始まりの原罪

 家に帰ってすぐ、狼流ロウルはネットで調べ物を始めた。

 ヒーローマニアでヒーローオタク、そんな狼流にも知らないことは沢山ある。今という時代、世界規模のインフラとしてネットは完全に定着し、あらゆる知識と記録は共有されていた。

 必定、オタクは自分で『』をたくわえる必要がなくなったのである。

 知識量で愛を計ることも、記憶力でマウントを取ることも時代遅れだ。


「ん、この事件か? 2028年……今から17年前だ」


 当時のネットでのニュース記事を、ようやく狼流は見つけ出すことができた。

 年代は、事件を契機に真心マコロが生まれたという話と、ほぼ符合する。

 そして、過去の真実を探す過程で歴史を目にした。


「大変な時代だったんだな、昔は」


 かつて、全地球規模のパンデミックが人類を襲った。

 高度に発達した物質文明は、飛行機や大型船で世界を狭くしていた。その恩恵が、未知のウィルスにとっては大きなアドバンテージになったのである。

 そして、世界中に感染があっという間に広がり、多くの命が失われた。

 その過程で、感染者の中から遺伝子の変質した状態の新生児が生まれ始める。

 それが、遺伝子変異体いでんしへんいたい……超人である。

 最初はその存在は秘匿ひとくされたが、すぐに明るみに出た。

 救世主メシアか、それとも悪魔サタンか……

 国際超人機構こくさいちょうじんきこう発足ほっそくするまでに、世界はかつてない混乱を経験したのだった。

 そのことを思い返していると、ドン! と狼流の前に大皿が置かれる。


「オラオラ、狼流ゥ! 飯だ! オプホオプティフォンいじってないで、さっさと一緒に食べようぜ!」


 食卓のちゃぶ台で情報を整理していた狼流は、温かく美味おいしそうな匂いに刺激される。

 姉の麗流レイルが作ってくれる、大好物のオムライスだ。

 身体が小さい割に大ぐらいな狼流のための、特大サイズである。

 そして、そんな狼流よりさらに小さい麗流も健啖家はらぺこキャラなのだった。

 二人で大きなオムライスを前に、手を合わせていただきます。


「で? 狼流はなにを熱心に見ていた! ひょっとしてあれか、えっちなインターネットか!?」

「や、そういうのはここでは見ないって」

「だな! 部屋の端末で見て、ちょくちょく履歴を消してるもんな!」

「……姉貴あねき、なんでそゆこと知ってるの。ちょっと、昔の事件を調べてるんだ。ほら、これ」


 はふはふとオムライスを頬張ほうばる。

 ふわとろ半熟の玉子焼きも好きだが、麗流のオムライスは田舎いなかの食堂スタイルだ。きっちり玉子は火を通して、器用にチキンライスを完全密封している。

 狼流は食事を続けつつ、オプホに先ほどの記事を表示させた。

 二人の間に、立体映像が浮かび上がる。


「おお、あの事件かあ。なんだ、狼流! 宿題かなにかか?」

「いや、個人的な興味……ってか、姉貴は知ってるの?」

「ガハハ! あったりまえだ!」


 ――帝都連続殺人事件。

 被害者218名を数える、過去最高の凶悪事件である。

 シリアルキラーとしては前代未聞ぜんだいみもんの数字だが、捕らえられた犯人は超人ではなかった。超人的な犯行の全ては、

 捜査の初期段階では、犯人はヴィラン、未登録の超人とされていた。

 ゆえに、ヒーローたちが国際超人機関の合意を持って捜査に協力していたのである。


「アタシたちの業界でも有名な話だ。なにせ消防も警察も、災害時は自衛隊もだが……ヒーローとは切っても切れない縁がある。けど、この事件で一時とはいえ、互いの信頼は大きく揺らいだのも事実だ」


 大規模な捜査で追い詰め、逮捕にいたる直前……犯人が超人ではないという可能性が浮上し、一次的にヒーローの参加が停止された。

 ただ一人のヒーローを除いて。

 機構の勧告を無視したヒーロー、それが……


「確か、アルケミスターエス! Sは鋼鉄のSだ!」

「おっ、流石さすがは姉貴! なんか、昔のヒーローカードで見た気が」

「わっはっは、お姉ちゃんも昔はヒーローカードを集めてたからな!」


 この姉ありて、この弟ありである。

 間違いなく姉弟である。

 そして、このアルケミスターSが恐らく、真心の父親だ。

 事件は最終盤、警察の捜査班に多大な犠牲を出しての大捕り物になった。検挙するべく踏み入った犯人のアジトで、多数の死傷者が出たのだ。アルケミスターSの奮戦もむなしく、多くの尊い命が奪われたのである。

 さらに、ようやく確保した犯人は普通の人間だった。

 当時から、ヒーローは一部の限定した事件にしか干渉できない決まりがあった。

 それを裁定する国際超人機構の処分は、重いものだった。


「アルケミスターS、能力はクリエイション。えっと、なになに……地球上の物理法則で論理的に存在可能な被造物ならば、なんでも生成が可能。ああ、なるほど」


 無敵のロボットヒーロー、メイデンハートそのものとも言えるあの外装スーツ……あれは、やはり超人の力で鍛造たんぞうされたものだったのだ。

 そして、鍛え抜かれた愛娘まなむすめをその中へと押し込み、ヒーローをやらせている。

 超人の子でありながら、普通の人間として生まれた真心にそう演じさせているのだ。


「うーん、美味いな! 流石はアタシだ! 狼流、ちゃんとサラダも食え!」

「おうっ! ……なあ、姉貴」

「うん?」

「アルケミスターSは、ルールを破った。そして、ヒーローが少なかったから犠牲者は増えた。そうなんだよな」

「アルケミスターSも去って、ヒーローが一人もいなかったら……もっと警察関係者が死んでたぞ。そして、この事件を契機に国際超人機構の制度も改革されていった」


 あぐあぐとレタスを口に放り込みながら、麗流は言葉を続ける。

 自然と狼流は、姉の話に耳を傾けつつ、ティーポットから茶を継ぎ足してやった。


「人間の犯罪は人間が、ヴィランの犯罪はヒーローが解決する。両者が協力し合うのは、大規模な事故や自然災害の時だけ。そして、その判断は全て機構が握っているんだけど」

「偉い人があれこれ考えてる間、ヒーローは命令待ちってことか? 姉貴」

「例の事件以降、機構の指示待ちの限定的な時間だけ、ヒーロー自身の判断を優先していいということになったんだな。だからまあ、この間のメイデンハートも」


 大型商業施設、ジャシコでの事件を思い出した。

 あの時、メイデンハートは……真心は、麗流の救出よりもヴィランの退治を選ぼうとしていた。実際に操っていたのは狼流だが、隣で見た真心の横顔は冷たい気迫に満ちていた気がする。

 あれがヒーローとしての判断なら、ヒーローとはなんだろうか。

 狼流は、自分が憧れた気持ちや想いが揺らぐのを感じていた。

 思わずスプーンを口に運ぶ手が止まったが、姉は気にせずパクついたまま話す。


「真心ちゃんのことを考えているな? 狼流ッ!」

「なっ……い、いや、これは、っていうか、メイデンハートは推しだし」

「お姉ちゃんは姉だからな! お前の考えなどいつでもお見通しだ!」


 確かに、昔から麗流には隠し事ができない狼流だった。

 特別な遺伝子を持って生まれた、超人たち……その中でも、社会と正義のために立ち上がってくれたのがヒーローである。

 同時に、自分の自由と欲望のために暴走するヴィランがいる。

 それが当たり前の世界で、狼流はヒーローに憧れヒーローを目指した。

 その気持ちを今、麗流が思い出させてくれた。


「いいか、狼流! アタシは、自分で敷いたレールの上を全力で突っ走る! それがアタシ、飛鳥麗流アスカレイルだ!」

「ア、ハイ。……ま、知ってるし。姉貴、いつもそうじゃん」

「当たり前だぁ! だから、いいか狼流! お前も自分で自分の役目ロールを探せ。探して見つからねば、作り出せェ!」

「姉貴、暑苦しいって」


 盛り上がってしまったのか、麗流はテンション爆超ばくちょうで起ち上がってしまった。

 だが、同じ血潮の熱さが狼流にもあって、確かに今も燃えている。


「ま、姉貴が言うなら間違いねえ! うおお、俺はやるぜ! ……ん? あれ、これは」


 記事の最後は、当時を振り返るナンバーワンヒーローのインタビューで締めくくられていた。事件から数年後、凄惨な過去をしのぶ式典でのものだった。

 今と全く変わらぬ、ウルティマイトの笑顔がそこにはある。

 そして、その足元に……小さな小さな女の子の姿があった。

 どこかで見たことがあるようで、思い出せない。

 だが、狼流はその幼女を知っているような気がしていた。

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