新たな恐怖へヒーロー・イン!激動編

戦慄のバカ対決!?燃えろよ浪漫!

 真心マコロが転入してきたことによって、狼流ロウルの日々はますます賑やかになった。

 基本的に、狼流がフォローしてやらないと、真心はすこと全てが危なっかしかった。だが、その都度つど新鮮な驚きに目を輝かせる彼女が、なんだかとてもかわいく思えた。

 手のかかる妹(ただし自分よりずっと長身)ってこんな感じかもしれない。


「よーしっ、時間ピッタリだ! ……まだ来てないみたいだな、ロボット部は」


 今日も今日とて、狼流は英雄号のコクピットに収まっていた。

 放課後、学園内の河川敷かせんじき

 ガチ校が内包する市街地を貫く、大きな大きな一級河川にロダ研は来ていた。水面にセンサーを向けるべく、英雄号の首を動かす。中等部のボート部らしき一団が、声を合わせて川の流れを滑っていった。

 周囲にはチラホラと、物好きな見学人が増えてきている。


『あー、ゴホン! 少年、今日も今日とて部活同士の不毛な派閥闘争だ。よろしくやってくれたまえ』

「あのー、会長? こういうの、話し合いでどうにかならないんですか」

『キミは本気で地球上から戦争がなくなると思ってるたちかね?』

「そういう極端な話じゃなくてですね」


 相変わらず通信の向こう側では、アイネがのほほんと怖いことを言う。

 だが、先日のような奇妙な緊張感はなかった。

 あの時のアイネは、ちょっと怖かった。

 ひょっとしたら彼女にも、なにか秘めたる想いがあるのかもしれない。そう思って言及は避けつつ、なんでもない日々の珍事として狼流は心にしまっておく。

 いつか、思い出話として笑って振り返る日が来ると願って。

 そんなことを考えていると、不意に真心の声が割り込んできた。


『狼流君、敵襲です。ロボット部の機体と思しき反応、接近中』

『おいおい、真心クン。割り込みはいただけないね。あと、顔が近いよ』

『索敵を厳に、周囲を警戒してください』

『いやだから、顔が近いのだよ……ええい、真心クン! 少し離れ給え! キミだってオプホくらい持ってるだろうに!』

『所持してません。父様とはこれでいつもやりとりしているので』

『腕時計型のデバイスか……それではゲームも音楽も楽しめんだろう』

『有事の際には自爆装置も搭載されてますし、便利ですが』

『……もういい、そういう訳だ! 少年、軽く秒殺してやりたまえ』


 なんだかバックスの女性陣はゴタゴタしてるようだが、周囲にロボット部の機体は見当たらない。それでも、真心が接近中というのなら、現在進行系で近付きつつあるのだろう。

 それとなく英雄号を身構えさせつつ、ふと気になって狼流は回線を切り替える。

 先程からダンマリな少女が、ちょっといつもの元気をかげらせてると思ったからだ。


「おーい、蘭緋ランフェイ? お前、どした? やっぱ気なるだろ、ロボット部は古巣だし」

『……ほへ? あ、ああ、自分ッスか!? いやいや、古巣もなにも自分はまだロボット部所属スよ』

「そっか。なんつーか、ロボットプロレス? 挑まれたからには本気でやるけど、いいんだな?」

『当然ッスよ! マニュピレーターのマの字も理解しない野郎共は、鉄拳制裁ッス!』

「お前、いつも『素手すでで殴るな、指関節が壊れる』とかって言ってなかったか?」


 ちょっとだけ安心した。

 どうやら蘭緋に気負いや後悔はないらしい。

 そもそも、何故なぜ正式な部活動であるロボット部が、ごっこレベルのローダボット研究同好会に絡んでくるのか。

 その理由は、一つしかない。

 そして、狼流にはよくわかる。

 頭での理解ではなく、心で感じている確信があった。


「ローダボットだろうがロボットだろうがさあ。自分と相手がいたら戦いたくなる、それが熱血スーパーロボットモノってもんだろ! ……お? え、あ、ハイ……そうきたかー」


 不意に、河の水面みなもが波を寄せて揺れる。

 対岸で野球をやっていた少年少女たちが、振り向くなり一斉に言葉を失っていた。

 そして、巨大な物体が川底から浮上する。

 白く波立つ水をはねのけ、巨大なロボットが現れた。

 その姿は、人型ではない。

 いうなれば肉食恐竜、二足歩行で尻尾を持つ国民的怪獣ゴジラてきなスタイルだった。


『はーっはっはっは! 待たせたなぁ、ロダ研! ロボット部、推参すいさんっ!』


 怪獣は海からやってくる、これは王道のお約束だ。

 まあ、ここは海じゃなくて川だが。

 ドシン! と大地を踏み締め、ロボット部の機体が上陸する。

 それを見守る観衆たちからは、興奮とドン引きが入り交じる声が無数に上がった。

 一方で、アイネや真心、蘭緋のリアクションはテンションが低い。


『あれは……ナンバー取れませんね、会長。ローダボットの規格ではありません』

『ああ、そういうことかな? 車検通らないから公道走れなくて、それで川から』

『ってゆーかっ! 見るッス、みんな! あの手、手になってない両腕を! かーっ、許せないッスー!』


 プンスコと怒り出した蘭緋の声に、狼流は相手の腕部をズームアップしてにらむ。

 いわゆる、ティラノサウルス系の恐竜は、化石を復元した姿では手が小さい。肥大化した頭部のあごに対して、まるで退化したような印象があるのだ。

 だが、目の前の怪獣ロボは違う。

 右手は、黒光りする鋭いドリルだ。

 左手は、上下に別れてガチガチと開閉を繰り返す鉤爪パワークローである。


「あー……それな。蘭緋が絶対にノゥ! なやつだなあ」


 だが、向こうのパイロットは興奮気味に叫ぶ。

 回線を通した通信ではなく、拡声器を通して肉声で好き放題に言ってくれる。


『さぁ、ロダ研! 謝るなら今のうちだ! 我らがアイドル、ロボット部の紅一点こういってん……蘭緋ちゃんを返すんだぁ!』

「いや、返すもなにも、お前のもんじゃないだろ」

『我々のようなオタクにも優しい女の子はな、絶滅危惧種なんだぞ! レッドデータなんだ! だから……お前たちロダ研には、渡さないっ!』


 連中はただのオタクではないようだ。

 凄く、凄く凄くである。

 流石さすがの狼流も、あれが一種の同族かと思えば気が滅入めいる。

 足元を蘭緋が猛ダッシュで前に出たのは、そんな時だった。

 声を張り上げる彼女の絶叫が、音響センサーを通じてコクピットに響く。


『なに言ってるスかあ! そのダサいセンス、最悪ッスよ。怪獣なのはいいとして、手! その手、マニュピレーター! アホなんスか、どーしてドリルと鉤爪なんスかぁぁぁ!』

『ふっ、蘭緋ちゃんにもわかる時が来る……この男の浪漫ロマンが』

『自分、女だから知らねースよぅ』

『そう、オタクに優しい女の子は、最初はみんなそう言うんだ』


 駄目だ、会話が成立していない。

 

 やれやれと頭をボリボリかいて、狼流は英雄号を一歩前進させた。


「下がってろ、蘭緋。見せてやろうぜ……お前が作って俺たちで調整した、五本の指で構成されたマニュピレーターの有用性をさ」

『せ、先輩……あーもぉ、そゆこと言わないでほしいッス! 優しさが不意打ちッスよぉ』

「ん? どしたお前。まあ、見てろって」


 ギュイイン、と怪獣ロボの右手が唸りを上げる。

 あんなゴツいドリル、かすっただけでも致命的な傷が機体に残る。

 そもそも、英雄号は国の法に則ったローダボットだ。改造車両としてナンバーも登録してあるし、その外装は頑丈ではあっても無敵ではない。

 だが、一番の武器は器用さ、俊敏さ、そして狼流のガッツだ。


『ええい、行くぞぉぉぉぉぉ! 進撃、スーパーダイラント!』

「はいはい、いいからいいから……悪いけど人間は、知恵と勇気で道具を使う生き物なんだよね」


 キュイン、と英雄号の腕が鳴る。

 超電導モーターが各関節で仕事をして、なめらかに右手が腰の背部へと回った。

 そしてそこから道具を取り出す。

 それは、ローダボットのサイズに作られた棒状の物体だ。

 しっかりと五本の指で握れば、馴染むような一体感が狼流の手に感じられる。今、狼流の手の動きをトレースして動く英雄号は、やや大振りのナイフに似た武器を突き出していた。ただし、鋭く切れる刃はない……形だけは刃物に見えて、今はなにも斬れない。


「おーし! ガガガジェッター、モードGUNガン!」

『ちょっと先輩! 変な訳し方しないでほしいス! それは正式名称、ガード・ガット・ガジェットターミナル!』

「略してガガガジェッター! いくぜっ!」

『いくなーッス! もう、先輩のアホー!』


 ガチャン! と片刃のナイフが持ち手側だけ折れ曲がる。

 あっという間に、それは拳銃へと姿を変えた。

 それを向けると、突進準備中だった怪獣ロボが怯む。


『あっ、飛び道具! きったねえ!』

「やだなあ、ロボット部の部長さん……汚くない! 英雄号はその手に馴染なじんだ108の道具を使いこなすことができるのだっ!」


 嘘である。

 以前から設計と製造を進めてたガガガジェッターが、唯一の装備だった。

 計画では108種類あるが、それは未来の後輩たちに頼むことになるだろう。

 容赦なく狼流は、見えない銃爪を自分の手で引き絞った。

 ポシュ! ポポシュッ! と、圧搾空気あっさくくうきが抜ける音が断続的に響く。

 装弾数はリボルバー式で六発、原理としては空気銃である。


『ぐあっ! なんだこりゃ! 身動きが……トリモチかよ! ビームとかレーザーじゃないのかよっ!』

「いや、そんな物騒なもの持てないって。……考えてはあるんだけどねー」

『ええい、動けっ! 動け動け動け、スーパーダイラントォ!』

「や、努力と根性は大事でも、それだけではロボって動かないっしょ」


 勝負はあった。

 というか、勝負にならなかった。

 話にならないとさえ言えるかもしれない。

 特製のトリモチ弾をお見舞いして、狼流はガガガジェターをクルクルと英雄号の指に遊ばせる。だが、その時に不幸が襲った。


「楽勝ぉ! やっぱ最高にヒーローだぜ、英雄号っ!」


 バシィ! とモードSLASHスラッシュへ戻して握った、かに思われた。

 だが、現実には英雄号の手からガガガジェッターは消えている。

 そして、背後で悲鳴と同時に土がえぐれる落下音が響いた。


『せせせ、先輩っ! 殺す気ッスかああああ!』

『蘭緋さん、アイネ会長、無事ですか? 咄嗟とっさとはいえ、お二人を小脇に抱えて飛んだ無礼をお許しください』

『真心クンがいなかったら今頃……あーあー、少年? 聴こえてるね? ……あとでオシオキだ、いいね。覚悟するのだよ、フフフ』


 英雄号のマニュピレーターはこだわりの逸品で、極限の器用さを誇る。

 だが、その巨腕にシンクロする狼流の器用っぷりは……実は、お世辞にも凄いとはいえないものなのだった。

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