第9話 ちっぽけな正義感

「ほ、本気で言ってるのか? 」




「ええ本気ですよ」




「馬鹿げている! 」




「この学校の醜悪さと比べれば、賢いと思いますが? 」




「……それとこれとは別問題だ。第一何故そんな事を急に言うんだ」




「親から虐待されてるからですよ」




「! ? 」














 向井間が親から虐待を受けている?そんな奴じゃない。


思えば、この生徒には散々苦しめられてきた。


いじめを黙認していることを良いことに執拗にコキ使われた。


確かに俺は誉められた生き方をしていない。




だからと言って、社会的に抹殺されることをちらつかせてバレれば、同じような目にあうことを強要されるのが相応の報いなのか?


坂井がいじめられていることには同情するよ。


あんなことされていいことではない。だから止めようともしたよ。




けど、相手の力が強すぎる。そんな状況で、大人一人で何が出来る?


他の先生は既に従っている。


阿多谷という名はそれほど強大な存在なんだよ。


先生という立場でありながら情けないとは思うよ。




頑張ってどうにか出来るのならとっくにしてる。


これは、はたからみれば、ただの言い訳にすぎないのだろう。


出来るのなら、俺も無責任に綺麗事を言える立場にいたかったよ。


こんなことになるなら、教師を目指さなければ良かった。




「深川先生は嘘だとおっしゃいたいのですね? 」




「俺を散々な目に合わせてよく言うよ」




「なら、疑っていても構いません。話を進めるということは決定事項なので。養子してもらうのは、親から虐待を受けているからですが、それとは別に坂井のいじめを無くして、加害者に報いを受けてもらうためにどうしても先生の力が必要です。居場所的にも、協力の意味でもです。もっとも計画を実行しないと始まりませんが」




「親から虐待されているのが本当だったら、自宅いるわけにはいかないだろ? 」




「大丈夫です。今までそれでも過ごしてきたので」




「本当に虐待受けられているのか? 」




「形だけでも、心配してくるんですね。流石無駄な足掻きをしただけはありますね。この際、虐待の件は保留でいいです。それでは養子の件はお願いしますね」




「従わないと言ったら? 」




「今まで平穏を保つために従って来た訳ではないのですか?目的のために選択肢なんて必要無いかと思うのですが?心配しなくてもプライベートを脅かすことはしません。共同生活になっても、自分はいないものとして扱って構いませんので。形だけのもので結構です。寧ろそれ以上が余計です。長居するつもりも無いので心配なさらず。これでも不満ですか? 」




「支障大有りだ。君が良くても、俺が良くない。付き合ってられ無い。いい加減ふざけたことをいうのは止めろ」




「ふざけている……ですか」はぁ、イラつく。




そう言うと、向井間は俺の目を今まで見せたことの無い形相睨み付けた。


主従の関係とはいえ、こんな目で見られることは無かった。


それ以上侮辱するなといってやる目だった。




おいおい本気なのか。




「先生がどう思おうが自由です。けど、逆撫でするようなことは言わないで下さい。それに、嘘か本当かよりも前に先生は悔しく無いんですか? こんな抑圧された環境にいつまでも甘んじて受けているつもりですか? 手段が無く、どうしようもないならまだしも、今自分が行おうとしていることはその抑圧している存在に鉄槌を下す行為にもなるんですよ? もういい加減このふざけた学校を壊しませんか? 」




今までもこれからもこの監獄に、縛られながら暮らしてい行くものかと思っていた。


いつもきっかけがあればこんなもの打開してやると息巻いて、諦めてからどのくらい経っただろうか?


一生の一部のはずなのに、長く長く感じすぎて、時間がそこで止まっていた。




一人の協力というだけで、心が揺らいでいる。


それほどにまで餓えていたのか。一度は諦めかけた学校の更正。


「こんなの間違っている」と他先生に訴え、俺以外間違っているのに、聞き入ってくれない。


そりゃ結局のところ、みんな自分がかわいい。


先生であろうと、余裕がなければ、生徒を守ろとなんかしない。




少しだけ、人よりもちっぽけな正義感があっただけ。それもすぐに折れたのだから奴らと俺も大して変わらない。


けど、俺はもう一度。




「本当に……やれるのか? 」




「先生の心ではまだ諦めて無いはずです。そうでなくては、今まで手伝ったことは嘘になります」




「わかったよ。どのみち俺に拒否権なんて無いんだろ? 」




「そうですね」






















 深川を寄生場所にすることに成功した。


正確には卒業式まであのイエで過ごす事になる。


深川は律儀にも、正義感があるようだった。これまでも、坂井がいじめの対象になって間もない頃は庇っていた。




しかしそれも長くは続かず、裏切る形となった。


けれど、踏ん切りがつかず、いじめに対しても罪悪感があるようだった。


なので、負い目につけこみ、監視カメラを設置を手伝わせた。




理由は教えず、半ば強引に命令に従わせてた。


理由を教えなくても、これに従うのはこの学校を何とかすることをまだ諦めていない証拠に充分だった。


ここでカメラの設置を促すのは、阿多谷のいじめ現場を押さえるための協力だとしか考えられない。


それに協力している次点で、この話は難なく進むのは想定していた。








 しかし坂井はどう思うだろうか? 唯一と言っていい仲間だった深川が結局は、いじめ側についた時の心境は。


当事者であれば、いじめている者より裏切り者の方が許せないという心理になるだろう。




現に俺も今、伯父への恨みが絶え間ない。


発狂寸前で、無意識に、小学校前へ着いた。


そこから、自分の目的を思い出し軌道修正に努めるべく、行動している。


阿多谷は既に俺の手によって、悪行は晒されている。




晒した対象は父親のみとなるが効果的なものだったようでおとなしくなっている。


その変わりように、深川も驚いて俺へ何かしたのか聞いて来たが、否定し、「阿多谷も趣向を変えたのでは? 」と適当に流した。




それに付け加えて、「今更やめたとして、今までのことをチャラにする気ですか? 」とお茶を濁したら、その気になっていた。


その構図が奴らと変わらないというのに。


深川にとって、目的は本来は既に達成されているが、俺が作った農園の成就の為にも利用されてもらう。


望みは叶っているのだから少しくらいいいように使ってもバチは当たらないだろう。


卒業式で今までしてきたことへの報復を目の当たりにし、清算してもらおう。




この卒業式でほぼ全員が社会的な卒業式を二重で体験できるなんて、とんだ贅沢ものたちだな。

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