第10話 収穫祭のはずなのに

 卒業式の当日までに段取りを行った。段取りといっても、深川と卒業式で行われるシナリオの確認をしていた。


深川に事の全容を伝えたわけでは無い。


坂井がいじめられている体で話を通している。


そうでなければ、話が破綻する。


いじめが終わったからめでたしではない。いじめの果実を収穫して、初めて 俺の めでたしだ。


いじめられた当事者だけのくだらない美談に終わらせるつもりなんてない。




伯父が裏切らなければ、結果的に穏便に事を終わらせられただろう。


しかし利益が奪われたのなら、奪い返さなければいけない。


奪われた利益補填をするだけでなく、社会的に抹殺もしなければいけない。




阿多谷家の示談の際に、証拠は揉み消されたが、何も伯父らに公開したものだけが証拠じゃない。


俺だけしか得ていない証拠をいくつか保存してある。それらを駆使して、また貶めればいい。いじめの黙認者らを罰して、得る利益があるのに手放す気など無い い。




元から阿多谷家に揉み消されたとしても、別の切り口でいじめが起きた事を告発すればいいだけだ。


阿多谷の取り巻きだった二人を首謀者だと仕立て上げればいい。


その二人が阿多谷に言われたと言ったところで罪をなすりつけてるようにしか思われない。




阿多谷もわざわざ認めることはできないだろう。


示談が成功すれば、おまけ程度の計画だったが、話が変わった。


動かぬ証拠を再び見せても、阿多谷家が話と違うなどと言える立場ではない。




寧ろわざわざもみ消そうとした悪印象を与えないように泣き寝入りする方が賢明だ。


それにどうやら伯父の裏切りが相当腹が立ったらしい。


そりゃそうだ。




裏切られた後に、無意識に過去にゆかりあるところに行くくらいなのだから。


ああ、結構気に入っていたのに、伯父のこと。


親戚だからって易々と心を開くもんじゃないな。


伯父のついでに腹いせとして、また、サンドバッグになってくれ。阿多谷。


どうせ非人道的なことをした奴だ。都合良く利用してもらう。


ここは、いじめられっこが正義なのだから。








 頭の中のシミュレーションを終えて、体育館という名の公開処刑場へ生徒、先生らは整列して向かった。


体育館へ用意されている椅子に座り、決められた題目の消化が始まる。


本題までの前座は全て茶番にすぎないが、来るべき時を待とう。




 卒業証書の授与式の番が来た。ここが本命を行うタイミングだ。


体育館で集まった次点で、その間なら、どこで事を行おうが自由だったが、折角だ、おあつらえ向きなところでやってやろうじゃないか。




 そして俺の授与を行う番が来た。壇上へ上がり、校長のアリガターイお言葉を受けて、卒業証書を受け取った。


俺はそれを破り捨てた。




「向井間君何をしている! ? 」




校長八川が学校の内情を度外視すれば、もっともな質問をする。


そして演説台を椅子替わりにしてマイクを持った。


学校でこんな事をすれば職員室に連行されるところだろう。




オヤもあたふたしている。しかしこの学校はまともでは無い。


止められるのも、礼儀を重んじる筋合いも無い。




「さっさと、演説台から離れなさい」




「黙れ! ! 誰にものを言ってんだ? 」




「なっ……」




予想外の返答に校長はたじろいだ。




「何で不服な顔してんだよ。ここにいる奴らに敬意なんざ蚊程も必要ねぇんだよ。何でかって? 」




バン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「この学校はいじめがあり、それを黙認する奴らの巣窟だからだよぉ!!!」




 体育館中に響き当たるように、生徒席に振り向き吠えた。


そう言うと、やっと意図が読めたようで、校長の顔色も悪くなっていった。




「そ、そんなこと無い。向井間君。ね、ねぇ、先生達も! 」




そう目配せすると、先生方がぎこちなく頭を縦に振る。あかべこみたいで気持ち悪い。




「なんで生徒にも聞かないのだか。そもそも先に聞くほうも間違えている。まぁそんなの証拠を出せば、いいことだ。お前らよぉく聴け、今まで背いてきた。事実に」




ボイスレコーダーを取り出し、マイクに近づけた。




「僕を苔にしてただで返すわけ無いだろ」




 編集した証拠の音声を流した。ボイスレコーダーは脅し文句を皮切りに鈍い打撃音もバッチリと録音され、体育館中に響き渡る。


阿多谷が驚いたのは勿論だが、坂井は身を心配している素振りだった。




お心遣いどうも。一円にもならないし、煩わしい。


ボイスレコーダーの再生を終えるのを確認し、また、話を続ける。




「これはほんの一部だ。主犯者は阿多谷。取り巻きの二人と一緒に執拗ないじめを受けていた。具体的なもので言うと、奴は机に位碑を置いてきた。こっちは生きているって言うのに。アイツは……死人扱いしやがった」




「それは違っ「奴は狡猾な男だ。いつだって、ガス抜きの都合のいい場所はないか模索している。往生際が悪いぞ」




「だからお前にそんな事はしていない」




「いじめっ子の常套句だな。じゃあ、さっきの証拠の音声は何だ? 勿論否定しようが、映像として体育館中に見せてやるよ。それでも同じ事を言えるか? 」




「そっそれは」




 言える訳無いよな。否定しようが、肯定しようが、そこで再生されていた声主が阿多谷という事実は免れないのだから。


日頃の行いが仇となったわけだ。坂井が否定しないのも、さぞ不思議に思っているだろう。




現に、坂井のほうに露骨な目配せをして見せている。虐げた者に助けを求めるなんて、プライドが無いのか、肥大過ぎるが故に、奴が報われる事は当たり前とでも思っているのか。十中八九後者だろうな。


救うなんて生易しい事は考えていないが、つくづく救いようの無い奴だ。




まぁ、その方がやりやすいし、都合が良い。そもそも、どんな裏事情が有ろうと、無かろうと、己の目的と利益をモットーにしている。


綺麗な血も涙も善人様のティータイムに振る舞ってやりたいくらいだ。




坂井には、俺がいじめられている体で、話を合わせている。最初は反対していた。


俺に危害が加わると。


だが、阿多谷を一時的に止めたと過ぎない事、徹底的に潰しにかからないと意味が無いと伝えたら、渋々了解した。




持つべきものは従順な駒だな。おかげで、都合良く阿多谷を出し抜いて、搾取できるというものだ。


しばらく正義の味方と勘違いしてもらう。


しかし、やましいことがある奴らをもっともらしい事を言って、支配するのは滑稽で痛快でなかなかそそるものがある。


油断してたら、怪しい笑みを浮かべてしまいそうだ。




「八川(校長)もさっき否定してたよな?あぁ肯定も否定しなくていい。どうせ喋る内容なんて、たかが知れてるからな。否定から入って知らなかったと抜かすのだろうな? 舐めるな。知らないなんてあり得ない無いんだよ。何せ唯一の協力者が担任の深川先生なんだからな。いじめの現場は俺のクラスで起こったのだから。深川先生は職員室にいじめが起きていることを認めるように呼びかけもした。けれど、何の進展せずいじめを黙認する形となった。職務怠慢なんだよ。だから八川。そんな奴らなんざに敬意を求められる筋合いなんて無い。それとも何だ? この証拠を出しても得意の黙りを決め込むのか? 安心しろ。そんなふざけた事しても、報道局に告発する手筈は整っている。慰謝料の配分として、


1年生2万×30×3=180万


2、3年 3万×30×3×2-6万(取り巻き二人分)=264万


先生ども30万×15=450万


八川=200万


阿多谷=500万


取り巻き二人=20万×2=40万


計1184万お前らしっかりと払って貰うからな。八川も存分に狸じじいなってくれ」




そう言うと、八川は項垂れた。




 深川先生を別に人格者として敬っている訳では無い。


形式上行っているに過ぎない。一時の正義感に酔いしれて、玉砕された哀れな一人の人間だ。


一番扱い安く都合がいいだけだ。伯父に肩入れして痛い目を見た二の舞にはならない。




「このように平気で嘘をつき、執拗に俺はいじめられてきた。そして学校関係者も一人を除いて、いじめに対して解決の一切をしなかった。オヤも言えるような立場ではなかった」




「ちょっと、そんな事相談されなかっわ」「聞いてないぞ」




「言えるような 立場 でなかったと言ったよな? 」




「! ? ちょっと、親に対してその言い草は無いでしょ! ! ! 」「親に対してなんて口の聞き方だ! ! ! 」




 そう言うなんて、NPCと共に過ごしてきた俺が予想してない訳が無いだろ。


あんたらの縁なんか、切れるもんなら切りたいと思って日々を過ごしてきたんだ。


そして今、それを迎えられる。あぁ本来は伯父の所へ厄介になる計画だったが、仕方がない。




伯父は裏切ったのだからもう信用できない。


多少変わるが、深川先生が第2の寄生先とすることにした。


アイツらと離れられるなら、少年院でも暮らしたいね。




もっともそれは二番目にやなことではあるが。


そもそも少年院で一生暮らすなんて無理な話だ。


面会だって否が応でもすることとなるだろう。


頻度は減っても、定期的な関わり合いを強制されるのもまっぴらごめんだ。




リスクがあまりにも高すぎる。実行するに足るメリットが薄い。


こんな事を考え無いといけない程の厄介者がいて、本当に憂鬱だ。


だが、今から見せるものでアンタらとも、おさらばだ。




 周りの視線など気にせず、プロジェクターに手をかけて証拠の画像読み込む作業を行う。


止めに入らない事から、学校側は観念したようだ。潔いというか、有象無象というか。


 プロジェクターのデータの読み込むが終了し、ある画像がスクリーンに大々的に写される。




 それを見た親はゆでダコのように顔を真っ赤にしていたと思うと一瞬にして、顔が真っ青なになる。少しは寿命が減る








9月20日 アズカリ 3000000 ザンダカ3000000


9月21日 ヒキダシ 500000 ザンダカ2500000


9月31日 ヒキダシ 50000 ザンダカ2450000


9月31日 キュウヨ 200000 ザンダカ2650000


10月3日 ヒキダシ 50000 ザンダカ2600000


10月7日 ヒキダシ 50000 ザンダカ2550000


10月15日 ヒキダシ 50000 ザンダカ2500000


10月18日 ヒキダシ 50000 ザンダカ2450000


10月22日 ヒキダシ 100000 ザンダカ2350000


10月25日 ヒキダシ 100000 ザンダカ2250000


:


:


:


1月13日ザンダカ1850018








「どうして透が」と声を漏らした。




「これはカテイ内の通帳だ。見ての通りリョウシンは浪費癖が酷い。息子として、それはもう恥ずかしいよ。まとまった額が得られていなかった頃は50万の借金をしていた。二人で話せば、金や仕事や家事の不満のぶつけ合い。そんな現状を情けなく思っていた。幼稚な行為をしておきながら、一丁前に『ちゃんと勉強しろ』など、『オヤの言うことを聴けだ』の偉そうに。それはまだ限り無い譲歩で許せたよ。未熟なオヤだったんだなと。だが、この金を悪戯に使うことは許さない。この金は俺が小学生の頃にいじめを受けたときの慰謝料だったんだからな」




「それは引っ越しの時に使ったから」




「そんなの学校側から支給されている。小学生だったから誤魔化せられるとでも思っていたのか? 契約書類をあんたらで二人占めしてたもんな。それくらい普段から仲良かったら、日々のストレスも増しになんたっだろうな。伯父から別枠で貰っていたからな。そもそもじゃあどうして、こんな別々に金が引き出されているんだよ? こそこそしていたまではいい。必要以上に使う事が問題だ。大人のくせに小賢しい。そんなので、よくもまぁ今まで通り接してこれたよな? 本当にふざけるのも大概にしろ。子供の命から削られた金を散財した気分は? さぞや、気にせずに己の欲望だけ考えていたんだろうな? それがこの通帳に顕著に表れている」




ここで、おれはあるものを2つ両手に掲げる。




「あたしのネックレス。」「俺の時計」




「黙れっ! ! ! 」




「ネックレスはダイヤモンド製で0.5カラット丸々使った贅沢な代物だ。舞踏会で着けたら、憧れの的だろうな。使用者がふさわしいかは別として。時計はスイス製のオーダーメイド。どう考えても重役が着けるものだな。仲良くご機嫌なものを買っていいご身分だな。あぁそうだったな、あんたらこれを自分らの物だと主張したな? 断じて違う。全て俺の金だ。慰謝料が無い頃、ろくに貯金もしてない分際で何を抜かしている。泥棒から奪い返した物にとやかく言われる筋合いは無い。丁度いい機会だ。今までの醜態をゴミどもに聴いて貰って世間としての評価を再認識しろ。他のゴミどもも、利用価値を与えてるのだから、ありがたく聴け」




 録音機をマイクに近づけて起動する。


そこには、俺の慰謝料をどう使うかの話し合いや普段のオヤ同士の口論の状況がはっきりと再生されていた。


大勢の客観的な視点を目の当たりにすると、その異常性が再確認される。


驚きを隠せないでいる。中には、「これ、本当に親なの? 」と、口を溢す者までいた。




「どうしてこんなものって顔をしてるなお二方。これは、伯父の協力で作ったものだ。伯父は弁護士だったからな。小学生の頃お世話になった事くらいは覚えてる事だろ?子供の金を勝手に使うオヤだから自信を持って肯定は出来そうにないが。つまりはそういう事だ。そんで、本来なら、伯父もここに同行して、いじめの解決に協力してくれるはずだった。それなのに……」




ここで、間を起き、今までの激昂に身を任せたようなものではなく膨らみきった風船が破けていくようにして。




________「裏切った。」_______




ここに存在しない伯父をいいことに、遠慮なく、悪者へと仕立てあげる。




「伯父が裏切った理由は阿多谷の父親が口止め料によって協力が無かった事となった。それから卒業式迄ずっといじめられてきた。伯父も小学生の時に世話になったとしても、金に目が繰らんで裏切った事には変わらない。相応の報いを受けてもらう。いじめが起きている中で、最も許せないのは、手を指しのべた手を途中で振り払われる事だ。希望与えて起きながら……。伯父がここにいない事に、はらわたが煮えかえりそうだ。必ず、行き先を突き止めて、受けた痛み以上の痛みを返す。そうした中で、どうやっていじめを無くす事ができる? 学校は知らん顔。オヤは頼れるような立場でなかった。頼みの綱の伯父にも裏切られる。けれど、たった一人深川先生だけは最後まで味方でいてくれた。これからは深川先生が保護者として一緒に暮らす。 ここは学校では無い。学校の皮を被った掃き溜めだ。ここで、のうのうと卒業式を送らせてやるきなんて無い。見せしめが必要だ。阿多谷金元。こっちへ来い」




「何で君の命令なんて……」




「命令? 何勘違いしてるんだ? 拒否できる立場じゃないだろ? そういえば阿多谷、お前って、父親には完璧である様に振る舞っていなかったけ? そんな態度でいいのかよ? なんなら証拠の映像や音声をまたここいらで見せておこうか? 」




「っ! ……」




 不本意な態度が消えないまま、檀上へと向かって来る。もう既に不甲斐ない姿を見せているというのに。




「……」




「ここで、土下座しろ」




「は? 」




「土下座の意味がわからないのか?てっきり父親の部下とかが行っているのを見たりしているものとおもったのに。いいか?土下座って言うのはな? 」




「何で僕が土下座をしなければいけないんだ」




「当然だろ? いじめの張本人であるお前がけじめをつけないでどうする? 慰謝料は勿論払ってもらうが、その前に反省を形として貰うのなんて、おかしいことじゃない。当たり前のことだ」


一度目線を生徒席正面に向ける。




「言っとくが、阿多谷の次はお前ら全員にやってもらうからな。生徒、先生、オヤ関係無くな」




「さぁ、阿多谷。早く土下座しろ」




「……」




「それじゃあ、他の証拠も出そう」




「や……る」




歯切れの悪い返事から土下座の動作を始めようとするが、それは、脚がくの字で手を膝に置いた態勢で止まっている。




「どうした? それは土下座じゃないぞ。さっさとやれ」




「……」




「もういい。証拠の映像を流す」




「な、なぁもうやめてくれないか? 」




「は? 」




は?




「何故お前が泣いている」




「頼む土下座はダメなんだ。悪かったから。もうあんなことしないから」




「この期に及んで、虫のいい話が通るわけ無いだろ! ! 」




 頭を押さえつけていた。演出の延長上ではあったが、素で腹が立った。いや、ここで、土下座しようとしまいが、金は手に入る手筈になっている。坂井の無念を晴らしたい訳でも無い。




【【【【【【【【【本心は。】】】】】】】】】




【ゴミなんだから都合の良いサンドバッグになってろ】だ。




 頭上を見下ろしながら、阿多谷を八つ当たり紛いで、高圧的に話しかける。




「なぁ? なぁ? お前のやってきたことを思い出せよ。 いじめ をやってきたよな? それで、何でお前が可哀想な奴みたいになってんだよ! 因果応報って言葉を優等生君が知らないわけないよなっ! 知ってて、仕返しがないとか思ったんだろう? そんな屑が慈悲を求めんな! ! 」


そう言い捨てて、頭へ拳を振り下ろした。




ストレスの捌け口として、ろくでなしをなぶるのは都合が良い。


そこにはいじめをした、いじめを黙認したという大義名分がある。


許してはいけない存在。


だから多少の強引なことをしても許される。




いじめられたのだから。オヤというしがらみから解き放たれるために金はいる。


だが、俺は被害者だ。子はオヤを選べない。


とんだ貧乏くじを無理やり引かされのだ。


そのやるせなさを引きずらなければいけないなんてまっぴらだ。




それで誰が助かるのだからWin-Winだろう。


俺に感謝の一つが有っても罰は当たらない。




「金元」




 土下座を渋る阿多谷の姿を見かねて、誰かが声をあげた。声をあげたと言っても、怒鳴り声など言ったものではなく、諭すような口調だ。その声を俺は知っている。




「息子が不甲斐ない姿を見せてしまったね」




「いじめっ子の父親が何の用で? 」




「いや、本当にそうだ。息子に変わって、この通りだ」




そう言うと……! ?




は?




あの男は何をしているんだ? 正座して、両手で三角形を作り、床へ置き、頭がその両手へ敷かれる動き。


土下座……。


いや、何で阿多谷の父が土下座を。プライドの塊の阿多谷がその事で狼狽えているというのに。




父の方にはプライドが無いのか? 血の繋がりでも無いとでというのか?


いや、親だからといって似てないといけないという道理は短絡的すぎるか。


今起きている、あり得ないという感情に惑わされるな。




「何の真似です? 」




「息子の不徳は親として、見過ごす訳にはいかない。だだそれだけだよ。……金元」




 ヒッと、阿多谷はピクリと反応した。阿多谷父は土下座して顔も挙げず話している。


誠意を表してるつもりなのだろうか?


これではいじめっ子の貫禄はまるで無い。既に無いに等しいが。




「土下座をしなさい。お前にはそれを行うの責務がある。理不尽な行為を続けてきた報いはしっかりと果たさないといけない」




そう言われ、阿多谷はカタカタと、震えながら土下座をした。


俺はそれを見下ろして。




「何か言うことがあるだろ? 」




「……ま……で……た」




「……小さい」




「ずみ……ませんっでした」




「言われる前にっやれ! 」




不良品のダメさ加減に苛立ち、頭のパーツを念入りに踏みにじる。




「おっっい。ずぁんでぞんな事ずるんだ」




「阿多谷! 謹んで受けなさい。そして皆さんも土下座をしてください。向井間君へしてきた仕打ちを考えれば、当然のことです。私の立場上、言えたものではありませんが、それでも、あなた方が今そこでただ呆然としているのは見過ごせないです。だからせめて、いじめの張本人である父として、慰謝料の全てを肩代わりさせて頂きたい」




そう言た後に、指示らしきことを行う。手際よく、阿多谷父の側近らしきものが俺に小ケースが渡された。「ご確認下さい」と言われる。


中身は金だった。100万円の札束が七つ入っていた。




「今はそれしかご用意出来ませんが、今日中に足りない額は手配します。重ねて申し上げます。向井間君に土下座をお願いします」




 そう言い終えて、再び土下座をした。




 その献身的な対応に胸を打たれたのか、周りにいる有象無象は次々と土下座していった。




【は?なんだよこれ?土下座を求めたのは確かに俺だ。だが、なんだ?この胸騒ぎは】








 心の整理が追い付いていていない内に、有象無象の土下座が一通り終わったようだ。




体育館を見下ろして、思った事。


これじゃない、だ。


目的の一つを果たしたというのに。




虚しい。




オヤが土下座しない事など大したことではない程に。




心の底から浮き出た、出所のわからぬ感情に従うように、体育館を出ていった。

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