ただいま日常、いらっしゃい学園生活
正義感
嬉しい。
それで狼流は、早めに登校して英雄号を部室のケイジにまずは戻した。
「じゃあなにか、少年。ベコは
「デカい屋敷でしたからねー。でも、ベコは真心が拾ったし、真心に
「ほう? それでキミは、ボクの朝のもふもふタイムを奪ったという訳かい?」
「なんです、それ……え、会長って意外と」
「はっはっは、かわいいものが嫌いな女子などおらんよ」
部室には既にアイネがいて、二人で校舎へと歩く。
相変わらず今日も、アイネは真っ赤なマフラーを
だが、すぐに彼女はいつもの冷静でミステリアスな雰囲気を
「それで? 真心クンの私生活、プライベートはどうだったかね」
「いや、その……そういうのって、あるんですか?」
「ボクに聞かないでくれ
「なんていうか、あいつにはメイデンハートになって戦うだけの日々しかないんです」
「……だろうね。そんなことだろうと思ったよ」
アイネには想定内、予想できてたことらしい。
真心には、おおよそプライベートと呼べるものがなかった。それは、彼女自身の自我や意思が希薄なことにも起因しているだろう。
元ヒーローだった父親の命令で、ひたすらヒーローとして活動する日々。
そのためのトレーニングと、適切な栄養を摂取するだけの毎日なのだ。
遊ぶ時間もオシャレもない。
服も必要最低限しか持ってないのだ。
そのことをアイネに告げたら、意外な言葉が返ってきた。
「それで? 少年、キミはどうしたいんだい?」
「へ? どうしたい、って」
「
言われて思い出せば、
そして、必ず別れ際に「さよなら」を告げてくる。
昨日もそうだった。
そんな彼女がどうしても、狼流は見てられないのだ。
「……ひょっとして俺、ウザがられてるんですかね」
「いや? 真心クンに限ってそれはないだろう。そもそも、意識されてるかどうかという問題はあるが。だがね、少年」
不意に、並んで歩いていたアイネが一歩踏み出る。彼女はそのまま、振り返るなり真剣な
いつも
「キミの干渉がキミ自身の善意と好意であっても……人の生き方に踏み込むからには、覚悟が必要だ。わかるかい?」
「……わかりますよ、それくらいは。まだ、ちゃんと理解はしてないかもですけど」
「ん、ならいいんだがね。どんな形であれ、一定の責任が生じることを覚えておき給え。その上で……覚悟があるなら、色々思うようにやってみるといい」
ヘラリと笑って、いつものアイネに戻る。
そうして前を向き、彼女は何事もなかったように歩き出した。
その横に追いつき、再び並んで狼流は告げる。
実はもう、思うようにやってみた、と。
思っていることを真心の父親に言ってやったと明かしたのだ。
すると、アイネは一瞬だけ目を点にして……そして、眩しい笑みを浮かべる。不思議で謎なアイネの笑顔を、狼流は初めて見た気がした。
「それはまた……ハハッ! いいじゃないかあ。やるね、少年!」
「でも、人様の家庭の事情に俺は踏み込みました」
「よかれと思って、だろう?」
「それは当然です! でも……今になって思うのは、お
周囲に登校する生徒たちが増える中、
再び合流すると、アイネはトントンと靴の
「おいおい、
「やな言葉だなあ。って、まあ、うん……少しわかりますけど」
「なに、キミはわかってなどやるな。無視しろ。少年、悪気がないのが
妙に
たった一つしか違わない先輩が、狼流には酷く遠い存在に思える。それが、先程の満面の笑顔と妙にミスマッチで、ますますアイネのことがわからなくなった。
アイネはマフラーで口元を隠しながら、静かに言葉を選ぶ。
「少年、ボクはキミの良かれと思う善性を信じているよ。大丈夫、キミなら真心クンを救える。そこまで大げさな話じゃなくても、きっといい結果を引き寄せられるさ」
「そう、ですかね」
「ただ、失敗したら責任はキミにある。最後に尻を拭くことまで考えた上で、善処することだね」
それだけ言うと、アイネは歩き出した。
階段までは一緒だが、二年生と三年生では教室のフロアが違う。
賑やかな朝の雰囲気は、そこかしこで学生たちが華やいでいた。
中等部の子たちもチラホラ散見されるし、小さな青春が咲き乱れている。
そんな中で、先を歩くアイネの背中だけが浮いて見えた。
それが不思議と、真心を思い出させる。
「アイネ会長っ! あの……お節介ついでですけど、ひょっとして会長も」
「おいおい、ボクはついでかい?」
「あ、いや、それは言葉のあやですって。でも……俺、なにか会長の力になれます? なんか会長ももしかして、困ってません?」
「ほう? そう見えるのかい?」
「わかりません。でも、もしそうだったらと思いました」
ふむ、と唸ってアイネは目を細めた。
隣の狼流は、妙な緊張感に汗をかく。
だが、アイネは
「おこがましいぞ、少年? そういうのは真心クンと、あとはたまにでいいから
「真心に言っておきます。多分、あいつの家にいるから」
「うんうん。さて、時間のようだね」
それでアイネは「それじゃ」と言って、しゅたっと行ってしまった。彼女の背が階段の踊り場を曲がって消えると、狼流も教室へと急ぐ。
僅か数日の停学だったのに、なんだか酷く懐かしい。
教室に入ると、クラスメイトたち全員が振り返った。
「おっ、来たな! 停学小僧!」
「お前さあ、なにやってんのって。ヒーローバカもここまでくると
「で? それで? なあ、話を聞かせろよ!」
「ちょっと男子ー? ホームルーム始まるっての!」
「あ、
いつもと変わらない光景だが、なんだか酷くジンと来た。
そして思った。
今度からはもっと、やり方や手段も考えよう。正義の心だって善意だって、その方法論を間違えれば周囲に迷惑だ。増して、自分のささやかな幸せすら失ってしまう。
停学は痛かったが、ちょっぴり色々学べた気がした。
そして、やっぱりクラスの仲間が眩しい。
バタバタと皆が席に着く中で、狼流も自分の机に向かう。
担任の女教師が入ってきたのは、そんな時だった。
「おらおらー、座れ座れー! あと狼流、停学明けたか……今度バカやったら退学もあるからなー? んー? わかってんのかオイ」
「ウス! 先生、
「ああ、とんだ迷惑だよ。お前のおかげで合コン逃したんだからな?」
美人だが、妙にサバサバとぶっきらぼうな女教師だ。
そんな彼女は、出席簿を教壇の上に置くと、いましたが入ってきた扉を振り返った。
「喜べお前ら、転校生だ。おい、入れ!」
そして、息を呑む気配が周囲を席巻する。
誰もが驚く
長く黒い髪が揺れて、真っ白な肌の制服姿は長身だ。姿勢良く彼女は、教師の横で気をつけの姿勢で直立不動。それは、目も覚めるような美少女だった。
クラスがざわめき立つ中で、先生はチョークを手に取り真心に渡す。
そう、転校生はあの
「はい、黒板に名前! あと、自己紹介」
「了解です」
「了解です、じゃないっての。返事はハイだ!」
「は、はいっ」
おずおずと真心は、チョークで黒板に名前を書く。
どういう訳か、
黒板いっぱいいっぱいに、柊真心と
「柊真心です。みなさん、宜しくお願いします」
「うーし、わかったかお前ら! 仲良くしろ、以上! 席は……狼流の前が空いてるから、そこに座れ」
女教師に指さされ、全員の視線が狼流に刺さる。
澄ました顔で真心だけが、いつもの無表情を律儀に引き締めているのだった。
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