王道な上にお約束!?地下に格納庫が!?
額の汗を拭いながら、真心が自宅の敷地へ歩いてゆく。
その背を追って、思わず狼流は頬を赤らめる。自分ではっきりわかるくらいに、顔が赤い。
濡れたタンクトップに、スポーツタイプのブラが透けて見えていた。
足元ではワンワンと嬉しそうに、柴犬がじゃれついている。
「あ、あれだな、真心! 熱心なんだな、トレーニング」
「ええ。毎日の日課ですので」
「そ、そっかー、俺も少しはやるけど、って、痛い! なにすんだ蘭緋、ちょっと待て」
何故かポスポスと蘭緋に叩かれた。
というか、殴られた。
グーである。
そんなにだらしない顔をしていたのかと、流石に気恥ずかしい反面……何故そこで蘭緋が怒るのかまではわからない。
ロボットバカのヒーローオタク、飛鳥狼流のまさに『そういうところだぞ』がこれである。
そんな珍客二人組みを、真心は気にした様子もなく邸内へと招いた。
大きな扉が重々しく開くと、その奥には不思議な光景が広がっている。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「オ風呂ノジュンビ、デキテオリマス」
「Pi! Puuuuuu♪」
「お嬢様、帰宅ヨシ!」
無数のロボットが現れた。
しかも、どれも皆クラシカル……今ではアンティークとさえ言えるようなものばかりである。
四脚型のもの、アームのオバケみたいなもの、ごくごく初期型のメイドタイプもいる。
現代社会ではインフラの一部としてロボットやアンドロイドが普及している。
そういう時代が訪れる過程で、旧式化し淘汰されてきたものばかりが並んでいた。
だが、真心は「ただいま戻りました」と自然に接している。
こころなしか、彼女の横顔が僅かに柔らかい表情を見せた気がした。
だが、次の瞬間には透けブラがどうこういう話を完全に狼流は忘れてしまう。
「お嬢様、すぐにご入浴を」
「わかりました」
突然、真心が潔くタンクトップを脱いだ。
狼流は驚きにのけぞり、さらに飛び退いて両手で目を覆った。
車輪で動くタイプのロボットが、乗せた籠の中に洗濯物を回収している。その音だけが、指と指の隙間に見える光景から聴こえていた。
咄嗟に突っ込んだ蘭緋も、声がうわずり震えている。
「ちょっ、ちょちょ、ちょっとお! なんスか、真心先輩っ!」
「入浴準備ですが」
「いやだってここ、玄関! エントランス! あーもぉ、なにその貴族じみた態度! 見てるこっちが恥ずかしいッス」
「あ、そうでした。お客様、でしたね。ええと、皆さん。お二人の入浴準備を」
「そーじゃないッス! あと、脱がないで! すっぽんぽんにならないで!」
汗をかいたから風呂に入る。
実に当たり前だ。
身体が冷えるし、風邪を引くと困るから。
でも、柊家での真心の振る舞いは、やはり現実生活とは別次元、異次元のものだった。
そうこうしていると、ロボットたちがいかにも機械然とした駆動音で近付いてくる。
「おっ、おおお、俺はいい! 風呂はいい! ま、また今度!」
「そうですか。では、蘭緋さんは」
「……フ、フフフ、フハハハハッ! わかった、わかったッスよぉ!」
蘭緋が壊れた。
ように見えたが、彼女はズビシィ! と真心を指差し叫んだ。
「自分、お風呂ゴチになるッス! ……だ、だから、そのぉ……狼流先輩もぉ……」
「ではこちらへ」
「あ、ちょ、ちょっと! 待ってほしいッス! うわ、広っ! 落ち着かないッスねえ」
バタバタと二人は奥へ行ってしまった。
どうやらロボットたちも、狼流を残して仕事に戻るようだ。
ぽつねんと一人、広い玄関のエントランスに狼流は取り残される。映画のセットみたいな、絵に描いたような洋館だ。高い天井を見渡していると、ふと違和感に気付く。
古い屋敷だが手入れが行き届いていて、とても綺麗だ。
だが、人が生活しているような雰囲気、匂いのようなものが感じられない。
生活感がないのだ。
「真心は一人で住んでるのかな……いや、確か親父さんがいるって。ん? あ、ありゃ?」
ふと気付けば、例の柴犬がいない。
慌てて視線を振りまくと、丁度もふもふの尻尾がドアの向こうに消えるのが見えた。
どうやら勝手に、屋敷内を散策し始めたらしい。
慌てて狼流は、小さな冒険者を追いかけて走る。
邸内は高そうな調度品が並び、採光をよく考えられた窓からは日差しが暖かい。
そして、人の作法や礼儀など知らぬとばかりに、犬はどんどん奥へと進む。
やがて、その姿を見失った狼流の前に、奇妙な階段が現れた。
「地下室、か? えっと、すみませーん! 誰かいませんかー? 犬、見ませんでしたかー?」
返事はない。
やはり、人の気配はしないし、ロボットの作動音も聴こえてはこなかった。
ただただ冷たい闇が澱んで、その奥へと下り階段が続いている。
恐る恐ると、狼流は静かに階段を降りだす。
何も見えず、何も聴こえぬ奥から……懐かしい匂いがした。
それは、ほんの微かに香るオイルや樹脂の匂いだ。
「ええと、明かりは……ないな。ってか、結構下ってるぞ? 地下になにが……ングッ!」
突然、ゴン! と眼の前の壁にぶつかった。
だが、それが開いて扉だと気付く。
圧搾空気が漏れる音と共に、扉は左右に割れた。その奥でさらにニ枚、隔壁のような扉が上下に、そして再び左右にと割れる。
まるで秘密基地だ。
奇妙な洋館の地下がこれとは、妙に狼流は興奮を禁じえない。
謎の『わかってる感』へと、強烈なシンパシーを掻き立てられた。
さらなる闇の中へと、一歩を踏み出す。
「ここは……っ? 寒いな、部屋を冷やしてある。って、あ、あれは!」
そこに、憧れのメイデンハートがいた。
正確には、普段から真心が着込んでいる、いわゆる外殻……パワードスーツだ。
薄闇の中、まるで狼流を出迎えるようにそこだけライトが灯った。
細身の女性らしい美しさが、メカニカルな光沢を湛えている。ケイジに固定され、メンテ状態でアチコチの装甲がオープン状態になっていた。
一人の少女を包んで秘める、謎多きロボットヒーロー、それがメイデンハート。
誰も、中に柊真心という女の子が入っているなんて知らないのだ。
「……ちょっとだけなら、いいかな」
なんだか、奇妙な興奮と後ろめたさがあった。
自分だけが知ってる、ナンバーワンヒーローの秘密。蘭緋やアイネとも共有している情報だが、まるで抜け殻のようなメイデンハートが目の前にあった。
材質や機構にも興味があるし、ローダボット以外のロボットもたまらない。
そして、脳裏にちらちらと真心の姿が浮かんでは消えた。
だが、そっと手を伸ばそうとしたその時だった。
「ワン! ワンワン! クゥーゥ?」
突然、横で犬の声が響いた。
それで、この部屋がそこまで広くはないことが伝わった。
同時に、ヴン! と壁が光って唸り出す。
そこには、シルエットだけの男が映し出された。
どうやら、壁一面がモニターになっているらしい。
『戻ったか、真心。このところ、無用な外出が増えているようだが』
男の声には、聞き覚えがあった。
以前、真心を命令するように律していた声だ。
中年と呼ぶにはまだ若いような、それでいて酷く老成したような声音。決して顔を明かさず、その男は言葉を続ける。
『真心、お前は完璧なヒーローをやらねばならない。超人ではない、ごく普通の人間であるお前がだ』
「あ、いや、そのぉ……お、お邪魔、してます」
「ワンッ!」
一瞬、気まずい沈黙が室内を支配した。
だが、真心がここにはいないと知ると、人影は咳払いを一つして言葉を取り繕う。
『……君は誰だね? 真心はどうした。まだロードワークから戻らんのか』
「あ、えっと……と、友達? そういう感じの人間です。ども、飛鳥狼流っていいます」
『そうか……それで、狼流君。……見たかね? 知ってしまったのだな?』
狼流が大きく頷くと、再び静寂が訪れる。
だが、そのまま黙っている狼流ではなかった。
「あ、あのっ! 真心って普通の人間ですよね? 超人じゃなくて」
『……ああ。遺伝子変異体の能力は、親から子には遺伝しないのだ』
「じゃ、じゃあ、おじさんは」
『かつてはヒーローだった。そして今も、世界には完璧なヒーローが必要なのだ』
初めて、真心の……メイデンハートの事情や背景が見えてきた。
そして、狼流には他にも言いたいことが沢山あった。
ずっと秘めていた憧れ、尊敬の念。
だが、それより先に口をついて出たのは、意外なことだった。
「俺、誰にも喋ってません! 他にはロダ研の……ローダボット研究同好会の二人が知りましたけど、他には誰にも!」
『ふむ……それで? 少年、この私を脅すか? 揺すってみるかね』
「と、とんでもない! けど……真心に少し、もっと自由な時間、やれませんか?」
『何故? 家族の事情に踏み込まれては困るな』
「親からの一方通行過ぎますよ。こんな……真心、本当に何も知らないんですよ? だから……せめて、学校に、高校に通わせてくださいっ! お願いします!」
頭を下げた狼流は、後頭部のつむじに唸る声を聞いた。
そして、ややあって頷く気配が肯定を告げてくるのだった。
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