第24話 殲滅姫の令嬢教育

 とりあえず、お姉さまが古大陸に戻ってきているということだけは確実ですの。メイド神拳を極めたお姉さまなら、きっと無事に違いないですわ。


 グレイベアを倒すほど強いお姉さまですもの。このサンチレイナ領の実家でお待ちしていれば、必ず戻って来てくださるに違いありません。


 であれば、わたくしとしては、お姉さまがいつ戻って来ても良いような環境を作っておくだけですわね。


 それにはまず、殲滅姫ローラの令嬢教育が最優先ですわ。


 シュモネーがいるから大人しくしているとはいえ、ゲームのラスボスが家に居座っているという状況は、まったくもって落ち着きません。


 もしローラが再びラスボス行動を始めた場合でも、サンチレイナ領だけは見逃してもらえるくらいには、恩を売っておこうと思いますの。


「それでね、エマ。このローラ嬢のことなんだけど、彼女に令嬢教育を施してあげて欲しいの」


「令嬢教育ですか……」


 第一突撃メイド部隊の元隊長であり、現サンチレイナ家のメイド長エマの瞳に鋭い光が走る。


 その鋭い眼光に、殲滅姫ローラが一瞬たじろいだのを、わたくしは見逃しませんでした。


 前世では、ゲームのラスボスとして何度も戦ったことがあるローラが、たかが人間のメイド長に警戒するなんて。


 数時間前までのわたくしなら絶対に信じられませんでしたわね。


 でも、メイド神拳の免許皆伝の最終試験が、己が身ひとつでグレイベア討伐することなんて知った後では、ローラの気持ちも分からなくはないですの。


 もしかするとですけど、ゲーム「殲滅の吸血姫」で魔王軍がサンチレイナ領を襲撃するのは、単に人間の領土を蹂躙するためではなかったのかもしれません。


 サンチレイナ領が魔王軍にとって脅威であったが故だったとか? エマやお姉さまを見ていると、そんな可能性もまったくの妄想だった。なんて切り捨てることはできなくなりましたわ。


「ジィィィ……」


 エマから向けられる視線に、ローラが小さな喉をゴクリと鳴らすのが聞こえました。


「ローラ様は、立派なレディになりたいと? 厳しい修練が必要ですが、そのお覚悟は出来ているのでしょうか?」


 エマの低い声に、ローラは一瞬たじろいだものの……


「も、もちろん本気よ! 本気でやるわ!」


 喰いつくようにエマに応えましたわ。


 ブワァァアアアアアア!


 ローラの決意を聞いたエマの両目から、いきなり涙が滂沱のように流れ落ち始めたので、わたくし吃驚してしまいましたわ。


 エマの厳しい顔が感動で緩み、その鬼ような厳しい顔から滝のように涙が流れているのを見て、ローラが困惑しておりますわ。


「ローラ様、なんと素晴らしい! これまで大変な苦境に会われていらっしゃったでしょうに、それでもなお立派なレディとなることを目指そうとするその心意気! エマはこの生涯において、ここまで心を打たれたことはありません!」


「えっ!?」

 

 ローラがさらに困惑しているようですわ。


 わたくしも、この鬼より怖いエマのこんな表情を見るのは初めてですのよ。


 あっ、あんまり鬼鬼と頭の中で考えていると、思わず口に出してしまうかもしれないので注意しなければなりませんわね。


 昔は、エマに叱られたとき「鬼エマババァ」と思わず悪態をついてしまい、怒ったエマに高い木の枝からロープで吊り下げられたものですわ。

 

 あっ、思い出したら、ちょっと寒気が……。もう二度と木に吊るされるのは御免ですの。


 困惑するローラに向って、エマが彼女を立派なレディにする約束をしておりますわ。


「このエマがローラ様に我がメイド道の全てを叩き込んで差し上げます! メイドは令嬢に到るための最も重要な嗜み。必ずやローラ様をこの国に並ぶ者のない最強の令嬢にしてみせましょう!」


「はいっ! よろしくお願いします師匠!」


 ラスボスが、うちのメイド長に弟子入りした瞬間でした。


 次の日から、早朝ランニング中のエマとローラの姿が見られるようになりましたの。


「メイドの修行は、命懸け~♪」 

「メイドの修行は、命懸け~♪」 


「愛しいアイツも、逃げてった~♪」

「愛しいアイツも、逃げてった~♪」


 エマとローラの奇妙な歌声で目が覚めたわたくしは、そっとカーテンを開いて彼女たちが走る姿を覗いてみました。


「領主のぼっちゃん、見つめてる~♪」

「領主のぼっちゃん、見つめてる~♪」


「女やもめに、花が咲く~♪」

「女やもめに、花が咲く~♪」


「ソイッ!」

「ソイッ!」


「ソイッ!」

「ソイッ!」

 

「メイドの修行は、命懸け~♪」 

「メイドの修行は、命懸け~♪」 


 いったいエマはローラに何を教えているのでしょう。たしか立派な令嬢になるための、修行だったような気がするのですが。


 わたくし、あまり関わりたくなかったので、そっと窓のカーテンを閉じて、またベッドに戻りましたわ。


「領主のぼっちゃん、見つめてる~♪」

「領主のぼっちゃん、見つめてる~♪」


 まさか……そのぼっちゃんて、うちの兄弟のことじゃないですわよね!?


 

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