青い海と恋の歌――2

 デートといっても、この町にはデートスポット的な場所はない。


 そんなわけで、僕と乙姫が話し合って選んだのは――


「あ。おはよう、啄詩くん」


 自転車を走らせてきた僕に気付き、乙姫が片手を挙げてヒラヒラと振った。


「ごめん、遅くなって」

「ううん。まだ一五分も前だよ? わたしが早すぎたの」


 乙姫は海を背にして立っていた。


 ここは僕と乙姫がそれぞれで見つけた穴場スポット――僕たちが知り合うきっかけとなった、海辺の公園だ。


 僕はサドルから下りて、スタンドを蹴り起こした。そして、改めて乙姫へと身体を向ける。


 ビックリするくらいキレイだった。息をすることすら忘れてしまいそうなほどに。


 乙姫が身につけているワンピースは、三日前と同じく水色だ。


 だけど、その上に羽織っている白いシャツが、サマーニットのシースルーだったから、気付いてしまった。


 そのワンピースは肩から胸元までがザックリと開いていて、肩紐だけで支えられる仕様しようになっている。いわゆるキャミソールみたいなものだ。


 裾の丈もかなり短くて、ミニスカートのようにさえ見える。


 乙姫の芸術品みたいな生足。ふくよかな、二つの膨らみの谷間。かすかに透けて見えるキレイな鎖骨。天使の羽ほどに白い肌。


 それら女の子の魅力が、大胆なようでいてさり気ないという絶妙なバランスでさらされている。


 海風になびき夏の陽差しに飾られて、清楚で上品な乙姫から抑えようのない色香が溢れ出ていた。


 そして同時に、守ってあげたくなるような危うさを覚える。乙姫が無垢むくで、汚れ一つ知らないように見えたからだ。


 トキメキに近い高揚感こうようかんに、僕の頭がクラクラしてくる。


「そ、その……変じゃない、かな?」


 両手でワンピースの裾をキュッと握って、乙姫が尋ねてきた。


「あの――音子ちゃんがこれで行けって……啄詩くんが喜ぶからって」

「音子の目に、僕はどう映っているんだろうね?」


 でも、グッジョブ! 音子!!


「全然変じゃないっ! むしろ、その……ス、ステキだと、思うよ?」


 そう口にするだけで、顔が熱くなってしょうがない。


「そっか……よかった! 勇気出してみて」


 しかも、乙姫が嬉しそうにはにかむものだから……もう、ホント、鼓動が早すぎる。寿命が縮んでしまいそうだ。


『勇気出してみて』――その発言、強烈すぎる……。


「そ、そうだ! 今日も暑いからさ! アイス買ってきたんだ!」


 僕は赤くなっているだろう頬に悟られないよう、乙姫に背を向けた。


 そして、自転車のかごに入れておいたビニール袋を取り出す。


「食べ頃になっていると思うから、乙姫もどう?」


 半透明のレジ袋は汗をかいていた。


 なかに入ったシャーベットのパッケージも、乙姫に見えていることだろう。


「え? いいの?」

「もちろん! 今日は乙姫から勉強させてもらうんだからね!」


 僕はかかげていたレジ袋に手を入れて、ひんやりと冷えたチアパックを取った。


「はい」


 取り出したパックを乙姫に差し出す。


「勝手に選んだんだけど……一応、バニラ味もあるよ?」

「う、ううん! ラムネ味、好きだよ? さっぱりしていて美味しいよね?」

「よかった。じゃあ、はい」

「うん」


 少しためらいがちだったけど、乙姫はアイスを受け取ってくれた。


 そのときちょっとだけ乙姫の指と僕の指が触れて、はからずもドキリとしてしまう。


「ありがとう……その、お金――」

「いいよいいよ! 僕も、ほら! 男の子だから!」

「いいの、かな?」


 未だに乙姫が躊躇していると、強く吹いた海風が潮の香りを連れてやってきた。


 それが、乙姫のスカートを揺らす。


「――――あ」


 乙姫がポツリと声を零した。ふわりと広がるスカートの裾。


 かなり短い丈だったため、当然の如く、乙姫の真っ白な生足がほとんどさらされてしまい――


「――――あ」


 僕もポツリと声を漏らす。


 見えてしまった。白だった。


 ワンポイント、おへその下に飾られたリボンが可愛らしい、木綿もめんのショーツ。


 お互いに固まったまま、僕たちは見つめ合っていた。


 風が治まって、ふわりとスカートが元通り。


「――――えっと……」

「――――あの……」


 こういうとき、僕はなんて声を掛ければいいのかな? 誰か教えてくれない? いますぐに。


 ブワッと変な汗が噴きだし、止めどなく流れていく。


「…………お、お見苦しいものを……見せて、しまいまして……」


 真っ赤になった乙姫が、うつむいてプルプル震えながら小さく一言。


「い、いやっ! そんなことないよっ!? かっ、かわいかったよっ!!」


 あれっ? このフォロー、正解かなっ!?


 乙姫が本当に申し訳なさそうだったから、つい本音で答えちゃったけどさ? これ、アウトじゃない?


「ふぁっ」


 うわあぁぁっ!! 乙姫が、もうなんて言えばいいのかわからない的な声をっ!!


 僕の身体から熱が逃げていく。血の気とともに引いていく。


「そ、その……擁護ようごしていただき、ありがとう、ございます」

「い、いえ、お構いなく」


 深々とお辞儀じぎし合う僕たち。


 よ、よかったあぁぁぁっ!! 限りなくアウトっぽかったけれど、ギリギリのところでセーフ判定っ!!


 僕はひそかに、ふぅ、と胸を撫で下ろした。

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