第23話 アンナ・サンチレイナの武者修行

「アンナお姉さまが武者修行の旅に出ていたなんて! いったいどうして!?」


 お姉さまがいない!


 衝撃的な事実を、お父様から聞かされたわたくしは、全身の血がサァっと引いて行くのを感じました。


 わたくしにとって、アンナ姉さまはこの世の誰よりも大切な人ですの。本当のところを言えば、サンチレイナ領に戻ってきたのは、ただただお姉さまに会いたかったからですのに!


 あぁ、アンナお姉さま!


 こうして家に戻ったら、何よりもお姉さまの艶やかで長い、漆黒の髪に触れたかったですのに!


 お姉さまの優しい青い瞳に見つめながら、何度も大好きって言いたかったですのに!


「どうしてお姉さまがいらっしゃらないのですのー!」

 

「お嬢様、それについては私がお話させていただきます」


「エマ!?」


 振り返ると、居間の入り口に立っていたのは、我が家のメイド長であるエマ・ヴァルトノアでした。


 エマは、元軍人であり、若い頃には第一突撃メイド部隊の隊長を務めていたという、我が家のメイド隊の中でも最強のメイド長ですわ。

 

 エマの背景については、ゲーム『殲滅の吸血姫』の本編では語られておらず、二次創作界隈のオリジナル設定なのですが、そういうところまでこの世界に反映されているのでしょうか。少し気になるところでわありますわね。


 コホンッとひとつ咳払いをして、エマはお姉さまが武者修行の旅に出た経緯について話してくれました。


「アレクサーヌ様とフレデリック殿下のご婚約が決まった際、アンナ様は妹の恥にならぬよう己に磨きを掛けると強い意志を固められました」


「そんな!? 姉さまは今のままで完璧なレディですのに、どうして……」

 

「その日以降、アンナ様は過酷な修練の日々を送られるようになりました」


「修練?」


「はい。私直伝のメイド神拳の修練です。そしてついにアンナ様は免許皆伝の最終試験に挑まれたのです」


「メイド神拳の?」


「はい。その試験は、己が身一つでグレイベアを倒すことでした」


「はいぃぃぃ!?」

「えぇええええ!?」

 

 わたくしと一緒に素っ頓狂な声を上げたのは殲滅姫ローラでした。他の家族たちは、腕を組んでうんうんと何を納得しているのか知りませんが、とにかく頷いておりました。


 そんなわたくしの家族に、エマは生暖かい目を向けながら話を続けました。


「私がメイド神拳を引き継いで以降、この最終試験に合格したものはおりません」

「でしょうね!」 


 ローラが喰い気味にツッコミを入れましたわ。その気持ちは良くわかりますの。グレイベアと言えば、超が付くほどの巨大な熊。討伐には軍が部隊を率いて対応するような魔物なのですから。


「ですが、アンナ様は見事に試験をクリアされました」


 エマは感動で溢れる涙をそっと拭いながら、お姉さまの偉業を称えました。


 一方、ローラといえば、その下顎が床に落ちそうなほどに開いて固まっておりましたの。おそらく、わたくしも同じような顔をしているに違いありませんわ。


「グレイベアって、人が単身で倒せるものですの!?」※わたくし(呆然)


「はい。メイド神拳であれば」とエマ。


「いやいやいや、魔族でさえグレイベアを見たら逃げ出すような怪物なのよ! それを身体ひとつで倒したというの!?」※ローラ(唖然)


「はい。メイド神拳を極めれば容易いことでございます」とエマ。


「わ、わかりましたわ。ととととにかく、姉さまはグレイベアを倒して免許皆伝を受けられたのですね。それでその後はどうされましたの?」


 わたくしは、泥沼になりそうなこのやりとりから抜け出るために、話を強引に変えることにしました。


「アンナお嬢様は、グレイベアとの戦いを通して、未だ己の中にある未熟さを自覚したとおっしゃられて、それで……」


「それで?」


「さらなる強敵を求めて、新大陸に向かわれたのです」


「新大陸ぅぅぅぅう!?」


 あまりにも予想の斜め上を行く展開に、わたくしの意識は一瞬飛んでしまいました。


 新大陸なんて、この大陸の人にとっては正に異世界と言っても良いくらい遠い場所。大陸最西端のサマワール帝国からでさえ、大船団を編成して何ヶ月もかけて向かうようなところですわ。しかも、無事に辿り着く保証はないのですから、お姉さまの身を按ずるわたくしが気絶するのは当然のことですの。


「新大陸うぅぅぅ!?」


 殲滅姫ローラがわたくしに一瞬遅れて絶叫を上げました。


 それにしても、さすがアンナお姉さま。いつも、わたくしの想像を超える斜め上を行かれる素敵な姉上ですわ。


「その後にアンナ様にお手紙が届きまして」


 そう言ってエマは懐から一通の手紙を取り出しました。


「手紙!? 新大陸から?」


「いえ、新大陸での修行を終えられて、この大陸に戻られたときに書かれたもののようです」


「新大陸から戻ってきたの!?」


「はい。この手紙は恐らくサマワール帝国から出されたもののようです。それによると、新大陸で天使となのる者から秘伝の武術を授けられたアンナ様は、その武術を極めるため、もうちょっと頑張ってから実家に戻るということでした」


 お、お姉さま……


 いったい、どこで何をしてますのぉぉぉお!?




★ 関連するお話もぜひお楽しみください ★


◆ アンナが活躍するお話はこちら

⇒メイド師匠に伝授された萌拳で無双します!

https://kakuyomu.jp/works/16816927863045932910


◆ 新大陸フィルモサーナの物語はこちら

⇒ ミサイル護衛艦が異世界転移!? しかも艦長が幼女になっちゃいましたけど?

https://kakuyomu.jp/works/16816927862346660239


⇒異世界転生ハーレムプラン ~ 最強のスキルが【幼女化】ってマジですか?~

https://kakuyomu.jp/works/16816927860409109640

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る