ガッカリ系美少女、柊真心

 狼流ロウルは初めて、真心マコロの父親に会った。

 シルエットのみの映像で、邂逅かいこうというにはいささか語弊ごへいがあるかもしれない。だが、確かに言葉を交わして、自分の思っていることを伝えることができた。

 地下室を出ると、クラシカルなメイドロボが食堂へと案内してくれた。

 そこでは、バスローブ姿の少女たちが冷たいドリンクで涼んでいるのだった。


「あっ、狼流先輩っ! どこ行ってたスか。自分、真心先輩とお風呂に入ってたんスよ!」


 すぐに蘭緋ランフェイが飛んでくる。

 やはり、彼女の前世はワンコだと狼流は思った。

 周囲をグルグル回りながら、すぐにじゃれて絡んでくる。怒っているらしく、何故なぜか鼻息が荒い。

 ちらりと見れば、同じバスローブを着た真心は姿勢良く飲み物を飲んでいた。


「先輩、そういうとこなんスよ。だって、こう、男の子ならやることがあるでしょー!」

「ん? ああ、地下に格納庫があってさ。メンテ中のメイデンハートが」

「ちっがーう! ノゥ、違うッス! 何故バスタイムをのぞきにこないんスか!」

「いや、それ最低だろ。犯罪だし」

「……見たくないんスか? 自分の裸とか……あと、ついでに真心先輩の裸とか」

「見ていいの?」

「絶対にノゥ! 覗いたら英雄号でブン殴るッス」

「どうしろってんだよ、俺に」


 蘭緋がなにを言ってるのか、さっぱりわからない。

 加えて、控えめに言ってスレンダーどころか平坦ボディな蘭緋の、なにを覗けというのだろうか。ないものは見ることができない、これは真理だ。

 そして、どこ吹く風で水分補給する真心はじっと狼流たちを見詰めてくる。

 タオル地のローブ越しにも、そのたわわな魅惑の曲線美がはっきりと感じられた。

 そうこうしていると、蘭緋が声を潜めて耳元に囁く。


「それより、狼流先輩。真心先輩は……いわゆるアンドロイド的な存在ではないかもッス。人間だとは想うスけど……でも、それもちょっと自信なくて」

「あのなあ、お前」

「いやでも、あんな綺麗な手がマシーンで再現は無理ッスよ。少なくとも、凡人な自分には無理ッス」


 マニピュレーターフェチの蘭緋が言うのだから、本当のことだろう。

 仮にもし、超人の高度な頭脳や特殊能力から生まれた、現代科学を凌駕りょうがした存在だったとしても、だ。真心は人間として接するべきだし、人間として扱われるべきだ。

 そのことを先程、狼流は真心の父親に頼んでみたのだ。

 無断で地下に入った謝罪も兼ねて、そのことを話そうとしたのだが、


「狼流君、飲み物をどうぞ」


 真心は相変わらずの平常心だ。

 怜悧な美貌は今、入浴後で髪が少し濡れている。

 彼女はワゴンタイプのロボットから飲み物を受け取り、狼流に差し出してきた。


「ん、サンキュ! それと、すまん! 勝手に地下に入ってしまった。ベコの奴が……ありゃ? ベコは」

「一緒だったのですか? それより……地下施設のことなら構いません。あとで案内しようと思ってましたので」


 周囲を見渡してみるが、ベコの姿がいない。牛みたいな白黒のツートンカラーで、とても目立つ柴犬なのだが……先程の地下室から、まだ出てきていないのだろうか?

 真心が周囲のロボットたちに二言三言ふたことみこと静かに告げると、すぐに捜索が開始された。

 多分、この屋敷のことは働いてるロボットたちの方が詳しいだろう。

 とりあえずは任せることにして、無機質な金属のコップからドリンクを飲む。


「なんか、これ……病院でうがいする時のコップみたいだな」

「どうかしましたか? 狼流君」

「いや、いいんだけど。って、なんだこりゃ?」

「スペシャルドリンクです」

「……味、薄くない? ってか、味がなくない?」

「水分補給に適した吸収性のよいもので、ミネラルや塩分も摂取できます」

「味は、あの」


 なんというか、美味いか不味いかではない。

 

 ミネラルウォーターだってもっとこう、風味が感じられるだろうに。どこまでも無味無臭で、どっちかというと経口補水液けいこうほすいえきだ。

 そのことをやんわり伝えても、真心は真顔で首を傾げるだけだった。


「味、ですか。別段、摂取に問題はないように思いますが」

「あのなあ、真心。こないだ、姉貴あねきのフレンチトースト、美味かったろ?」

「は、はいっ。あれは驚きました」

「世の中な、食い物も飲み物も味が大事だ。栄養価とかカロリーバランスはまあ、確かに女の子は気になるかも知れないけどさあ」


 ウンウンと大きく蘭緋が首を縦に振る。

 勿論もちろん、真心の肉体が過不足のないウェルバランスであることは疑う余地がない。

 だが、そのためだけの飲み食いしかしていないのなら、それは十代の少女としてあまりにも殺伐としたものを感じさせる。

 文字通り、味気ない人生だ。

 それでもとりあえず、狼流は先程の地下室のことに話題を戻す。


「でな、真心。さっきオヤジさんにも話したんだが」

「父様と、ですか?」

「ああ。俺、余計なことを言ったかもしれないけどさ……その」


 そこで蘭緋が、そういえばと割り込んでくる。

 彼女は彼女で興味津々、やはり真心へと尋常ならざる熱意を漲らせていた。それが悲しいかな、狼流には『まだ真心がロボットやアンドロイドではないかと探っている』としか思われていなかった。

 鞘当さやあてをスカされてばかりでも、蘭緋はグイと身を乗り出す。


「真心先輩っ! その、お父上はやはり超人、遺伝子変異体いでんしへんいたい……ヒーローなんスか?」

「元、ですが。ええ、父様はヒーローとして世界の平和を守ってました」

「やっぱり! メイデンハートって世間的には『超人が造ったヒーローロボット』ってことになってるスからね。そっかー、となると……真心先輩ってやっぱり」

「わたしがどうかしましたか? 蘭緋さん」

「んーにゃっ! そこはどうでもいいんだ。自分が気にしてるのは、もっとこう」

「ああ、飲み物のおかわりですね。今、持ってこさせます」

「いや、こんな味気ないのガブガブ飲んだりしないッスよ」


 やはり真心は、不思議でおかしくて、そして局所的に残念属性な美少女だ。やっぱり無表情の生真面目きまじめな顔で、小首を傾げている。

 先程会った、真心の父親はヒーローだった。

 そのことを真心自身が、少し詳しく説明してくれる。


「父様は偉大なヒーローでしたが、今は国際超人機構こくさいちょうじんきこうから登録を抹消されてしまいました」

「えっ? なんで……」

「ヒーローとしての法を犯したとしか聞いていません」


 超人は全て、国際超人機構に存在を登録されている。そして、その力を制御するためのケイジング・チョーカーを首につけて暮らしているのだ。

 ヒーローとして戦う意志を示した者のみが、ケイジング・チョーカーのかせを外して活動できる。そして、このシステムに従わぬ者たちはヴィランとして認識されていた。

 無論、ケイジング・チョーカーによる能力制御を受け、一般人として暮らす者もいる。

 そしてヒーローには、この社会では大きな制約を無数に課せられていた。


「災害やヴィランとしか戦ってはいけないんスよね、確か。それと」


 腕組みうなる蘭緋の言葉尻を拾って、思わず狼流は興奮に身を乗り出す。


「それと、国際超人機構の承認ナシにケイジング・チョーカーを外してはいけない。それに、ヒーロー活動ないしはそれに付随する行動の時以外は、能力を使ってはいけない!」

「さ、流石さすがに詳しいッスね、先輩」

「常識だろ、常識! ……でも、知らなかった。国際超人機構のルールを破れば、登録抹消……じゃ、じゃあ、真心のオヤジさんは」


 静かに真心はうなずく。

 そして、普段にもまして凛とした表情を引き締めた。

 大きな瞳に今、強い光が瞬いている。


「父様は自分に代わるヒーローとして、わたしを作ったのです」

「あ! じゃあやっぱり、真心先輩はマシーンなんスか!?」

「母様との共同作業は初めてで、とても大変だったと聞いています」

「……ア、ハイ。んー、微妙なとこでぼかしてくるなあ、真心先輩」


 真心は、物心ついたころからヒーローとしてのトレーニングに身を投じてきた。そして今は、無敵のメイデンハートとして世界を守っている。

 あの外装も全て、父親が開発したものだと彼女は語った。

 つまり、真心は父親の意思を継いでメイデンハートになったのだ。

 そして同時に、父親の恩讐じみた妄念を着せられているようにも思える。


「真心……お前は、それでいいのか?」

「なにがでしょうか、狼流君」

「オヤジさんがヒーローをやれ、ヒーローだけやってろって言うなら……そういう生き方に疑問を感じないのかって言ってるんだよ」


 しばし視線を外して、真心は考える素振りを見せた。

 だが、平坦な言葉が静かに返ってくる。


「わたしは父様の言いつけ通り、世界の平和を守ってヴィランを殲滅します」

「……わかった。けどさ、お前自身がやりたいことも探さなきゃな」

「わたし、自身が?」

「それと、年頃の女の子らしい暮らしも大事だ。そのこと、俺さ……ちょっとさっき、オヤジさんに言ってみたんだ。余計なことしたかも。けど」


 真心は父親のロボットではない。

 肉体的に機械か生身の人間かは関係なかった。

 メイデンハートでの戦いとは別に、真心自身がやりたいこと、やってみたいことを探してほしい。そして、探しても見つからないなら一緒に作ってやりたかった。

 そのことをやんわり伝えると、俯き加減で真心が小さく呟く。


いて言えば……また、美味しい物を食べてみたいです。美しい景色も見たくて、それと……ベコと遊んだり、狼流君や蘭緋さん、アイネさんとももっと一緒にいたい、かもしれません」

「ん、そっか。なら、また会おうぜ。真心は毎日家にいるのか?」

「出動がない時は、自宅でトレーニングをしています。ロードワークの時間でなければ、家にいますね」

「じゃあ俺、また会いに来るよ。英雄号に乗ってさ。そして、色んな場所に連れ出してやる。メイデンハートの活動に支障をきたさない範囲でさ、その……えっと、あ、遊ぼうぜ」


 二人きりにさせるのはどうとか言って、蘭緋も参戦を宣言してきた。

 それで真心は、少し驚いたように目を瞬かせて……ぎこちなくほおを緩めた。

 それは、無表情な鋼鉄の天使が初めて見せた、微笑みのようなものだった。

 だが、後日狼流は驚くことになる……意外な場所での再会が待っているとは、この時は思いもしなかったのだった。

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