僕たちの曲作り――3

 次に音子から招集がかかったのは、八月に入ってから二日経った日のことだった。

「――スマンっ!」


 僕と乙姫を前にして神妙な面持ちをしていた音子は、開口一番そう言った。


 正座の姿勢のまま、勢いよく頭を下げる。


「えっ!? ちょっ! 音子!?」

「な、なんで謝るのっ!?」


 当然、僕と乙姫は慌てふためき、わたわたとした動きで手を振った。


「と、取りあえず顔を上げてよ、音子!」

「そうだよ、音子ちゃんっ! よくわかんないけど、とにかくっ」


 僕と乙姫が必死に呼びかけると、ようやく音子はゆっくりと頭を上げる。


 音子は、彼女らしくないしおらしい顔をしていた。


「……ウチは、クリエイター失格や」

「え?」

「啄詩。キミの方がずっと相応しいわ」


 そう告げて、音子が眉を寝かせる。彼女の口元には余計な力が加わらず、ふ、とほころんでいた。


 音子が、やさしく微笑んでいる。


 やっぱり音子らしくない。けれど、とても魅力的な笑顔だ。


「完成間近や言うても、手ぇ抜くんは甘えやよな?」

「音子?」

「姫のこと、ウチかて応援したいねん。よりよくするためなら、なんべんでもやり直したる」

「音子ちゃん……」


 呆然とする僕と乙姫に、音子はそれぞれ目くばせをする。


「啄詩。キミは、強い人やね」


 僕に向けられた音子の瞳は、いたわるような、慈愛に満ち溢れたものだった。


「――ええかな? 啄詩」


 それは、最後の最後の確認なんだろうね。


 僕に、キミの願いを曲げても大丈夫か? って問いかけているんだ。


 僕の胸に、絞られたような切ない痛みが生まれる。


 やっぱり、ちょっとだけ苦しいな。


「うん。いいよ」


 でも、僕は頷く。


 僕はやっぱり、乙姫の力になりたいから。


「啄詩くん……」

「姫もさ? 啄詩の気持ち、汲んでみぃひん?」

「……でも――」

「ウチらが最高の曲、作るから――作らせて、くれへんかな?」


 乙姫がためらいがちに目線を左右に揺らし、僕の方へと向けた。


 その瞳が心配しているように見えて、ああ、乙姫は本当にやさしい子なんだなあって思った。


 僕がなにを思って『歌詞を変える』なんて決断をしたのか。その理由はきっとわかっていないだろう。


 けれど、なにか覚悟をしたってこと――僕が悲壮感を漂わせていることに、気がついたんだろうね。


 僕は、そんな乙姫がとても愛おしい。


「大丈夫。乙姫は心配しなくていいんだよ? 僕たちが、そうしたいんだから」


 僕は乙姫を見つめ返して、かすかに頬をゆるめつつなだめた。


 僕の言葉に嘘はない。


「――――う、うん……」


 やがて、遠慮するように眉をひそめて、乙姫は静かに頷いた。

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