を伸ばし、




 ――ジャーン……


 ――ジャーン……




 間を置いて、音の重なり――『和音』を鳴らす。


 その音色は異なっていた。


 あ。この音って、たしか……


「『メジャーコード』と『マイナーコード』だよね? 先に鳴らした明るい方がメジャーで、そのあとの暗い方がマイナー」

「なんや、やっぱりわかっとるやん。それでええねん」

「けどさ? そんなの、耳にしたら全然違うってわかるよ?」

「音楽理論がわからへんのに?」

「――あ……」


 音子が教えたいことに、僕はやっと気付いた。


「理論を知らんと楽しめへんなら、音楽ってめっちゃつまらんものやない? せやけど、キミ、楽しめてるやん」


 そうだよね。理解できなくても、僕たちは音楽を聴いて、泣いたり笑ったりして心を動かすことが――感動することができるんだ。


「メジャーは『晴れ』でマイナーは『曇り』やったっけ? ええやん、その表現。うんちく垂れられるより、よっぽどわかりやすいわ」


 音子が僕の方へ顔を向ける。


 やっぱり彼女は、明るく楽しそうな顔をしていた。


「アーティストのなかにもおんねんで? コード進行知らへんミュージシャンとか」

「えっ!?」

「なかには譜面ふめん読めへん人もおるしな」

「そうなのっ!?」

「せや?」


 カラカラと音子が愉快そうに笑って、


「せやけどそのミュージシャンたちは、何千人、何万人っちゅうリスナーから愛され続けとる。――やからさ? 啄詩も言うたって? ウチらに遠慮するなんてこと、しんといてぇや」


 音子の笑顔がより強く、より輝いた。


「ウチが啄詩に応えたる。やから、感じたまま言うて? ウチら、仲間やん?」


 そっか……音子も乙姫も、ちゃんと僕を認めてくれているんだ。


 僕は、ここにいてもいいんだ。


 僕は嬉しくて嬉しくて……思わず涙ぐんでしまう。


 あとで音子にからかわれるかもしれないけれど、それでもいいや。


 ぐしゅっと鼻を鳴らして、


「うん!」


 僕は笑って頷いた。


「……あのね?」


 すると、僕の正面に座っている乙姫が、不意に口を開く。


 見ると、乙姫は少しだけ寂しそうに、苦笑していた。


「わたしからもね? お願いしたいことが、あるの」

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